読み込み中...
読み込み中...
第15話 / 全21話
『ウィィィィン・・・ガタガタン・・・ピーッピーッ』
突然、インフォメーションセンターの複合機からの異音が轟いた。
僕は入力作業の途中だったので、複合機の方をちらりと見た。
故障か、この入力済んだら見に行くか、と画面に目を戻して入力を急いだ。
そこに、おそらく印刷したと思われる村重さんが慌てて複合機に駆け寄った。
いそいそと複合機の周りを確かめると、徐に背面のカバーをガチャリと開けた。
僕はちらりと見て、慣れてるな、と思った。
「あったにゃ!」
紙詰まりである。
村重はチョイチョイ、とカバーの奥のローラーに挟まったコピー用紙をつまんで、一気に引っ張り出した。
ばりばりばりっ
「にゃあーっ!?」
前言撤回。何してんだお前。
入力が終わった僕は立ち上がって複合機の前でしゃがみこんでいる村重さんに声をかけた。
「代わってください、やりましょう」
「え?いいんですか?」
僕は笑いながら「オドキニナリヤガッテクダサイ」と不作法なAIのような声を出した。
「何?いまの??」村重さんは引き攣った顔で後ずさり、場所を譲ってくれた。
僕はしゃがみこんで、複合機の剥き出しになった用紙送りのローラーを眺めた。
ローラーの端に、無理に引っ張って詰まったコピー用紙がクシャクシャに挟まっていた。
それを指先で丁寧に伸ばし、ゆっくりと引き抜いた。
他に紙詰まりがなければ、まともに動くはずだ。
開けっ放しのカバーを閉じると、複合機はカタカタと音を立てたあと、ウィーンと動き始め、無事印刷が再開された。
「佐藤さんすごいですね!一発で直した!」
村重さんが細かった瞳孔をまんまるにして目を輝かせた。
「無理に引っ張っちゃだめですよ。余計壊れます」
僕は少しきつめに話を切り出した後、最後に笑顔で応えた。
「ありがとうございました・・・」
面食らっていた村重さんが、照れくさそうに笑って頭を下げた。
「どういたしまして」
僕は席に戻り、再び謎だらけの入力作業に戻った。
—お昼を過ぎる頃には、30件くらいの入力を済ませた。
なぜデータを印刷して、わざわざ手入力しているのか。
山のようにある重複顧客データはどうしているんだろう。
それに「手板」「トケ」「手仕舞い」……謎のキーワードも多い。
手を止めて考え込んでいると、倭田さんが「佐藤さん、そろそろお昼行ってきたら?」と声をかけてくれた。
「ああ、ありがとうございます。倭田さんは?」
「あたしは今日朝番だったから、13時までだからいいのよ」
「朝番?」
「そう。ここは代表電話番号の受付も兼ねてるから、交代で朝早くから出ることがあるの」
「そうですか。それはお疲れ様ですね」
「もうね、ウフフ。この仕事ウン十年もやってるから気にしないで」
「ではお先にお昼行かせて頂きます。お疲れさまでした」
「お疲れ様でした。ウフフ」
千代子さんはにこやかに笑顔で会釈して送り出してくれた。
見かけや年齢の割にはかわいい人だな、倭田さん(浩介さん)の奥さん、というのも何か良く判る気がした。
席を立ったとき、小山さんがじーっと僕の顔を見ていた。
目線を合わせると、困ったような顔で「あの・・・ちょっと訊いてもいいですか?」と訊ねてきた。
「どうかしました?」
「えっと、変なメールが代表アドレスに来てて」
「おっと?怪しいメール・・・フィッシングか?マルウェアか?」
「フィッシング?マル・・・何ですか?」
おかっぱ頭が首を傾げ、眼鏡の奥の瞳がクリクリしている・・・カワイイ。
「ちょっと見せてもらっていい?」
僕はぐるりと回って反対側の彼女の席の画面を覗き込んだ。
「なんか請求書みたいなんですけど、こんな会社記憶になくて」
「ほうほう」
画面に表示された添付ファイルを見て、僕は眉をひそめた。
「請求書.pdf.msi」
小山さんがマウスを動かし、添付ファイルをクリックしようとする。
「ダメ!開いちゃダメ!」
小山さんは大声にビクッ!っと驚いてマウスを放り出し、椅子ごと後ろに後ずさった。
あまりの事に、隣の村重さんまでびっくりしてこっちを見た。
僕はマウスを掴んで、メール本文からカーソルを遠ざけて、彼女を見た。
驚きすぎて今にも泣きだしそうにしている。やばい。
「えっと、驚かせてごめんね。ここ見てくれる?」
僕は画面の中の添付ファイルの箇所を指差した。
彼女は椅子に座り直し、恐る恐る近付いて画面を覗き込んだ。
「添付ファイルのとこ、拡張子が2つ並んでるでしょ」
「かくちょうし?」と可愛らしく首を傾げた。おっと、そこからか!
