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第6話 / 全21話
「あいよ、焼き魚朝食セット大盛りね」
土気色したしわくちゃの魔女みたいなおばさんがカウンターにドン!と朝食セットを置いた。
「あ、ありがとうございます」
僕はトレイを持って誰も座っていないテーブルを選んで席につく。
ふと食堂の中を見渡すと、壁に沿って置かれたソファに沈み込むようにしていろんな「ヒト?」が眠りこけていた。なんていえばいい?明らかにヒトじゃない。
あの腕を組んで俯いている緑色の小鬼、鼻の穴を丸見えにして口を開けて寝てる人はオークか?
難しい顔して目を瞑っている青い人は青鬼だろうか。
皆一様にホテルの制服を着て、ネクタイを緩めて眠っている。
なんでだ?昨日までは普通の人の姿にしか見えなかったのに?
そんな考えを巡らせていても腹は減ったままだ。僕の胃が催促するようにグゥグゥと鳴く。
テーブルの中心に置かれたカトラリーから箸をとり、醤油差しを掴んで焼き魚と生卵に醤油をぶっかけ、物凄い勢いでご飯を掻き込んだ。
(うーん・・・不味い)
米からおばあちゃんのような匂いがする。
それでも、なんだか気だるい身体がエネルギーを欲しているのか、あっという間に平らげた。
最後にお茶を啜り、空になった食器をカウンターへ返却した。
ふと振り向くと、いつの間にか食堂の中は赤いポロシャツの集団がテーブルを埋め尽くしていた。
「オニイサン、モシカシテサトウサンネ?」
髪を短く刈った褐色の肌。
他のヒト同様に赤いポロシャツを着た女性が僕の前に立つ。
鋭い切れ長の目が怖い。その切れ長の目尻に刻まれた皺もなお怖い。
でもカタコトっぽい日本語の声は優しく、目鼻立ちは整っていて以前は相当なクールビューティだったのではないだろうか、アオザイとか似合いそうだ。
「はい、佐藤ですが・・・」僕はその視線に気圧されながらおずおずと頷いた。
「ワタシ、リリーデス。キョウアシタ、イッショ。お手伝いよろしくネ」
リリーさんと名乗った女性はニコっと笑い、目尻の皺が下に下がった。
怖そうに見えたが、なんだか優しそうな人だ。
どこの国の人だろう?
「コレ、今日ノ担当割ネ」と、A3を二つ折りにした紙を手渡された。
僕は紙を覗き込むと、かすれた罫線が縦横に走る表の中に、虫が這うような気味悪い手書き文字がびっしりと書き込まれている。これが客室の担当割当表?恐ろしい・・・これ全部手書きだ。狂ってる。作るのに何時間かけてるんだ?頭おかしいんじゃないのか?
皆この担当割を手にしている。
毎日誰かがこれを手作業で作り、人数分コピーして配っていることになる。
50人くらい居るぞ?
業務効率化とは何か。もはや狂気すら感じる。
僕の心配をよそに、リリーさんが僕の肩をトントンと叩き、前の方を指差した。
「朝礼ハジマルヨ」
目を向けると、食堂の一番奥にいる小さな女性が真ん中に立ち、大きな声を張り上げた。
「朝礼はじめま~す、では部屋割の確認をしますジョ~」
中心に立ったままの女性が、さっきの部屋割表を手に司会を始めた。
よく見れば、突き出た鼻の横にちいさな髭が両側に伸びて、ネズミのような顔立ちだった。
「あのヒトがさゆりチャンネ。キーパーのチーフ、偉い人ネ」
リリーさんが耳打ちしてくれた。
さゆりチャン、僕には白いネズミチャンにしか見えてないんだが。
あっという間に点呼と部屋割確認が終わり、方々に赤ポロシャツ軍団が散り散りになっていった。
「じゃ、これからリネン室行って現場に行くヨ、ついて来てネ」
僕はリリーさんの後をついて食堂を出た。
くねくねと曲がりくねった通路。僕は必死にリリーさんの背中を追う。既にここがどこかも判らない。
やっとのことでリネン室にたどり着くと、中からすごい熱風が吹き出してくる。
「ココリネン室ネ~、タオルと浴衣セット積み込むヨ~」
というや否や、ものすごい勢いでタオル、バスタオル、男性用と女性用の浴衣をサイズごとに取り出し、用意されていたカートの中へきれいに詰め込んでいく。
なんか腕がいっぱいあるように見えるのは気のせいか?
気のせい・・・そういうことにしておこう。
* * * * *
そして、僕は戦場に放り込まれた。
ここは限られたわずかな時間に業務を完璧にこなす、片付けという名の戦場だった。
—客室前。
「ジャはじめるヨー」
リリーさんの声が響いたかと思うと、彼女は凄い勢いで客室の玄関へ飛び込んだ。
瞬時にサンダルを脱ぎ、奥の客間へと一足飛びする。
慌てて追い掛けたが、履いている革靴が脱げず遅れをとる。
靴を揃える暇もなく、慌てて客室に上がろうとするが、靴下が滑って転けそうになる。
リリーさんは既に布団の端を持ち、僕を待ち構えている。
敷きっぱなし、起きたままの布団を二人がかりで中腰の体勢でシーツを剥がし、玄関へ向かって投げ捨てる!
枕カバーを引き剥がし、再び投げる!
僕もそれを真似て別の枕カバーを投げる。
白い布が宙を舞い、客室と玄関を隔てる襖の間を弧を描いて飛んでいく。
そして、掛け布団、敷布団を二人がかりで息を合わせてきれいにたたむ。
襖を開け、敷布団、掛け布団、枕をきれいにしまう。
その間に「シーツ回収部隊」が玄関前に落着したシーツを回収し、玄関を空にする。
布団を片付けたら、洗面所と浴室からタオルを回収、玄関に投げる!
それを巡回してくるタオル回収部隊が回収!
そして僕とリリーさんが退室してこの部屋の作業は完了となる。
ひと部屋あたりの所要時間はおよそ5~10分。
もたもたしていたら次の清掃部隊の作業に影響するので気は抜けない。
これをただひたすらに割り当てられた客室分を完遂するまで繰り返す。
汗だくになりながらリリーさんと部屋を回る。
—いったい何部屋こなしただろう。ただの布団を片付けるだけの作業なのに。
もはや時間の概念すら感じない、無限ループの中にいる。
しかし、この作業の連続は確実に僕に深刻なダメージを蓄積させていたようだ。
布団を上げるたび、中腰での作業を繰り返すたびに腰からの違和感が増していく。
そして、その瞬間は唐突にやってきた。
布団からシーツを剥がそうと腰を曲げた瞬間、雷に打たれたような激痛が背中を駆け抜けた。
グキッ!なんて音はしない。強いていえば、電気が駆け抜けるような「ビリビリビリビリーッ!」だ。
ズキリ、なんてもんじゃない痛みで中腰のままその場に倒れ込み、両手をついて動けなくなった。
駆け抜け続ける痛みで顔が歪み、額に脂汗が流れるのを感じた。
「アラ!サトさん!・・・ヤッタカ!!チョトマッテテ!」
リリーさんは僕の異変に気付き、ポケットからPHSを取り出し、どこかに連絡した。
「うごかないでネ。今電話でヒト呼んだカラネ!」
リリーさんの気遣う声が聴こえた。
それよりも、仕事を完遂できなかったことの方が悔しい・・・
でもこれ、情シスの仕事じゃないよね?
ふと、昨夜の千穂さんの艶やかな顔がよぎった。
(ああ・・・千穂さん・・・)
そこで、僕の意識はプツンと途切れた。
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