読み込み中...
読み込み中...
第13話 / 全21話
「来たばかりの人にその云われようは納得いきませんナァ」
顔を真っ赤にしたまま、鈴木課長は円眼鏡の向こうから敵意剥き出しで僕を見据える。
やっちまった・・・ここは謝った方がいいかも。
でも、間違ったことは言ってない。
会議の場は凍り付いたように静かになる。
社長は僕と課長の顔を交互に見て、張り詰めた空気をやわらげようと口を開いてくれた。
「まあまあ。まだ導入したばかりのシステムなんでしょ。まずは現状を確認しようじゃないか。回線の件も含めて、佐藤さんの言う問題があるなら改善すればいいんじゃない?鈴木課長もそれでいいね?」
「まあ・・・ええ」
明らかな拒絶を顔面に残したまま、鈴木課長はガタン、と椅子を正すように座り直した。
「佐藤さんも、それでいいかな?」
社長が諭すような目で僕を見つめると、一斉にその場全員からの視線が僕に集中した。
「はい・・・失礼しました」
視線が痛い。思わず俯いてしまう。
「そのインターネットの回線ちゅうのは、すぐにどうにかならんのかね」
一旦収まりかけた空気に、会長が口を挟んだ。
すかさず山神支配人が「そこは私からいいですか?」と軽く手を挙げた。
会長は支配人を見て頷いた。
「回線の件なんですけれども、お客様からもWiFiが遅いとご指摘を戴いておりまして、我々もどうにかしないとという認識は持っておりました。ただ、会長、残念なことに温泉街全体でいえることですが、佐藤さんが仰った『高速道路』光インターネット回線が来てないんです」
え・・・?マジ!?幽世だからってそういう意味とか?
僕は山神支配人の言葉に驚いて、口をポカンと空けたまま、支配人を見た。
「佐藤さんもご存じなかったみたいですね。そうなんです。光が来てないんです」
「ほぉう?そりゃ大ごとじゃないんか?」会長が首を傾げながら支配人の方を覗き込んだ。
「大ごとといえば大ごとです。TTNさん自体がこの地区まで光ケーブルを引いておらず、『ながとゆき市』のケーブルテレビのインターネットしか来てないんです」
「ほんとかね?そりゃあ知らんかった。市長に言うちょかんといけんのう。よう言うてくれた、支配人、それに佐藤さんも」
会長は驚きながらも口元を緩め、笑顔を溢した。
オールバックにした白髪を揺らし、大天狗らしい力強く太い黒い眉が下がってガハハ!と笑う。
「女将、明日市長と会う約束じゃったろ、忘れんよう覚えちょってくれ」と会長が隣の女将と顔を合わせる。
女将はにこっと笑って静かに頷いた。
山神支配人、凄いな・・・何かそういう能力をお持ちなのか。
「よし、ではこの件は一旦ここまでにしよう。佐藤さん?」
社長が再び進行役に戻り、僕を見つめた。
「佐藤さんの提案については、具体的にできるものから検討してもらおうと思います。また話を訊く機会を設けますので、今回はここまでにしましょう。お疲れさまでした」
と笑顔を僕に向け、頭を下げてくれた。
「では、次の議題に移りましょう。佐藤さん、もういいよ。ありがとう」
僕は社長に促され、席を立ち、一礼してカンファレンスルームを後にした。
1時間後、総務部の隅っこの席にいた僕の横を、幹部の皆さんがぞろぞろと横切っていった。
鈴木課長も総務課に戻ってきたので、立ち上がって「お疲れ様です」と挨拶したが完全スルーで無視された。
謝るべきか、と悶々としていたところに、「佐藤さん、ちょっといいですか」と山神支配人が声をかけてきた。
手招きする山神支配人に付いていくと、総務課の隣のパテーションで仕切られた部屋へと通された。
扉を開けたとたんに、電話のコール音と受け答えする女性たちの声が響いた。
ここが「インフォメーションセンター」か。
中では数名の制服を着た女性社員がヘッドセットを付けて会話をしている。
向かい合わせに並べられたスチールデスクに、メーカー製のスリムPCと液晶モニタが揃えられている。
全部で8席、ここだけ椅子が肘掛けつきのOAチェアだ。
壁には巨大なキャビネットがずらりと並び、隅にちょこんと複合機が1台。
なんだ、ここだけまともじゃないか。
山神支配人はキャビネットと机の間を縫うように奥に進み、一番奥の扉の中へ僕を通した。
そこは山神支配人の個室になっていた。
机と棚だけの個室というほど広くはないが、集中するには良さそうな部屋。
他と同じようにスチールデスクにパソコン一式、ボタンが沢山ある卓上用の多機能電話機が整然と並んでいる。
「まあ座って」と支配人がパイプ椅子を組み立て、僕はそこに腰掛けた。
背後でバタン、と扉が閉まると、驚くほど静かになった。
「まずはお疲れさまでした」
机の方に向いていたOAチェアをくるりと僕の方へ回し、対面するように支配人は座った。
「いえ、会議では色々とありがとうございました」
本当に助けられた。僕は深々と頭を下げる。
支配人は「あれはちょっと言い過ぎたね」と苦笑いを浮かべながら言葉を続ける。
「正しいことを言うのと、相手に正しく伝えるのは別ですよ」
支配人は目尻を下げながら僕を見つめる。
「佐藤さん、私が何か、ご存知でしたっけ?」
支配人は僕を見つめる目を細めると、瞳の奥でゆらりと何かが輝いた。
「えっ?・・・いえ」
「じゃ、内緒にしとこうかな。色々面倒だし」
支配人は苦笑いしてさっきの会議で僕が提示した資料をクリアファイルから取り出して、ペラペラと捲った。
「とりあえず、鈴木課長は相当おカンムリだから、暫くはそっとしとこうか」
「はい・・・」
支配人には頭が上がらない。あのフォローがなかったらどうなっていたことか。
「あと、ネットの件は私も懸念してたことなので、今日会長に伝えられたことは大きかったよ。ありがとうね」
「え?そうだったんですか」
「まあね、何かあれば遠慮なく相談して。これで私の話は終わり」
「・・・ありがとうございます」
「そうだ佐藤さん、明日インフォメーションセンターの業務、見てくれないかい?みんなには研修と伝えておくけど、君なりの視点で問題点と改善案を出してほしい」
「はい、それはぜひ。お手伝いさせて下さい」
「・・・ありがとう、じゃまた明日。お疲れ様でした」
支配人はすっと立ち上がり、個室の扉を開けてくれた。
僕は黙ったまま、深く頭を下げて個室を出た。
明日から次の課題が始まりそうだ。
この話はいかがでしたか?
この作品を評価する