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第10話 / 全13話
エルミナの笑みが、一瞬だけ固まった。
「……そう」
だが、それもほんの一瞬だけ。すぐにいつもの余裕そうな笑顔へ戻った。
「信じてないな」
「まさか。アタシは人を疑うのが嫌いなの」
エルミナは視線を逸らし、暗くなった窓の外を眺めている。
嘘、だろうな。
「治るか、試してみる?」
エルミナは手を差し出し、ヘクトルに視線を戻した。
「必要ない」
「どうして?」
「効かないと分かってるからだ」
そう返すと、エルミナは黙り込んだ。何故だろう。さっきまで余裕そうだった女が、少しだけ焦っているように見えた。
「……ねえ、ヘクトル」
「なんだ」
「その体質って、生まれつき?」
「答える義理はないな」
「そう……」
エルミナは空を見上げ、小さく呟いた。
「厄介ね」
◇◇◇
朝、身支度を済ませローデルの中央広場へ足を進めた。周りには貴族や商人達で賑わっており、景気の良さが伺える。
「……来た」
視線の先には、白いローブを身にまとった一人の女。
広場にある大きな噴水の前で、静かに佇んでいた。
忌々しい勲章が、太陽の光を反射している。
「アリステラ、カイト。ここにいる人間の避難を頼む」
戦闘をするには、余りにも一般人が多い。このままでは関係のない人間にも被害が及んでしまうだろう。
「えぇ、分かったわ!」
意図を察したアリステラは頷き、避難誘導を急ぎ始めた。
だが、カイトはその場から動かない。
「俺も戦う。ヘクトルが死んだとしても、俺が居たら安心だろ?」
カイトは震えながら、剣に手を添える。
死んでも死ななくても、カイトの力を借りることは無い。とにかく、今は一般市民の避難最優先に動くべきだ。
「俺は死なない、足手まといだ。それに、今はエルミナも居る」
とにかく急いでくれ、そう付け加えようとした時、右肩を叩かれた。
目の前にいるカイトでは無い。
左側にいるエルミナでも無い。
——それなら、この手は一体誰の?
「ねぇ、元英雄」
初めて聞く女の声。
「キミは何人殺した?」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
右腕が痛む。あの日の記憶が、鮮明に蘇ってきた。
死んでいった仲間、英雄を失った日。
いつもの痛みではない。いつも以上の痛み。
右腕を抑えると、掌が濡れたのがわかった。
温かい。いや、熱い。
怖い、怖い、痛い、苦しい。
ゆっくりと視線を右肩に向ける。
そこには、赤い液体に覆われた忌まわしいキズがあった。
「何が起こったか分からないでしょ?」
女の声を聞き、エルミナが戦闘体制に入る。
光魔法には回復以外にも攻撃魔法が存在するが、種類は少なく、威力も他の属性魔法よりも劣る。
それでも、何もしないよりはマシだ。
「あ、キミはちょっと邪魔だからどっか行っててよ」
女は白いローブから左腕を伸ばし、エルミナに触れた。すると、戦闘体制を取っていたはずの彼女がどこかへと姿を消してしまった。
「過去は消えない。キズもまた同じ」
ヘクトルは痛みに抗いながら、火属性の魔法を身体の周りに放つ。
辺りを見渡すと一般人の避難は終わっており、広場には信徒とヘクトル、そしてカイトだけが立っていた。
「危ない危ない、体が燃えちゃうとこだった!……ところで、そこのキミは何してるの? 何もできないニンゲンは興味ないんだけど」
女は地面から現れた火から避けるように後ろへ下がり、カイトに視線を移した。
「……ッ! お、俺は!」
何かを言い返そうとするカイトを、ヘクトルが睨みつける。
「他にも信徒が来てるかもしれないんだ、こんなところで突っ立ってる暇なんてないはずだろ。英雄、お前はアリステラと共に一般人を守りにいけ。役割を見失うな」
「……ごめん」
カイトはハッとしたような表情をし、アリステラを追うように走り去っていく。
そうだ、それでいい。お前はそうでなきゃいけない。
「いいの? 行かせちゃって! キミ一人でボクに勝てるのかなあ」
女は口をとがらせ、左右に頭を揺らしながら声を出す。
ヘクトルの右腕からは血が止まらない。このまま戦闘が長引けば、出血多量で死ぬだろう。
……いや、それもまた一つの選択か。
「この傷、ずっと血が止まらないのか? それとも、お前を殺せば塞がるか?」
左手に魔力を練り、攻撃の準備をする。
「いーや、ボクがキミの見えない所まで離れたらもとに戻るよー。でも、それ以外に塞ぐ方法はない」
ニヤリと気味悪く笑うその顔を、今すぐ叩き潰してやりたいと思った。
「そうか、それが分かれば充分だ」
