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第12話 / 全21話
1ヶ月前、初出社のときに訪れたカンファレンスルーム。
会長を中心に社長、専務、山神支配人、安住支配人、鈴木課長らが席を連ねている。
反対側には女将が着席し、その隣にコックコートを着た料理長、副料理長が並んでいる。
巨大なテーブルを挟み、僕は用意していた提案資料を手に対峙している。
「佐藤さん、1ヶ月の研修お疲れ様でした」
社長自らが司会役として、最初に発言した。
「率直に伺いますが、この1ヶ月を振り返ってみての感想は如何でしたか?」
僕は一旦持っていた資料をテーブルに置き直し、社長の顔をじっと見つめる。
「正直に申し上げると、これまで体験したことのない業務ばかりで大変でした」
幹部のみなさんが一斉にふふっと笑う。
「ホテルの仕事は、IT業界とは全然違ってたのでは?」社長が続けた。
「ええ、毎日がカルチャーショックの連続でした。まさかここまで社内の環境が遅れているとは思いもしませんでした」
「ほう?それはどんなことかね」
会長が口を開く。言葉を発しただけなのに、威圧感を感じる。でもここで圧される訳にはいかない。
「ひと言で申し上げますと、社内の業務環境は私が元いた都内の会社と比較して、15年は遅れています」
会長、社長、役員の目が険しくなり、僕を見つめ返す。
「それはどういうことかね」会長はじっと僕を見つめる。
「言葉の通りです。仕事の進め方、インフラ、システム全てが大幅に遅れています。この1ヶ月各部署を体験した結果、どの部署も大小さまざまな課題を抱えており、業務改善が必要です」
「具体的には?何か資料を作ってくれたんだよね?」社長が助け舟を出すように、僕の手元の資料を見る。
「はい。お配りしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん、見せてほしい」社長が立ち上がって僕が用意していた資料を全て受け取り、会長の前に1部おいて半分にわけ、左右にまわしていった。
受け取った会長、社長、専務はさっそく1枚目の見出しを見た後、捲って2枚目を見ている。
「細かい課題は改めて精査してご相談しますが、今回は重要な3項目について報告します。」
僕は一息ついて、続ける。
「1つ目は過剰な紙文化です。全ての業務が手書きの紙ベースで回っています。決してそれが悪いとは言いませんが、手書き故のミスや事故に繋がるリスクがあります」
「紙ベースじゃだめなんかね。皆その方が仕事しやすいちゅーてそうしとると思っとったが」
会長が左右の幹部を見ながらそう言い放つ。
「そうですねえ、現場の意見から今の形で進めるようになっていますが」と、山神支配人がフォローを入れた。
鈴木課長は顔を逸らし、嫌そうな視線だけを僕に向けている。余計なことを言うのではと警戒しているようにも見える。
「会長、紙ベースの仕事を否定しているのではないです。ほんの少しの工夫でリスクヘッジできることを提案したいだけです」
「リスクヘッジ・・・ちゃー何かね」
(そこからかよ!)
「会長、ミスとか事故の可能性を減らす、と佐藤さんは仰ってるんです」
(山神支配人、またもやナイスフォローです!)
