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第5話 / 全8話
月の娘と結ばれぬ限り、長くは生きられない呪われた第一王子。
前を歩くロータスの黒髪を見つめながら、つい先刻彼から聞いた話をルネは頭の中で反芻させていた。
(王家存続の為にはもう一人子をもうけることは必須で、でも王妃の身体は二人目の出産に耐えられるほど丈夫じゃなかった……魔王は、愛する妻の命と引き換えに産まれた王太子を快く思っていない……)
ロータスに呪いがなければ王妃は死なず、アスターはこの世に産まれていなかった。難儀なことだ。
どうりで、ルネが王妃のドレスを着ていることにアスターが不安な表情をしていたわけだ。ルネだって恐ろしく不安だ。
(王太子は、王妃を犠牲にして産まれた自分を魔王が疎んでるって分かってるのね)
だがそうなると、ロータスのこのふてぶてしい態度が分からない。魔王は呪いを持って産まれた第一王子のことは疎ましく思っていないのだろうか。
「ねえロータス」
「うん?」
名を呼べば、すかさずロータスが振り返る。長い黒髪がさらりと揺れた。なぜ、呼んだだけで嬉しそうな感情を顔に滲ませるのか。
「ドレスを替えたいわ。陛下は王妃殿下を愛していたんでしょう? そんな人の前に、このドレスを着て出るなんてできないわ」
「着替えるのは構わないが、この城にあるドレスは全部母上のドレスだ。どれを着たって変わらないだろ。それとも、ルネが着てたドレスにするか?」
「あれはネグリジェに近いドレスだし……そもそも私のドレスじゃないし……」
寝巻きで魔王に挨拶などできるわけがない。王妃のドレスを着る他ないと分かり、一層不安が大きくなった。
「俺がルネに着せたんだから、何も心配はいらない。父上に何か言われたら俺が責任を取る。まあ、父上が俺を責めるなんてないから安心しろ。ルネは俺が守るから」
「……守るも何も、心配事の全ての原因がアナタなのよ……」
薄々感じていた違和感はロータスの自信だ。魔王の顔色を伺うアスターに対し、ロータスからは「父上は絶対に俺を咎めない」という確信に近い自信が伺える。その根拠が分からなかった。
第一王子に呪いさえなければ、愛する妻は死ななかったのに。魔王はそう考えてはいないのだろうか。
「ねえ、アナタにかけられた呪いってどんな呪いなの? ただ長く生きられないだけ? アナタが他の人と容姿が違うだけで、王位継承権を継げないほどのものなの?」
問うたルネにロータスは少し困った表情を見せ。
「秘密だ」
それ以上は何も返してくれなかった。それにどこか腹が立つ。
「秘密ですって? 夫婦になるなら隠し事はしない方が良いんじゃなかったかしら?」
「ほお? つまり、ルネは俺と夫婦になる気になったわけだ?」
「なっ、ちがっ」
完全に墓穴を掘った。案の定ロータスがニヤニヤ笑みを浮かべながらこちらを見てくる。揺さぶりをかけてやろうと思ったのに、逆にこっちが慌てる羽目になるなんて。
顔を赤くして言葉に詰まるルネをよそに、ロータスはとある部屋の扉を開けた。
「着替えたいなら、ここから好きなものを選べばいい」
部屋いっぱいに並ぶのは絢爛なドレス。一目見ただけでそれら全てが最高級の品だと分かる。
どこに向かってるのかと思えば、ロータスは王妃のドレスを納めた部屋に向かっていたらしい。王子という立場を乱用しすぎではないかとルネの方が不安になる。
「け、結構よ! 王妃殿下のドレスを好き勝手に着れないわ! 一着借りただけで十分!」
「遠慮するなよ。ルネが着なかったらもう誰も着ないんだぞ」
なんて断りにくいことを言ってくるんだろう。だからといって「じゃあお言葉に甘えて、好きに選ばせてもらいます」とは言えない。
「ほ、本当に、今着てるものだけで十分だから……」
「なら明日は何を着るつもりなんだ? ほら、これとか似合うんじゃないか」
母の遺品を躊躇いなく取ってロータスが寄越してくる。気が引けるルネを鏡の前に立たせ、ドレスを当ててはロータスが満足そうにうなずいた。
持ってくるドレスの大半がルネに似合うものなのが若干腹立たしい。この男の審美眼を認めざるを得ないという気持ちにさせられる。
「アナタの目が良いのはもう十分分かったから」
「俺のセンスじゃなくて、ルネという人間が素晴らしいから似合うんだろ?」
逃げたい。今すぐ部屋に引きこもりたい。まさか嫌味で言った言葉をそっくりそのまま返されるなんて。
頭を抱えたルネの視界に、ドレスとは別の物が映る。
「あ、あれは何?」
