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第8話 / 全8話
ルネの機嫌はすこぶる悪い。これで出された物が口に合わなかったらこのレストランに酷評をつけてやる。
「ルネは何が好きなんだ?」
「一番好きなのはタルトよ。果物がたくさん乗った物がいいわ」
「タルトならいくつかあるぞ。全部頼むといい」
「一つで結構よ。淑女はたくさん食べたりしないの」
渡されたメニューの中から少々悩んで木苺のタルトと紅茶を選ぶ。ロータスが選んだのはブルーベリーのタルト。ルネが最後まで悩んだ物だった。
セレンディナとお茶会をする時、彼女はいつもフルーツタルトを用意してくれていた。紅茶と共にそれを嗜みながら彼女と会話を交わす時間が、ルネは何よりも好きだった。
(セレ……待ってて。必ず手紙を出すから)
そして必ずこの国を抜け出す。そのためには、もっと情報収集をしなくては。
程なくして、ルネの目の前には艶やかに光る木苺のタルト、それから芳醇な香りの紅茶が。ちらりとロータスの方を見て、やはりブルーベリーのタルトも美味しそうだったとまた悩む。
「……いただくわ」
香りこそ良いがどうせ一流パティシエが作ったものではない。味にあまり期待せず、タルトを一口。
甘酸っぱい木苺と優しい味わいのカスタード。それからタルトのサクサクとした食感が美味しい。パティシエの洗練された味とは違うが、これはこれで悪くない。欲を言えば、カスタードよりチョコレートソースの方がルネの好みだった。
「結構美味しいじゃない」
「口に合って良かった。一口食べるか?」
ロータスがブルーベリーのタルトを勧めてくる。
たしかに食べたいとは思ったが、人から貰うなんて。
「け、結構よ! そんなはしたないことしないわ!」
「なんだ」
気を悪くした様子もなくロータスがサク、とタルトにフォークを刺した。
……やはり、一口くらい貰えば良かっただろうか。
「案と言うほどじゃないんだが、一応考えがあるんだ」
「何かしら」
優雅に紅茶を嗜みながらロータスに視線を送る。考え、というのは魔王と王太子が仲直りについてだろう。
「まずはお互いをどう思ってるのか、聞いた方が良いと思う。もしかしたら、思い込みとか勘違いがあるかもしれないだろ?」
「陛下が王太子を嫌ってないかもしれないって? つまり、仲直りをさせる見込みがあるかどうか確かめたいわけね」
まあ無理だろう。妻の死因となった子供と、いくら溺愛するロータスの頼みといえど仲直りするなんて。
(私はロータスを手伝えば良いだけだもの。本当に仲直りできるかは関係ないわ)
それなりに手伝っておけば良いだけ。気が楽だ、とティーカップの中の紅茶を揺らす。
「アスターからは俺が話を聞く。ルネは父上から話を聞いてくれ」
「……は?」
なぜ自分が。機嫌良くカップを揺らしていたルネの動きがピタリと止まる。こんなセンシティブな話を魔王から聞き出すなんて絶対に嫌だ。
「よそ者の私が聞くより、アナタが聞いた方が良いと思うわ。陛下はアナタには怒らないと思うし」
「父上は俺には本音を言わない。むしろ第三者のルネになら、話しやすいかもしれないだろ?」
「無関係の人間にずけずけ聞かれて良い気分になるわけないじゃない!」
命の危機になるんじゃなかろうか。魔王と直接話すなんて、想像しただけで背筋が寒くなる。
「頼むよ。手紙を出したいんだろ?」
「アナタ……! まさか、それを条件に……!」
セレンディナへの手紙を人質に取られては断れない。ルネにとっては、魔王と王太子の関係よりセレンディナの方が大切なのだから。
「う、上手く聞き出せる自信なんか無いわよ。怒らせるだけかもしれないし」
「心配するな。父上が俺の妻に危害を加えたりしないさ」
「アナタの妻になんかなってないわよ!」
──結局またロータスに言いくるめられてしまった。
宿のロビーをゆらゆらと揺れる炎が照らしていた。貸し切られたここは、使節団の拠点となっている。
氷のように冷たくなった指先を揉むように握りながら、ルヴェルゲリウスと話すタイミングを見計らう。
相手は一国の王だ。軽々しく話しかけていい存在じゃない。急用でなければ、公務より優先して耳に入れたい話でもないし。
お茶に誘うなんて以ての外。雑談を交わすには、ルヴェルゲリウスの方から話しかけてもらうしかない。
よって、先ほどからずっとルネは魔王の姿をひっそり伺いながら同じ場所をうろうろしていた。
(だから、ロータスの方がいいって言ったのに!)