「ふうん?」
草魔法を発動し、女の足元にツタを巻き付け固定する。
身動きの取れなくなった所を叩くつもりだった。
「キミは今でも夢を見る?」
女の足を固定したはずなのに、気付けば真後ろから声が聞こえる。
なるほど、転移魔法か。
「仲間が死ぬ夢」
踵を返し、水魔法を女に目掛けて放つ。
巨大な水の塊が女の顔を覆い、ごぽごぽと空気が口から溢れている。
「溺れろ」
空気の溢れる口元がニヤリと広角を上げた。
「腕を失った瞬間の夢」
バシャ、と水が落ちる音。
女はまた背後に移動している。
「大事な人が傷ついた時の夢」
「うるさい」
「“英雄”じゃなくなった日の夢」
「——黙れ」
地面を蹴り、左手に火魔法で剣を生成していく。
一息で間合いをつめ、女の首元に炎の剣が迫った。
「図星なんだ? ボクの“加護”はね、傷を開くだけじゃない。忘れたい過去も思い出させる」
力を込め、左手で出せる全力で剣を振るう。
——完全に、仕留めたと確信した。
だが、何故か女は笑う。
「合格。明日の朝、楽しみにしといて!」
首に剣が触れようとした時、女は既にそこには居なかった。
転移。
——逃亡。
右腕の血は止まり、傷は塞がっていた。なにかおかしい。
奴は、一体何を考えているんだ
◇◇◇
カイト達と合流しようと、ヘクトルは一度宿に戻ることにした。街中がやけに騒がしい。先程の戦闘を見たものが騒いでいるのだろうか。
「ヘクトル!! 良かった、生きてたのね!」
白銀の髪を揺らしながら、駆け寄ってくるアリステラ。
その後ろには、カイトも一緒だった。
「一般人は皆無事か?」
「それが……」
アリステラが言いにくそうに下を向き、何かを伝えるのを拒んでいる。
「貴族が連れ去られたんだ。あの、信徒達に」
——貴族が?
「急に白いローブの人達が沢山現れて、貴族の人たちだけ連れ去っていったの。抵抗しようと思ったんだけど、私もカイトも、気絶させられちゃって……」
カイトの表情が暗い。どうせ、何もできなかった事に対して申し訳なさでも感じてるんだろう。
「やられたわね」
声の方へと振り返ると、エルミナが歩いてきていた。
……やられた。先程の女は、貴族を攫うための足止めでしかない。
「そういえば、あの女が明日の朝を楽しみにしておけと言っていた。なにか行動を起こすとしたらその時だろう」
「なるほどね。それなら、今日はもう何もないはず。さっさと宿で休まない? アタシ、走ってきたから汗かいちゃったわ」
まだ昼になったばかりだというのに。
だが、その意見には賛成だった。アイツを倒す方法を考えなくてはいけないのだから。
◇◇◇
自室に戻り、ベッドで横になる。
まだ右腕の痛みが残っていた。
最近ずっと感じていた痛み。それよりも、それとは比にならないくらいの痛みだった。
あの時の光景が、脳裏によぎる。
眼の前に現れた、宙に浮く右腕。右目を抉られ、奴の爪に刺さっていた瞳。あの男達の楽しそうな笑い声。ヴェルナスの表情。
全て思い出したくもない記憶。
吐き気がして、右肩を抑える事しかできなかった。
それでも、今日は違った。
いつもなら腕の痛みを感じたら動けなくなっていたのに、右腕の痛みを感じながらも魔法を使えた。
——俺は、変われる。
ケジメを付ける準備はできた。未だに怖いとは思う。その瞬間になったら、行動できないかもしれない。
でも、今日動けたのは事実だ。
痛みに耐えながら、相手を倒すために行動できた。
もう、昔の自分とは違うんだ。
後悔したところで過去は変わらない。だが、自分の行動で未来は変えれる。
だから、今度こそは間違わないように
——必ず前に進んでみせる。
◇◇◇
カン、カン、カン——
うるさい鐘の音で目が覚める。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
上体を起こし窓の外を見ると、広場には人が集まっていた。
視線の先には、昨日の女。
「神滅の魔剣士、ヘクトル・エルカディオン! 白銀の少女アリステラと共に旧礼拝堂に来なさい! 他の人連れてきたら殺しちゃうからねー!」
広場中に声が響く。ヘクトルは窓の外を睨んだ。
あの女は、満面の笑みを浮かべている。
——おかしい。
奴の目的がアリステラならば、何故昨日の時点で攫わなかった。何故、俺の名まで指定した。
そして昨日、奴は確かに言った。
『合格』と。
まるで俺を試していたかのように。
嫌な予感がした。今回の標的はアリステラではない。
もしかすると——
奴らは俺の事も、狙っていた。
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