話題を変えようとわざとらしく指せば、ロータスがドレスを置いてそれに近づいた。布を被せた薄い四角い物体。おそらく絵画であることは分かる。
「ああ、これか。母上の肖像画だ」
無遠慮にロータスが布を払えば、美しい女性が目の前に現れた。
やはり白い髪に灰褐色の肌。空色に輝く瞳は優しい色をしている。
そしてものすごく、ロータスに似ていた。
(ああ、そういうこと……)
「似てるだろ? 俺の美貌は母上譲りなんだ」
自慢げに話すロータスの声が、ルネには遠く感じられた。
不意にも悟ってしまった。ロータスの自信の理由を。
たとえ呪い子だろうと、最愛の妻によく似た我が子を魔王は咎められないのだ。そしてその子が長く生きられないとなれば、甘やかしてしまうのも納得できる。
そんな父を前にして、アスターはずっと孤独だっただろう。その孤独は、ルネにも少しだけ理解ができた。
「呪われ姫」と呼ばれるルネを、家族は決して慰めたりしなかった。身を挺して王女を守ったのは当然のことだと多少褒めてくれた程度で。心配してくれたのはセレンディナだけだった。
(この人は、自分の弟を心配してた……)
アスターの頭を撫でるロータスの表情に滲んでいたのは慈愛。実兄からそんな眼差しを向けられたことのないルネには、アスターが少し羨ましくて。それと同時に、遠い記憶が呼び起こされた。
セレンディナの頭を優しく撫でる従兄。彼はルネのことも、実の妹のように可愛がってくれた。
(……って、お従兄様とロータスは全然似てないから。お従兄様に失礼よ)
ロータスの中に従兄の面影を見出してしまった自分を恥じる。あの人はもっと尊い人だ。ロータスのようにルネを揶揄ったりしない。
「ドレスはもう良いから、陛下と王太子殿下を仲直りさせる方法を考えましょう。何か策はあるの?」
「いや、何も無い」
「何も無いのに、どうやって仲直りさせるつもりだったのよ」
呆れるルネにロータスはあっけらかんとしている。
「それを考えるのも含めて協力してくれ。俺一人で解決できてたら、とっくに解決してるからな」
「それは、そうかもしれないけど……私はまだ二人についてあまり知らないのよ。何も考えようがないわ」
だいたい、仲直りさせる力が自分にあるか分からない。友人と呼べるような相手はいなかったため、ルネ自身仲直りどころか喧嘩をしたことも無いのだ。実兄とは言い合うほど会話をした記憶も無く、大好きなセレンディナとは口論するはずもない。社交界での口喧嘩は友人のそれとは違う。
ロータスには悪いが、完全に人選を間違えていると思う。チージャやランナなど、城に仕える者達に話を聞いた方が確実かもしれない。
「これも似合う」「あれも良いんじゃないか」と色んなドレスをルネに渡してくるロータスを止め、ようやく部屋に戻って来れた。ほっと息をついたものの心は全く休まらない。夜には魔王が帰ってくるのだ。
(仲直り以前にどう挨拶すれば穏便に済ませられるかしら……結局、王妃のドレスを着て会うしかないのだし)
ロータスは「俺が守る」と言ってくれたが、本当にその言葉を信じていいものか。ロータス本人が魔王の寵愛を得ているからといって、ロータスに連れてこられたルネまでその恩恵を受けられるとも限らない。
身ぐるみを剥がされて国の外に放り出される可能性だってある。
(魔王国の外に放り出されるなら願ったり叶ったりだけど、祖国まで無事に帰るとなるとちゃんと計画は立てないとよね……)
今日のところはひとまず平穏無事にやり過ごそう。
「──陛下は夕食の席にいらっしゃるそうです」
鈍色に艷めく銀髪を丁寧に梳かしながらランナが言う。それを聞いた鏡の中の自分が表情を強張らせるのをルネはたしかに見た。
「そ、そう……」
淑女として一つも失礼が無いよう、髪を結い直し、完璧に身支度を整える。アクセサリーも厳選した。テーブルマナーは問題無いはず。だというのに、一向に不安が拭えない。
「ねえ、本当に大丈夫だと思う?」
「ドレスのことでしょうか?」
「そうよ。やっぱり、他のものに替えた方が……」
「ロータシウス殿下の仰ったように、この城にあるのは王妃殿下のお召し物だけです。今からルネ様のドレスをお仕立てすることはできますが、急いでお渡しできたとしても数日はかかるかと」
「もう、陛下が今日戻って来られると早いうちに分かっていれば、ドレスを買いに行ったのに」
全部ロータスが悪い。不安でいっぱいのルネをランナも気にかけているが、これ以上はどうしようもなかった。
(ここまで緊張する食事の席は初めてよ! 丸腰で魔王に対面するようなものじゃない)
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