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第7話 / 全8話
ルヴェルゲリウス・ライド・セレネシア。この国を統べる、恐るべき魔王だが。
(何が魔王よ。ロータス贔屓のただの親バカじゃない)
馬車に揺られながらルネは不機嫌な眼差しを窓の外へ向けた。この馬車に乗っているのはロータスとルネの二人だけ。ルヴェルゲリウスとアスターはもう一台の馬車に乗っている。愛する息子とその恋人に配慮を、という魔王の粋な計らいだ。ルネからすれば余計なお世話でしかない。
「……ずっと気になってたんだけど、なんでわざわざ隣に座るのよ。狭いじゃない」
そこまで広い馬車ではないのだ。対面で座る方がお互いソファを広々使えるだろうに。
「隣の方が話しやすいだろ」
「どっちだって変わらないでしょ!」
ロータスが移動しないのならば、とルネが前の座席に移る。ついてこられるかと思ったがロータスは残念そうな表情をするだけだった。
そんな顔をされるとこちらが意地悪をしているみたいじゃないか。
「全員で城を出て良かったの? 王族が誰もいないなんて無防備よ」
若干生まれた罪悪感を逸らそうと疑問を投げれば、ロータスは余裕綽々に足を組む。
「王位を狙う輩が現れるんじゃないかって? 問題ない。誰がそんな面倒なことするんだ」
「絶対大丈夫なんて言い切れないでしょう」
「セレネシアは国を覆う障壁のせいで外の支援を受けられない。だから、民の生活に支障が出る問題を解決するのは王族の役目だ」
「どうして? わざわざ陛下まで出向かなくても、人を派遣すればいいじゃない」
王子や王太子はともかく国王までもが城を留守にするなど、祖国では考えられない。まさかこの国では謀反など起きないのだろうか。信じ難いことだ。
「王族の魔力は民より遥かに多いからな。大きな力は、誰かを助けるために使うものだろ」
偽善ではなく、本心からの言葉だった。この国の民はそれほどまでに善性で溢れているのだろうか。まだ関わったことのないルネには分からない。
魔王国は恐ろしい場所だと聞かされて育ったのに。いざ来てみると、実態は聞いていた話と大きくかけ離れている。本当にここは魔王国なのか?
「そろそろ最初の場所に着くぞ」
ロータスの声に思考を一時中断、いつの間にか広大な農地が馬車の外に広がっていた。ずっと王都で暮らしていたルネにとって初めて見る景色だった。
「ルネ」
ふわりとショールを頭に被せられる。別に寒くはないし、せっかくセットした髪が乱れるではないか。ムッとしてロータスを睨めば端正な顔が案外近くにあってたじろいてしまう。
「な、何よ」
「顔はなるべく隠した方がいい。ルネは外から来た人間だから。大半の民は、外に住む人をよく知らないんだ」
なるほど。たしかにロータスの言う通りだ。魔障に覆われた国に住んでいる民からしたら、ルネは見慣れない余所者。好奇の目を向けられるならまだしも、ルネを快く思わない者もいるかもしれない。
少し背筋が寒くなって、ルネは被せられたショールをきゅっと掴んだ。
「ま、農地を視察するのは父上とアスターだ。俺達はのんびり観光でもしながら作戦を立てよう」
いよいよ馬車が止まる。颯爽と降りたロータスは振り返ると、ルネに手を差し出した。レースの手袋越しに伝わる、彼の手の感触。エスコートなど受け慣れているはずなのになぜかドギマギしてしまう。
いつもエスコートを担うのは兄や親族の男性で、それ以外の人から受けるのは初めてだからだろう。
「ルネ、俺から離れるなよ」
「どうしてそんなことアナタに決められなきゃならないの」
「ここで迷子になりたくないだろ?」
「それは……」
見知らぬ土地。見知らぬ人。外から来たと知られれば、どんな目に遭うか分からない。腑に落ちないが、頼れるのはロータスしかいない。
