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第5話 / 全21話
僕ははっと目を覚ました。
「知らない天井だ」
ごめん、いっぺん言ってみたかっただけ。実際は客室の天井でした。
なんだか凄い夢を見た。
あの清楚な千穂さんが、あんなことやこんなことを僕にしてくるなんて。
ついに大魔導士への道が閉ざされてしまったのか。
僕は起き上がり、布団を捲って自分の姿を見直してみる。
ホテルの浴衣を着て、盛大に前がはだけて元気な愚息の姿が見えた。
・・・待て。なんで浴衣の下は全裸なんだ?
ふと枕元を見ると、きれいに畳まれた僕のワイシャツとズボン、下着が重ねて置いてあった。
まてまてまてまて・・・あれは夢じゃなかったのか?
それとも、風呂に入ってる間にまた卒倒して、またここに担ぎ込まれたのか?
真実は闇の中だ。
千穂さん、千穂さんはどこだろう?
むしろ布団の中で添い寝でもしてくれてれば、真実と受け入れざるを得ないが、そんな訳はない。
ひとまず、起き上がって浴衣を脱ぎ捨て、下着をつけようとしたとき、ワイシャツも下着も、履いていた靴下も綺麗に洗濯されていることに気付いた。
下着や靴下からは、汗と脂の混じったオッサン特有の悪臭なぞ微塵もしない。
まるで千穂さんのような花の匂いがふわりと香った。
それに、ワイシャツやスラックスはアイロンが掛けられ、クリーニングに出したようにパリッとしている。
何だ、一体何が起きている?
そういえば、今日は朝から白衣を着てこいと言われていた。
客室の壁を見たら、ハンガーに掛けられた上着の下に、制服一式の入った紙袋が置いてあった。
もともと持ってきていた鞄もあった。
僕は白衣を取り出して上に羽織り、靴下を履き、スラックスに足を通した。
すると、客室の扉をコンコンとノックする音が聞こえた。
千穂さんが来たのかもしれないと思い、扉の前まで駆け寄った。
期待を込めて、扉を引いた。
廊下に立っていたのは、千穂さんではなく、総務課にいたタヌキ顔のおばさんだった。
「おはようございます。夕べはお楽しみでしたね」
抑揚のない棒読みな声で、タヌキ顔のおばさんが訝し気な目で僕を見る。
制服の胸ポケットには、「綿貫」と書いてある。
「おおおはようございます。綿貫さん」
僕は慌てて頭を下げた。
綿貫さんは表情を変えず、「ふん!」とメモのようなピンク色の小さな紙を差し出した。
「これ、食券ね。夕べから何も食べてないでしょ。従食でなんか食べといで。すぐキーパーの研修始まるから」
「あ、すみません。わざわざありがとうございます」
僕は何度も頭を下げた。
「いいから。後部屋はそのまんまでいいから。荷物持って総務の机の上にでもおいときな」
そう言って、綿貫さんはまんまるの身体を揺らしながら廊下の奥へと消えていった。
綿貫さんの後ろ姿を見送っていると、贅肉でまるくなったタイトスカートの後ろに、まるいふさふさとした尻尾?が付いていた。
尻尾????
目を擦って姿を見直そうとしたが、既にその姿は見えなくなっていた。
部屋に戻り、上着のポケットからスマホを取り出す。
時間を見ると、6:30。
キーパー研修は7:30からと、昨日渡されたスケジュール表に書いてあった。
僕は慌てて身支度を整え、靴を履いて客室を出ようとしたが、靴がない。
ここは別館。お客様は玄関クロークで靴を脱いで以降は、裸足で館内を歩き回れるようになっていると書いてあった。僕の靴はどこいった?廊下でオロオロとしていると、壁の間がぬーっと開き、綿貫さんが顔を出した。
「こっち。アンタの靴もこの先にあるよ」
僕は促されるままにその扉のむこうへ入った。
すると、壁と壁の間が自動で閉まって行く。
自動ドアの隠し扉だった。
閉まり切ったところに、押しボタンがあった。
入った先は、パントリーと呼ばれる倉庫を兼ねた従業員用エレベーターホールだった。
綿貫さんはすたすたとエレベーター前へ行き、「↓」のボタンを押す。
「そういえばこっちは初めてだったっけ。バックヤード」
「はい、まだ全然わからなくて」
「そうだろうね。まぁそのうち嫌でも覚えるよ」
ポーン!とエレベーターが到着音を告げ、扉が開く。
まるっこい狸のような風貌の綿貫さん。
尻にはふさふさの尻尾がだらんと垂れ下がっている。
突っ込んでいいのかわからないまま、エレベーターは地下に着いた。
「はいこっちね、あんたの靴」
エレベーターを降りると下駄箱があり、他の従業員の靴や履き物に混じって、僕の靴が揃えられていた。
急いで取り出して、靴を履いた。
綿貫さんは、土間に置かれたサンダルを履いてスタスタと前を進んで行く。
たくさん折り重なったプラスチック製のコンテナが積み重なる狭い道を抜け、二重に折り重なった自動ドアを抜けて違う建物に入ったのがわかった。
左側はパーテーションで隔離され、その中で白衣と衛生帽をかぶった人たちが料理の盛りつけ作業に動き回っていた。右手側では大きなかまどが並び、その奥では衛生帽を被り、ゴム手袋にゴム長靴を履いたおばさん達がいそいそと器やグラスを洗浄機で洗っている。
ただ、行き交う人たちの中に、あきらかに「人じゃない」ものが混じっている。
綿貫さんのように、尻から尻尾が出ているもの、明らかに人ではない緑色の皮膚の色をした人、顔が鶏だったり、蛙だったり、爬虫類だったり・・・一体どうなっているのやら。
ただ、それを見ても不思議と恐怖は感じない、変な感覚。
「ここ、本厨房ね。今やってるのは昼食の準備と洗い場は昨晩の夕食の洗浄ね」
綿貫さんはぶっきらぼうにそう言って、すたすたと本厨房の中の通路を進んで行った。
そこからさらに狭い曲がりくねった通路を抜けて、両開きの扉の前にたどり着いた。
「ここが従業員食堂ね。さっきの食券で朝ごはん食べれるから。あとキーパー研修の朝礼もここだから食べたらそのままここにいればいいから。ほんじゃ」
最初から最後まで愛想のない綿貫さんはそう言って僕を置き去りにしてどこかへ行ってしまった。
両開きの扉の向こうから、美味しそうな匂いが漏れてくる。
同時に、猛烈な勢いで空腹感に見舞われ、お腹がグーグーとなり出した。
僕は扉を押し開けて中に入り、食堂のカウンターにいたおばちゃんに食券を手渡した。
「何にする?今日は焼き魚セットか、ハムエッグ、カレーもあるけど?」
そう言ってくれたおばさんの顔はしわくちゃで、西洋の魔女のような大きく曲がった鼻がマスクからはみ出ていた。
「あはは、じゃ、焼き魚セットご飯大盛りで・・・」
僕は笑うしかなかった。
厨房の中は、その他にも小さな羽根の生えた妖精が忙しく調理に飛び交っていたからだ。
(なんだおい、異世界じゃねえか)
僕は心の中で呟いた。
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