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第14話 / 全21話
「本日より暫くお世話になります。新人の佐藤です。宜しくお願いします」
僕は朝礼で深々と頭を下げた。
朝8時半。インフォメーションセンターの朝礼で、僕は山神支配人の紹介に続いて挨拶した。
目の前には、4名の社員の方々がそれぞれの席を前に立っている。
眼鏡をかけた狸のおばさん、おかっぱ頭のお嬢さん、猫のような若い女性、そして背の高い猿顔の倭田さん・・・以前、大浴場で苦い薬をくれた人だ。
「・・・ということで今週いっぱい、佐藤さんに予約受付業務を手伝っていただくことになりました。佐藤さんはコンピュータに詳しいので、困ったことがあったら相談してください。それでは本日の予定を倭田さん、お願いします」
山神支配人が、慣れた口調で朝礼を進める。
倭田さんが、それに応えて今日の宿泊客についてざっと説明を始めた。A3サイズの大きな書類の束を手に、1枚1枚めくりながら順に紹介していった。
その内容に沿って、他の3人がそれぞれ手にしたメモ帳に書き込んでいる。
倭田さんと同じA3の書類を手にした山神支配人が、僕にその書類を見せながら小声で説明してくれた。
「これが『手板』です。今日の宿泊者情報と館内情報をまとめた1日分の業務分担表です」
手板?なんじゃそれ。
僕はその書類を受け取って1枚目を眺めた・・・が、その情報量にびっくりしてしまった。
男女・子供別の宿泊客数、団体名や人数、客室、レストランや宴会場の予定、担当者、注意事項までがびっしり並んでいる。しかも、あちこちに赤ペンの書き込みがある。
2枚目以降は団体客、個人客ごとの宿泊者情報と客室番号、夕朝食の献立名、注意事項、アテンドする接客係の名前がずらりと並んでいた。ここにもところどころに赤ペンの書き込みがあった。
手板というのは、いわゆる業務予定と宿泊客一覧表をまとめた帳簿のようなものか。
そういえば何だか見覚えがあるな、と思ったら、事務所の巨大なホワイトボードに張り出された無数のA3の書類。あれだ!
しかし・・・きちんとシステムで出力された表なのに、手書きの書き込みが多い。
よく見たら赤ペン以外でも黒のボールペンで書き込まれている箇所も多い。
しかも顧客関連の情報量が凄い。
備考欄がびっしり書き込まれている。小麦アレルギーだの、生魚がダメ、お肉が苦手だの、ビールの銘柄は何指定だのが宿泊客ごとに事細かに記載されている。
これが老舗の高級ホテルで人気がある所以か、と感心してしまった。
感心して眺めていたらいつの間にか朝礼が終わっていた。
「手板、そんなに面白いですか?ずいぶん熱心に見てましたが」
山神支配人が苦笑いしながら声を掛けてきた。
「あっ・・・すいません。情報量が凄くて見入ってしまいました」
「あははは。そうでしょうね、最初はびっくりするかもね。じゃ、今日はこちらの倭田さんについてもらって、予約情報の入力から研修をお願いしますね」
と、横に居た狸のおばさんを紹介してくれた。
「あれ?倭田さん?」
「あぁ、男性の倭田さんとはこないだ倒れた時に会ってましたね。こちらは倭田さんの奥さん。センター内では千代子さん、浩介さんと呼び分けているので覚えておいてください」
「倭田です。ウフフ」
千代子さんは首をすぼめながら口を手で隠しながら可愛い声で笑った。
「佐藤です。宜しくお願いします」
「じゃ、佐藤さん、予約データの入力について教えますね」
と、複合機の前に僕を連れて行った。
「毎朝、このコピー機から予約データが印刷されてくるのね」
「はい」
「で、データをこの横の棚に『予約』と『キャンセル』に仕分けして入れています」
「はい」
「ではまずは、『予約』の棚から1枚とってみてください」
「はい」
僕は棚に溜まっているA4の紙を1枚取り出した。
ネットの有名な旅行会社からの予約データが定型フォーマットで印刷されていた。
「じゃ、こっちの席へ」
千代子さんの後をついていき、案内された席についた。
デスクの上は、ボタンの沢山ついた白い多機能電話機、19インチの液晶、メーカー製のスリムPC、使い込まれてキーの印字が消えかけているキーボードと、メーカーロゴの入った安っぽいマウスが整然と並んでいる。
隣に千代子さんが座り、書類の内容を細かく説明してくれた。
「じゃ、最初だからこのマーカーで今からいうところに線を引いていってね」
とピンクの蛍光ペンを手渡される。
「宿泊日、お名前、住所、電話番号……このあたりを『画面』に入力していきます」
云われた箇所に下線を引いていくと、千代子さんが僕のデスクのマウスをちょんと動かし、スリープ状態だった液晶画面がぱっと明るくなった。
液晶画面を見て、僕は固まった。
「え・・・」
懐かしい青いデスクトップの壁紙。
画面左端に青く大きく輝く「窓」のアイコン。
ウインドウOS バージョン7。
「倭田さん、いま令和〇年ですよね?」
「そうよ」
「あ、いや、なんでもないです」
「ふーん。じゃ、この『維新電信』の画面のカレンダーから、予約データの宿泊日をクリックして・・・」
予約日付、空いている適当な客室を選んで、プラン名を選択肢から選んで、顧客名を入力・・・。
「でね、顧客名のところは、『検索』を押して名前があるか確認して・・・」
検索すると、同姓同名の顧客データがヒットする。
「じゃ、電話番号と照会して、同じ物を選んで・・・」
「えっと、複数ありますけど」
「じゃ、日付の新しい方を選んで」
「はい」
といった具合に後はデータに書かれている内容を入力していく。・・・ん?
