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第4話 / 全8話
「兄上、えっと、義姉上が召されているドレスは……」
「ああ。母上のものだ」
ちょっと待ってほしい。アスターが自分を「義姉上」と呼ぶことについてスルーしないでほしい。
「あ、義姉上なんて呼び方不適切よ。私はここに嫁入りに来たつもりなんかないわ」
「細かいことは気にするなよ。アスターの好きなように呼ばせてやれ」
ルネは隣の男を思いっきり睨みつけた。ロータスの口ぶりでは、まるでルネがわがままを言っているようだ。一番のわがままはどう考えてもロータスだろうに。人をこんなところまで誘拐した挙句、「呪いを解きたきゃ結婚しろ」なんて、脅迫じゃないか。
密かな攻防を繰り広げるルネとロータスをよそに、アスターは心配そうに料理に視線を落とした。
「大丈夫、でしょうか。父上がなんと仰るか……」
「問題ない。父上が俺に口出しするはずないだろ」
「そう、ですね……。僕の心配しすぎでした」
ロータスの独断とはいえ、やはり亡き王妃のドレスを身に纏うのはまずいんじゃないか。アスターとロータスの会話を耳にして背中に冷や汗が伝うルネ。この場に魔王がいなかったのは幸いだ。見知らぬ娘が妻のドレスを着ているなど、怒りに触れて斬り殺されてもおかしくない。
あとで他の着替えを用意してもらおう。
ニンジンを除けば料理は満足のいくものばかりだった。皿の端に避けたニンジンをめざとく見つけたロータスに揶揄われさえしなければ、満点をあげても良いくらいだったのに。
「ニンジンが食べられないなんて、アスターよりも子供じゃないか」
「うるっさいわね。どこまでついてくるつもりよ!」
食後の運動と称して城内を散策するルネ。その後ろをずっとロータスがついてくる。
まさか、脱出を目論んでいるのがバレただろうか。
「どこまで? 俺の家で俺がどこを歩こうと何の問題も無いだろ」
「ついて来ないでって言ってるの!」
気が散る。こっちは脱出経路を探したいというのに。これでは落ち着いてメモも取れない。
庭を一望できる回廊。鳥のさえずりが響く穏やかな午後。だが、ルネの心は全く穏やかではない。
(せめて、衛兵がいる場所だけでも把握できたら……)
衛兵よりも、ロータスを振り切る方法を考える方が先かもしれない。怪しまれずに離れるには……と思案を巡らせていると、なぜだかロータスが呼んでいる。
「ルネ、おいルネ!」
「さっきから何よ! 考え事してるんだから静かにして!」
「だからそっちは──」
「きゃっ!」
ロータスを睨みつけるのと同時に、地面からぐにゃりとした感触が。踏みつけたものに足を滑らせたのも束の間、ルネの身体が支えられ、転ぶことはなかった。
「な、何?」
自分に何が起きたのか分からず、目を白黒させたまま踏んだものに顔を向ける。庭から伸びてきたのだろう。深緑のツルが回廊に蔓延っている。
「だから言ったのに。今の時期はサルフィネ草のツルが伸びてるから行かない方がいいって。俺がいなかったら転んでたぞ?」
耳のすぐ上からロータスの声が聞こえてくる。突然のことに状況を把握できずにいたが、ルネは今ロータスに抱きとめられている。それに気づいた途端、頬が熱を持つのを感じた。
「しゅ、淑女に気安く触らないで! 離れなさい!!」
舞踏会でもないのに異性とこんなに密着するなんて。ロータスを突き飛ばすように身体を離す。
「だいたい、ツルが伸びるって分かってるなら切りなさいよ!」
「ああ、処理させておくよ」
本当にびっくりした。まだバクバクと脈打つ心臓を抑えるように、ルネは深く息を吐いた。
ロータスから視線を逸らすべく伸びたツルの先を辿れば、美しい緑が広がる庭園が。噴水は完璧な弧を描き、曇天を羽ばたく鳥が一番星のように輝いている。もし空が晴れ渡っていれば、もっと秀麗な景色だったろうに。
魔王国がこんなにものどかな場所だなんて、想像もしなかった。
「良い場所だろ? 気に入ったか?」
ルネの隣で欄干に身体を預け、ロータスが言う。たしかに好ましいとは思ったが、彼の言葉に素直に頷くのは癪だった。
「これくらい、私の家の庭にもあるわ」
「そうか? なら、ルネの家だと思って好きに過ごせばいい。実際結婚したらルネの家になるわけだし」
「またそういうことを……っ! 結婚はしないって何度言えば分かるの!」
くつくつと面白そうに笑うロータスを見ていると、結婚の話もルネを揶揄うために言ってるんじゃないかと思えてくる。
「好きな花でもあれば植えればいい。気に食わない花があったら引っこ抜いてもいいぞ?」
「遠慮するわ。庭を改造して陛下の気分を損ねても嫌だもの」
「父上は庭に興味なんか無いさ。庭に植える花を決めてたのも母上だしな」
「余計勝手に触りたくないわよ!」
亡き王妃が大切にしていた庭園の花を変えたとなれば、魔王の怒りを買うに決まっている。眺めるだけで十分だ。
「別に遠慮しなくていいのに。俺が許可をしたなら、父上は何も言わないさ」
「結構よ。まだ陛下に会ってもないのに、勝手な真似なんかできないわ」
「ああ、父上なら今夜には帰ってくるぞ。その時に挨拶すればいい」
魔王が今夜戻ってくるならもっと早く教えてほしい。取り急ぎ王妃のドレスから着替えなくては。無事にこの国から抜け出すためにも、絶対に魔王の機嫌を損ねるわけにはいかない。