(やっぱりついてくるんじゃなかったわ……)
ルヴェルゲリウスとアスターに軽く挨拶をし、ルネはロータスに連れられ町へと足を踏み入れる。
見たところそこまで大きな町ではない。活気に溢れているわけではないが、穏やかな暮らしぶりが伺える。
(王都と全然違うわ。あまり栄えてないのかしら。魔王国も案外大したことないのね)
視線だけを動かして町の様子を伺う。色々と観察しておけば祖国に戻った時に役に立つかもしれない。
隣を歩くロータス自身もフードを被っているが、通りゆく人の視線はロータスを捉えていた。もう少し人目を避けられる格好にすればいいのに、とルネは隣の男を横目で見る。
「アナタ、普通に目立ってるわよ。もっと地味な格好をした方がいいんじゃない?」
「これでいいんだよ。誰も、腫れ物には触りたくないだろ」
「どういうこと……」
尋ねかけて気づく。彼曰くロータスは呪われた身。呪われた王子にわざわざ話しかけようとする者はいない。だから、先ほどからロータスを見てはそそくさと視線を逸らす者ばかりなのだ。
その視線にはルネも覚えがある。あまり気分の良いものではなかった。
「どこか座れる場所に行くか。食べたい物はあるか?」
「甘い物がいいわ」
「分かった」
ロータスは何も気にしていないらしい。自分が人からどう見られるか慣れているのだろう。
(魔王がロータスを溺愛してるのもあるわよね。私も、セレがいたから平気だった……)
セレンディナ。今頃どうしているだろうか。敬愛する従妹のことを考えると胸の奥がきゅっと締まる。せめて手紙の一つでも渡せたら。
(手紙……そういえば)
ロータスがルネを攫うひと月前、魔王国から予告が届いた。もしかしたら、手紙を渡すのは可能なんじゃないか。
「ロータス、ちょっと聞きたいことがあるんだけれど」
掴んだ腕を引けば、ロータスがこちらを見下ろしてくる。どうした、と表情で尋ねてくる彼の眼差しは柔らかかった。
どうしてこの人は荒んでいないのだろう。呪われた身で産まれ、敬遠されてきたなら普通はもっと歪んでいるはずだ。いくら自分を愛してくれる人がいようと、まっさらなままではいられない。
ルネ自身がそれをよく分かっているからこそ、不思議でならなかった。ロータスは両親を恨んでいないし、王太子である弟を僻んでもいない。
(……って、そもそも私の呪いはこの人のせいなんだから。セレを二回も狙った極悪人よ。絶対許さないわ)
ロータスに感心しかけて慌ててその感情を追い払う。ロータスが呪いさえかけなければルネが「呪われ姫」と呼ばれることもなかったのだ。
「ルネ?」
「ああ、ええと、アナタ、王城に手紙を出したでしょう。魔障があるのにどうやって手紙を出せたの?」
「手紙を通り抜けさせるくらいの穴なら開けられる。ほんの一瞬しか持たないけどな」
「魔障を通り抜けることができるの?」
朗報を聞いた。もしかしたら、祖国へ帰る方法を見つけられるかもしれない。
「相当魔力が必要だが可能だ。俺の魔力ならそこまで難しくないな。手紙を出したい相手がいるのか?」
「ええ」
「男?」
「違うわよ」
一瞬あからさまに不快そうな表情を見せたロータスに、ルネがさらに不快そうな表情を返す。国中から愛される麗しい従妹を男と間違えるだなんて不愉快極まりない。それに、ルネに手紙のやり取りをするような懇意の男はいない。
「もう種明かしをしたから言うけれど、本来アナタが攫おうとした私の従妹に手紙を出したいの。きっと私を心配しているから」
「俺が攫おうとしたのは元々ルネだぞ。ルネに印をつけたんだから」
「だからそれは私がセレンディナを庇ったからで──って、その話は今はいいのよ。手紙を出せるの?」
「ああ。けど、あんまり頻繁には出せないぞ。それに、受け取るのは難しい」
「それでもいいわ!」
一通でもいい。セレンディナに手紙を出せる。それを知って顔を綻ばせずにはいられなかった。