「うん、入力はさすがに早いね。ウフフフ」
千代子さんが僕の手の動きを見て嬉しそうに笑った。
「はは、ありがとうございます」
「本当は最後にそのお客様に合った客室を過去履歴を見ながら割り当てるんだけど、そこは私たちがやるから佐藤さんは同じように入力作業をあの棚から予約データを取って入力をお願いしますね。わからないことがあったらその都度聞いてください」
「判りました。教えてくれてありがとうございます」
「ウフフフ。佐藤さん手が早いから捗りそうね。頑張って」
千代子さんが嬉しそうに笑う。
僕は席を立って複合機の前に行き、棚から予約データの束を上から10枚くらいを取り出し、席に戻って入力作業にとりかかった。
—9時を過ぎた頃から、電話がジャンジャン鳴り始める。
僕以外の皆さんが、一斉に電話応対を始めた。
「ありがとうございます。ホテルせせらぎ館でございます」
隣の千代子さんの声は、ウグイス嬢のように美しく、はっきりとした滑舌ですごく耳に心地いい。
他の若い女性スタッフも、時々彼女に質問や意見を聞きに来る。
見かけはメガネかけた地味なタヌキのおばさんなのだが、「現場のプロ」だ。
ちらちらと千代子さんを見ていたら、「どうしたの?ウフフフ」と僕の様子を聞いてきた。
こういうところも、ベテランっぽい。
「あぁ、とりあえず10枚ほど入力したんですが、その中に同じ物があって」
僕は重複していた予約データの紙2枚を千代子さんに渡す。
「あー、これね。1枚はキャンセルね。予約の方にまざってたのね。村重さん!トケが予約に混ざってたそうよ、ダメじゃない」
と向かい側の席に座るネコ顔の若い女性社員を注意した。
「にゃにゃぁ?・・・すみませんでした!」
液晶画面越しに、背を屈める姿が見えた。
「佐藤さん、今のが去年入ったばかりの村重さんね、あと・・・その隣の可愛い子が小山さんね、童顔だけど仕事は出来る子だから、私がいないときは小山さんに訊いてね」
猫顔の村重さんと、眼鏡の奥のくりっとした目が可愛い小山さんが、それぞれ液晶画面ごしに顔を出した。
「あ、佐藤です。宜しくお願いしますね」僕は座ったまま、液晶越しに会釈した。
「よろしくにゃん、村重です!」
「よろしくお願いします・・・ふふっ」
と二人とも笑顔で会釈を返してくれた。
「佐藤さん、この2枚の予約データを出してくれる?」
「はい」
「両方とも、顧客名の前に『トケ』と入力しておいて。それで判るから」
「はい。入れるだけでいいんですか?削除は・・・」
「あ、消しちゃダメよ。そういうルールだから」
「ルール・・・」
「あのね佐藤さん、宿泊のお客様って、こうやって何度もキャンセルして、また違うプランで予約してきたりするの。だから『手仕舞い』まではこうやって残しておくの。また予約が入ってきたときに再利用するからね」
(手仕舞いってなんだ?あとで調べておくか)
「なるほど、判りました」
僕は千代子さんの指示に従って、重複した予約データ両方に『トケ』の文字を追加した。
—これって、内部的に物凄い量の無駄なデータが溜まってないだろうか。それに、何故データをいちいち印刷して手作業で入力しているんだ?おかげで顧客検索すると同じ名前で違うデータが山ほど出てくる。『そういうルール』だから?
手板もそうだ。
予約データもそうだ。
どう考えても、何かがおかしい。
・・・これは、山神支配人に訊いた方がいいかな。
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