「……まさか、陛下に私を婚約者だと紹介する気じゃないでしょうね」
「何か問題があるのか?」
「大ありよ!! 私はアナタの婚約者じゃないわ!!」
ジトっとルネが睨んだ先で、ロータスは平然とした表情をしている。魔王に「婚約者だ」と紹介されればいよいよ結婚するしかなくなるのではないか。そうなると魔王国を抜け出すのは不可能になってしまう。
「ああそうだ。ルネに一つ頼みがあるんだ」
「頼み? 何よ」
どうして私が、と思いかけて改める。その「頼み」とやらを聞く代わりに、こちらの要望を通してもらえば良いのではないか。ここは一つ、乗ってやっても良いかもしれない。
続きを促そうとロータスを見れば、真紅の瞳は庭園を見つめていた。
「父上とアスターが仲直りするのを手伝ってほしい」
仲直り。とは。
「仲直りって、陛下と王太子殿下は仲が悪いの?」
脳裏に浮かぶ、先程のアスターの姿。ロータスと違い、健気な彼が魔王から嫌悪されているなんて想像しただけで可哀想だ。力になれるならなってあげたいが、自分が力になれるとは思えない。
ルネの問いに、ロータスがそっと口を開く。
「父上とアスターの関係が良くないのは俺にも原因があるんだ」
「それ、私に話しても大丈夫なの?」
「夫婦になるなら隠し事は無い方が良いだろ?」
隙あらばそう言う。今はふざけたことを言う空気ではない。
「変なことを言ってないで話を進めてちょうだい」
毎度突っ込むのだって面倒臭いのだ。早く本題を進めてほしい。腕を組むルネを見てロータスはフッと笑うと、望み通り続きを話し始めた。
「母上は身体の弱い人だった。俺を産む時だって命懸けだったんだ。だから父上は、母上がアスターを産むことに反対していた」
王妃が亡くなったのは、王太子の出産が原因。魔王と王太子の仲が良くないのはそのせい。となると、魔王は王妃を溺愛していたのではないか。
(……やっぱり、魔王に会う前にこのドレスは着替えた方が良いわよね)
「けど父上だって分かってたんだ。王国にはアスターが必要だって。だから母上は、命にかえてもアスターを産むと決めた」
「どうして……」
「俺が呪い持ちだからだ」
白い髪に灰褐色の肌。高天の瞳を持つ民の中で、異質の容姿をしたロータス。この姿で産まれたその時から王位継承権を持たぬ王子。王家存続のために、アスターはどうしても必要だった。
「俺に呪いが無ければ、きっと母上は今も生きていた。だからといってアスターがいなければ、なんて思ったことはないよ」
ロータスがアスターを大切に思ってるであろうことは、食堂での光景を見れば分かる。だからこそ、父と弟の仲を取り持ちたいのだろう。
(だからって、私にどうしろというのよ。魔王と王太子殿下の間に入るなんて、この男はともかく関係ない私が首を突っ込んだら余計拗れるんじゃないかしら)
断ろう。自分が手を出せる問題ではない。ルネとて今は自分のことで精一杯だ。他人を気にかける場合ではない。
「というわけだ。手伝ってくれ」
「断るわ」
「なんでだよ」
「私が協力したって何の力にもならないじゃない」
火に油を注ぐくらいなら大人しくした方がいい。だというのに、ロータスは全く諦める気がないようだ。
「案外、良い緩衝材になるかもしれないだろ?」
「緩衝材になれって言うの? この私に?」
そんなもの、相応の報酬でもなければ割に合わないんじゃないか? 例えば、この国から解放されるとか。
そうだ。その手がある。この国から解放することを条件に、ロータスの頼みに答える。それならば、たとえ魔王とアスターの仲が改善せずとも外に出てしまえば関係ない。最善を尽くすふりをして、とりあえず適当に動けば良い。
「そこまで言うなら、取り引きしましょう。アナタの要求を飲む代わりに私の要求も飲んでくれなきゃ公平じゃないわ」
「なんでその必要がある? 俺はさっきルネを助けただろ。その礼として、俺を手伝ってくれればいい」
「はあ!? さっきのお返しが魔王と王太子の仲を取り持つことですって!? それのどこが公平なのよ!!」
どう考えたってこちらの荷が重い。それならそのまま転ばせてくれた方がマシだった。
「なあルネ。俺は既にルネを助けたんだ。それとも、他の方法で何か返してくれるってわけか?」
「他の方法って、な、何よ……」
「結婚とか」
真っ赤な両眼がこちらを覗き込んでくる。まるで心の奥底まで見透かそうとしてくるその目に、思わずルネは後退った。
「アナタと結婚なんてしないわ!」
「なら協力してくれ」
「それは……」
「ルネがいた方が上手くいく気がするんだ。アスターもルネに懐いてたし」
「どんな根拠よ……」
鳥のさえずりが遠くに聞こえる。風が木の葉の擦れる音を運んできた。
こちらを見つめるロータスの目には、有無を言わせぬ熱があった。ルネに断る選択肢は無いと確信させるような熱が。
「……アナタに協力したら、二度と結婚の話はしないって約束してくれるなら、考えてあげてもいいわ」
「それとこれは別だろ」
「別じゃないわよ! じゃあ協力しないわ!」
「なら、呪いは一生解けないままだな」
「くう……っ! ああ言えばこう言う……!!」
公爵令嬢という立場もあり、口喧嘩で勝てなかったことはないのに。ロータスが相手だとやり込めるどころか、いつもこちらが丸め込まれてしまう。
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