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第11話 / 全21話
僕は親父の中古車の中、90年代のアニソンを熱唱しながら【ながとゆき市】へのトンネルへ軽快に滑り込んだ。
まあ、アレだ。今日で長かった1か月にわたる不条理な研修も終わりを告げる。これほど晴れやかな日はない。
トンネルを抜け、「ふれあい市場」のお店の前を通り抜ける。毎日通って気付いたが、このお店、開いてる日と開いてない日があって、不定休な感じだ。
ただ今日は、縁台の前でくつろぐおばあちゃんの姿が見えた。いつもの割烹着姿でちょこんと座ってお茶を飲んでいる。今日は帰りに寄ってみようかな。
お店の前のパーキングゾーンを通り抜け、陸橋を超える。そして車は幽世へと繋がるトンネルに飛び込む。
一瞬真っ暗闇になり、ふわりと浮くような感覚のあと、あっという間にトンネルを抜ける。この感じにも慣れてきた。
この1か月、いろんな部署を体験した。OJT(On-the-Job Training)とはいうものの、各部署で付いてくれる普通ならざる社員の方々は、基本的にその場その場での指示しかしてくれない。
普通さぁ、手順なりを教えてくれるか見せてくれてからやるもんだろうが?
OJTってのはよォ!
と、何度思ったことか。
それで、出来なくて舌打ちされて、めんどくさそうにやってみせる、というのがこのホテル流らしい。こんなんじゃ新人育たないだろうな、逃げ出す奴も多かろう。それが率直な感想だ。
各部署でのITエンジニアの僕、佐藤が体験した不条理な職場体験を振り返ってみる。
最初のルームキーパー体験2日目は、慣れたのかつらかったけどめっちゃ楽しかった。リリーさんと仲良くなって、この会社のココがダメ、アレがダメという現場ならではのご意見も聞けて超満足だった。
(謎ジョブ:器係)
その日の献立に合わせて宿泊客分の器、箸、鍋を温める卓上コンロや固形燃料を食事会場ごとにひたすら用意する謎部署。ホントに朝食、夕食のお膳の準備するだけ。手長足長の仲の悪いご夫婦二人が勤務。ここでも紙の献立表と厨房からの手書きのオーダー表を手長のおばさんが長年の勘で必要な食器を書き出し、会場ごとにわけられた番重に手書きの張り紙を張り付けて仕分けする。それをタバコ臭い足長のおじさんが厨房、調理場に運ぶお仕事。
(この紙の献立表、マスターデータ化出来るんじゃないか?勘でやってる書き出しも、自動計算で可視化できそう。それよりもマニュアルが先か?毎日手書きするメモも無駄。何度でも使えるラミネートカード作ってあげればいいかも!)
(厨房:盛りつけ係)
入室前に衛生ネットを頭に被り、必死に手指を洗って入室するが、やらされたのは食用花を毟って中に虫がいないかチェックして小分けする作業と、調理師が盛りつけた料理を番重にきれいに収めてラップで封をするだけの作業。なるほど器係が仕分けした器がここに来るのね、と感心していたら料理を落としてしまい大惨事を引き起こしてしまった。
『ガシャン!』
「あっ・・・」
人間ではない皆様の視線が痛い・・・。
「申し訳、ございません・・・」
「やっちまったか、まあ気にしなさんな」
とトカゲのおばさんが虫のついた食用花をパクリとつまみ喰いする。
「いや、あの・・・お花食べていいんすか?」
「んー、気にせんの。どうせ捨てるんじゃし」とニヤけていた
(そもそもの食品衛生とか、従業員の衛生管理のルールとか、どうなん?)