ロータスなら魔王に話しかけても何のお咎めも無いだろう。ルネよりずっと会話を切り出しやすいはずだ。
ため息をつきながら大きな窓の外を眺める。この国が空を望めるのは夜間だけらしい。あれだけあった分厚い雲は跡形もなく消え、銀月が夜空に浮かんでいた。
夜空は祖国と変わらない。それに、懐かしさに似た安堵を覚える。
「月の娘。先ほどからそこで何をしている」
どうやらルネの姿を認識していたらしい。ルヴェルゲリウスの声に心底驚きながらも、優雅に取り繕ってカーテシーを送る。
「国王陛下にご挨拶申し上げます。視察への同行をお許しいただけたことを、改めてお礼申し上げたく思っておりました」
「気にする必要はない。私はただ、ロータスの希望を聞いたまでだ」
ここからどう本題に繋げようか、と高速で脳を動かすルネにルヴェルゲリウスがテーブルを顎で示した。
(座って話そうということ? 私としては好都合だけど……)
都合こそ良いが胃が軋む。魔王とテーブル一つ挟んで話せるほど心臓は強くない。
「あの子はどんな様子だった」
「あの子、と言いますと」
「ロータシウスだ」
ルヴェルゲリウスは町を観光したロータスの様子が気になるらしい。やはり親バカだ。
ロータスの話で打ち解ければ、アスターのことも自然に聞き出せるのではないか。そう考えたルネは、昼間のロータスのことを頭に思い浮かべた。
「殿下はとても楽しそうな様子でいらっしゃいました。レストランではブルーベリーのタルトを召し上がられておりましたわ」
(そういえば、私はあの男をロータスと呼んでいるけれど……愛称より敬称で呼ぶべきよね。この国では、アイツの方が立場が上なんだし)
いくら本人からそう呼べと言われたからといって油断していた。軽々しく愛称で呼ぶなど、親しい間柄だと公言するに等しい。
次からは敬称で呼ぼう。
「そうか。それならば良かった」
ルヴェルゲリウスの表情には安堵が浮かんでいた。彼の話を聞いていると、ロータスがまるで幼子のように思えてくる。
「……陛下は殿下のことをとても大切に思ってらっしゃるのですね」
たとえ呪われ子であろうと愛する妻との間に産まれた愛しい我が子。ルヴェルゲリウスが王子をそう思っていることはよく分かる。
ならば、アスターは。
グッとテーブルの下で握った拳に力が入る。
「その……ロータシウス殿下も王太子殿下をとても大切に思ってらっしゃいますし、とても温かいご家族でいらして羨ましいかぎりですわぁ!」
(無理よこんなの!! どう聞けっていうのよ!!)
手を添えてホホホと笑ってみるが、口元は引き攣り冷や汗が背中を伝う。
高天の瞳がルネを見据え、一層背筋が寒くなった。
「王太子のこと嫌いですか?」なんて聞けるはずもない。
恐ろしく美しい男の顔が目の前にある。こうして見ると、ああ、やはり彼らは人間ではないのだなと改めて感じた。
「そう見えるならば、嬉しいものだな」
「本当に、陛下が殿下を大切にされていると伝わりますわ」
「あの子とて、好きで呪いを持って産まれたわけではないからな。あの子が自由に過ごせるうちは、叶えられる願いは全て叶えてやりたい。それが、親として私にできることなのだ」
そっと零したルヴェルゲリウスの言葉は、父親としての切実な愛に溢れていた。
本当にロータスはこの魔王に愛されている。これほどまでに大切に。
(……いいなぁ)
ロータスがほんの少しだけ、羨ましかった。王と王子ではなく、父と子という関係を築けているロータスが。
ルネの常識では子は親の駒だった。その親でさえ、国にとっては駒となる。全ては家の繁栄のため。敬愛なる王のため。両親にただの一人の子として愛されることを望むことは許されなかった。
「……アスター王太子殿下のことは、どう思われておりますの?」
自然とそう尋ねていた。口をついて出た問いに、数秒遅れてハッと気づく。
「ええと、その、陛下からぜひ王太子殿下のお話もお伺いしたいと思い」
慌てて取り繕うが、地雷を踏んでしまったかもしれない。ルヴェルゲリウスの顔を見れない。
「アステルか。あの子はまだ幼いのに優秀だ」
しかし意外なことに、ルヴェルゲリウスから発せられたのはアスターを評価するものだった。きっと妻を失った恨みつらみが語られると思っていたルネはきょとんとしてしまう。
「今回の視察でも、作物の生育を促す魔法をすぐに習得し一人で使いこなしている。王太子として申し分ない」
「そう、でしたの」
もしかしてこれは、案外すんなりと仲直りできるのではないか。ロータスの願いを叶えられたら、脱出も夢ではないかもしれない。
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