「そういうことかね。んー佐藤さん続けて」
会長は再び僕をまっすぐ見つめる。
「例えばですが、ルームキーパーさんの担当割表です。毎日ものすごい時間を掛けて作られてるように感じました。これ、本来ホテルシステムか表計算のプログラムでもっと手間をかけずに作成できるのではないでしょうか?」
鈴木課長が嫌そうに声を出す。
「いやそう言うけどね佐藤さん。システムで出来なかったから今の形に落ち着いたんだよ。業務にも歴史ありってね。そこを判ってほしいナア」
「そうなんですね、その件はまた詳しく伺いたいと思います」
「ではもっとシンプルな事例ですが、フロントのお荷物のお部屋入れ、毎回手書きで客室番号の記載ミスから業務が滞る事態になることがありました。これもチェックイン時に札のレシートを発行できればミスを防げるのではないでしょうか」
「おお、それは面白いね。できないの?」社長が山神支配人に尋ねると、支配人はちらりと僕を見た後に「検討してみましょう」と短く答えた。
「では、2つ目です。お尋ねしたいのですが、ホテルシステムや館内のサーバー、コンピュータ、POSレジシステムなどの資産管理、これはどうなっていますか?見た処とても保守契約やメンテナンスが行き届いてるとは思えませんが」
鈴木課長の顔がただの嫌悪から憎悪を帯びて険しくなっていく。
「佐藤さん、君言い方ってもんがあるだろう?うちは県内でもコピー用紙消費量1位と云われてるくらいの会社だよ?保守もメンテも契約してるに決まってるじゃないか、失礼じゃないか」
「コピー機だけでは?他のPCなどのIT関連機器はどう見てもサポート保守の機器保証期間をとうに過ぎているように見えます。それに・・・」
「それに?」社長が訊き返す。
「コピー用紙消費1位というのは、CO2削減という社会命題にも、経費削減という観点からもマイナスイメージしか感じられません」
「確かにね、業務の為とはいえ、毎年計上される経費は年々上がって利益を圧迫してるのは実際そうなので、佐藤さんの仰ることはよく理解できます」これまで黙っていた専務が初めて口を挟んだ。
「それで、佐藤さんからみてコスト削減についてどのような見解があるのですか?」
「そうですね、お配りした資料にある通り、一度社内機器や保守契約の棚卸をさせて下さい。その後優先順位を検討して、随時機器の更新や保守契約の見直しなどを行って、ペーパーレス化できるところから進められたらと考えています」
「なるほど。一時的にコストは上がるかもしれないけど、中長期的にコスト削減できる、そういう考えですね」
専務が資料に目を通し、軽く頷いた。
「はい、仰る通りです。では3つ目の提案ですが、おそらくこれが一番の難題です。それは、インターネット回線の帯域です」
今のところ、いい感じに話ができているという手応えを感じる。もう少しだ。
「帯域?それは何かね」会長が尋ねる。
「帯域とは、インターネット回線の太さのことです。これが現状、ありえない位細い状態です。資料の次のページをご覧ください」
僕は作成した資料をめくり、現状の館内インターネットの速度測定結果と、自宅の光インターネットの速度測定結果を比較したグラフと実測値結果を提示する。
「これは今僕が住んでいる自宅の光インターネットと、社内のインターネット回線の速度測定結果です。自宅がおよそ100Mbpsという結果に対し、社内では、最大でも6Mbps程度です。社内の実測値が自宅の10分の1にも満たないのは、正直いって異常です。これではインターネット予約などのクラウドがまともに使えているとは到底考えられません」
そう話した途端、山神支配人と鈴木課長の顔色が変わった。
「数字で何となく判るが、これがどう問題なのかね」
会長がじっと僕を見据える。
「道路に例えると判りやすいです。今の現状は田舎の一本道に車が押し寄せて大渋滞しているのと一緒です。早急に高速道路を開通させないと、仕事が回らなくなります」
「そうか、よう判った。しかしこの前会社の経営管理システムをクラウド?にしたばっかりじゃないかね?鈴木課長」
会長が鈴木課長に問いただした。経営システムをクラウド?それは初耳だ。
「はい。導入したばかりなので、まだ石川さんが移行作業を頑張ってくれてます」
鈴木課長は少し顔を引きつらせている。
「佐藤さん、どう思うかね?」会長が僕をじっと見つめる。
「鈴木課長、経営管理システムというと、経理・財務・人事とかのERPってことですか?」
「そうだよ?君も知ってるんじゃない?『御代官様クラウド』っていう経営ソフト」
「この回線で、このシステムを?」
「ああ、総務では皆毎日使ってますよ?」
「・・・」(いや、絶対まともに使えてないだろ?石川さんずっとイライラしてたし)
鈴木課長は自慢げに答えたが、それを聞いて僕は怒りを通り越して呆れるしかなかった。
「まともに使えてないんじゃないですか?今の帯域だとお金をドブに捨てるようなもんですけど」
思わず口にした後で、しまった!と後悔したが遅かった。
「君!今のは聞き捨てならんよ?言い方ってものがあるだろう?失礼じゃないか!」
鈴木課長は顔を真っ赤にして激高し、顔を逸らしながら蔑むように僕を睨んだ。
時既に遅し・・・肝心な時に盛大に地雷を踏んでしまった。
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