(厨房:洗浄係)
宿泊客の食後の食器をひたすら洗う係。やたらとお年寄りの姿が多い。ここは洗浄機とスライムが大活躍していた。ただ食器乾燥機の熱風が凄く熱い。
スライムさんの血色?が熱風に晒され、シワシワのショボショボに萎んでいく。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ダイジョーブ!」
スライムさんたちはヤバくなると冷たいシンクのプールにドボン!とダイブする。
するとピカピカツヤツヤにリフレッシュしたスライムさんがピョン!とシンクから飛び出して交代する。その姿がとても可愛いらしい。
(ところで、スライムさんは従業員?それとも備品?給料は?というか労働法はヒト準拠?うーん、わからん。一緒に働くお年寄りも干からびそうになっている。疲れから手が滑って何度も器を割るのを目撃した。労務環境どうなってるのやら)
(活花係)
館内や客室のあらゆる活花(造花じゃないことに驚愕)を毎日用意している熟練の妖精さん(但し皆おばさん)の集団。聞けばこのあたりの植物も妖の類らしく、花や枝と引き換えになにかの養分?を提供し良い関係を築いているそう。養分って・・・法には触れてないよね?法といえば生まれて初めて走る軽トラの荷台に載った。めっちゃこわい。
(私道だから道交法違反じゃないと言っていたが、途中国道走ったぞ・・・)
(ラウンジカウンターの洗浄係)
用はバーやラウンジでの飲食のグラスやデザート皿、お抹茶茶碗の皿洗い係。ビールグラスなどは簡単だったが、抹茶茶碗は洗剤なしでお湯洗いしなければならず、火傷しそうだった。バーカウンターを仕切る阿良川くんはまだ20代前半の若い人間の男の子で、この土地を護る陰陽師の家系の出。後で聞いたが、グラスも抹茶茶碗も超高級品で中には値段のつけられない骨董品もあるらしい。嘘だろ・・・。
(オーダー伝票は紙伝票。レジは昔懐かしい感圧式タッチパネルのレジスター。これ保守契約どうなってる?壊れたら替えがきかんのでは・・・)
(ポーター:客室への荷物係)
フロントでお預かりしたお客様のお荷物を、台車に載せて客室へお部屋入れする係。ふだんは只の肉体労働だが、チェックインが重なると途端に地獄と化す。フロント横に台車の列が溜まり、何度もフロントと客室を往復することになりうんざりする。
たまにフロントに千穂さんが居て(がんばって)と微笑んでくれるので、腕肩腰が悲鳴をあげても白目をむきながら頑張れた。
(台車に貼られる手書きメモの客室番号がたまに間違っていて大事故に繋がる。チェックイン時に番号レシート発行できれば改善できるな)
(玄関係:お車のお預かり)
お客様到着時にお車をお預かりして駐車場へ入れるのと、ご出発時に駐車場から玄関へお車をお届けする係。いまだにこんなサービスをしてるのがうちのホテル。お陰で車絡みのトラブルが絶えないらしい。僕もUターンしてひさしぶりに運転しているのに、高級外車の移動を任されたりして何度も困惑した。左ハンドルならまだしも、エンジンの掛け方からシフトをバックに入れる方法すら判らない車種があるなんて初めて知った。なお、この係は輪入道さんやデュラハンさん、タクシー運転手上がりのおじさん(人間)などが担当。
(トラブル防止のためにも防犯カメラの更新が必要だな。画角も悪いしボヤけてるので証跡にもならない)
(玄関係:お出迎え)
これがいちばん楽しかった。なんせ美人揃いの接客係の女性に混じって玄関でお出迎え、お見送りする係。
初日に接客係のレジェンド、敬子さん(65歳、雪女)がついてくれて、お辞儀の仕方から立ち振る舞い、お客様を先導しての歩き方などをきちんと教えてくれた。これが大変勉強になりました。なんだか僕の歩き方も様になってきた気がする。翌日の朝のお見送りで千穂さんと一緒になった。出発するお客様を手を振ってお見送りした後、千穂さんがにっこりと僕に微笑みかけて、拳を前に突き出して来た。僕も笑顔でグータッチを返したが、千穂さんは驚いた顔を一瞬見せた後、そうじゃなくて」と苦笑いしながら、小さなのど飴の包みを握らせてくれた。
恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまい、接客係のお姉さんたちから大笑いされてしまったのはいい思い出。
(接客係で気になったのは着物姿なのに首元と帯に無骨なデジタル無線をつけてることくらいか)
とりあえず、意味不明だった全部署OJT研修は、経営課題の掘り起こしには充分に役に立ったのかもしれない。
ただ・・・多すぎるわ!もう幽世だの妖怪だの、いちいち驚いてられん。
課題が多すぎてどこから手を付けるかを整理しないと話にならないが、おおよそのマイルストーンは研修の中である程度見えている。これが今の僕の最大の強みかもしれない。
そして本日、最後の研修。社長と専務同席による、幹部面談だ。
僕は意気揚々と駐車場に車を停め、職場であるホテルの従業員出入口へ向かって一歩を踏み出した。
この不条理な職場環境で輝くために!
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