ロータスが向かった先は町の小さなレストラン。公女たる自分がこのような場所を訪れるなど、これまで夢にも思わなかった。
(だ、大丈夫なのよね……貴族でも食べられる物はあるのかしら)
ゴクリ、と喉を鳴らし、やや緊張した面持ちでレストランへと入る。実のところ上位貴族の暮らししか知らないのだ。見知らぬ土地の小さなレストランなど未知との遭遇でしかない。
(王子のロータスが入る店だもの。きっと大丈夫よ)
レストランの中は賑わっていた。しかし、ロータスの姿を見た途端に顔を引き攣らせる。彼の呪いについて知らぬ民などいないのだろう。すぐ近くにいた若いウェイターの表情には怯えが垣間見えた。
「い、いらっしゃいませ……」
「なあ、個室はあるか?」
「は、はい、ただいまご案内いたします」
急遽王子が訪ねて来たことに言及する者はいない。皆、視線を合わせないように顔を俯けている傍をルネは通り抜けた。いつの間にかレストランの中は不気味なほど静まり返っている。
(不快だわ)
目を合わせたくないのにチラチラとこちらを伺う視線は感じる。ロータスの言う通り「腫れ物」扱いをしてくる相手に苛立ちが募る。ここが自国であれば文句の一つでも言っていた。
いや、自国だろうが他国だろうが関係ないのでは。どうせ二度と会わぬ者ばかりだろうし。それに視線に晒されているのはロータスだけではない。その連れとして歩いている自分も、この無礼な眼差しを浴びているのだ。咎めても問題ないだろう。
「ちょっと──」
「ルネ」
不満をぶつけてやろうと口を開いたところを止められる。どうして止めるのかとロータスを睨めば、彼は幼い子供を諭すような表情でこちらを見ていた。
「どうして止めたのよ!」
個室の扉が閉まるなりルネがロータスに詰め寄る。あんな態度を放置していれば、余計腫れ物扱いされるだけなのに。
「今さら怒るほどのことじゃない」
「咎めて当然のことよ!」
呪われた身だとしてもロータスはこの国の王子だ。ぞんざいな扱いが許されて良いはずがない。
「たしかに、ルネが俺のために怒ってくれるのは嬉しいけどな」
「あ、アナタのために怒ってるわけじゃないわ! 私まで見世物みたいに見られるのが許せないだけよ!!」
腕を組んでフン、とそっぽを向く。民も民だが、ロータスにも腹が立つ。少しくらい何か言えばいいものを。魔王はロータスを溺愛しているのだ。そのことを知らしめればあんな目を向けられることはないだろうに。
気分を損ねたルネに、ロータスが椅子を引いて座るよう促す。
「ルネが気になるならなんとかするさ。けど、俺達はここに観光に来ただけだろ? 民のために駆けつけた父上とアスターの邪魔はしたくない」
「生温いことを言わないでちょうだい。王族に向かってあんな態度を取る人は罪に問うべきよ」
「そこまでする程のことじゃない」
「そこまでする程のことよ」
あまりにも譲らないルネにロータスが眉をひそめる。さほど気にしない自分がおかしいのか、ルネが気にしすぎているだけなのか。
「ルネの国じゃそういうもんなのか?」
「……セレンディナに立太子の話が上がる前、あの子を出来損ないの姫だと揶揄う令息、令嬢がいたのよ。全員首を刎ね飛ばしてやりたかったわ」
セレンディナがそれを望まなかったため不問とされたが。セレンディナが王太子になった途端手の平を返して擦り寄ってきた彼らを許してはいない。
「だから気に食わないわ。アナタが民に対して非行をしてるならともかく、ただ呪われた身というだけであんな扱いを受けてるなら彼らを罪に問うべきよ」
むかむかと言葉を吐きながらロータスを見ると、彼はなぜかにこやかな表情を浮かべていて引っ叩きたくなった。
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