「ドットの後に、pdf。これはPDFファイルだってことは判るよね」
「はい」
「でもよく見て。その後に.msiって入ってるよね?」
「ほんとだ」
「これ、PDFじゃない。『.msi』っていう、何かのプログラムを実行するファイルだ」
「えええーっ」小山さんは両手で鼻ごと口を覆った。
何事かと、村重さんまで液晶画面を覗き込み始めた。
「請求書のPDFに見せかけて、実はプログラムを実行するファイルだよ。開いたらウイルスを仕込まれたり、データを盗まれたりする可能性がある」
「うぇ、まじか」村重さんが困った顔で画面を見つめている。まさかお前・・・
「えー、じゃ危なかったってことですか」小山さんが両手で口元を覆ったまま、僕を見上げた。
「あぶなかったね。こういうの普通に沢山こない?」
「うーん、なんか迷惑メールみたいなのはいっぱい来ますけど、こういうのはあんまり」
「そっか。じゃもう一つだけ。見破るポイントを教えるから覚えといて」
僕はメールアドレスの見破り方と、添付ファイルの拡張子について説明した。
わかったような、理解してないような顔で真剣に聞く小山さん。
つられて隣から身を乗り出して画面を見つめる村重さんは、顔がひきつっている・・・心あたりがあるなお前。
くりくりのお目目をキラキラさせて、小山さんが笑顔で頭を下げた。
「ありがとうございました」
この子、仕事ができるうえに、素直だな。
—やっとのことで、昼食をとりに従業員食堂へ降りた。
時計はもうすぐ13時。昼の混雑も過ぎて落ち着いている。
定食は不味い上に予約しておかないと食べられないので、いつも僕は単品で済ませている。
ここは定食のルールもおかしい。
予約はまだ判るが、予約するためのリストがまた変。
でかいA3の紙、横軸に1か月分の日付。縦軸に名前を記入し、予約する日に〇を書き込む。
従 業 員 が パ ー ト 含 め て 2 0 0 人 い る の に で す よ ?
当然、A3の予約表はなかなかの厚み。名前を探すのにもひと苦労。何よりめんどくさい。
なので、定食はあきらめました。
「ラーメンください」400円の食券をおばちゃんに手渡す。
今日はいつもの魔女みたいな人じゃない。普通の人だ。
おばちゃんは無言で食券を受け取って、厨房の奥へ消え、僕のラーメンを調理しはじめる。
5分もたたないうちに、角盆に乗った僕のラーメンがカウンターに到着。
お盆を抱えて、空いてる席に座る。
カトラリーから箸を取り出し、豪快に啜る。
「うぇっ。げほっ」咽る。ここは戦場みたいなもんだが、コーヒーではない。ラーメンだ。
ラーメン、だよな?
麺がさぁ・・・灰色で黒いつぶつぶがあって・・・ソバじゃねぇか。
しかも絶妙にぬるい。
えー皆さま、醤油ラーメンのスープで生煮えの蕎麦を食べるのは止しましょう。
さすがにこれは、と思い、お盆を抱えてカウンターに戻る。
「あの・・・」
おばちゃんが不機嫌そうに振り返る。
「これ、ラーメンなのにソバなんですけど?」
「はあ?」おばちゃんは迷惑そうにつかつかと歩み寄り、盆の中のどんぶりを見る。
「フン」舌打ちなのか鼻息なのかわからない音を出し、おばちゃんは丼をつかんで下げた。
10分後、まともなラーメンがやって来た。
何だよ、人間の方がタチ悪いじゃねーかよ。
すっかり食欲がなくなった腹に、ラーメンを流し込んだ。
ひと息ついてスマホを見た。
気が付いたらもう休憩時間が40分も過ぎている。
腹立たしい。あー腹立たしい。腹立たしい。
そうしていたら、背中をちょんちょん、とつつかれた。
振り向いたら、千穂さんだ。ああ千穂さんだ。千穂さんだ。
「あの、お疲れ様です。佐藤さん」
「千穂さん、お疲れ様です!」
不機嫌な顔が吹き飛び、嬉しくて一瞬にして笑顔に戻った。
「佐藤さん、パソコン凄いって噂になってましたよ」
「え?いや、仕事ですから、あはは」
「あの、個人的なご相談でもいいですか?」
千穂さんは、少しもじもじと目線を動かしながら、言葉を続ける。
「いいですよ?どうしたんです?」
千穂さんの頼みなら何でも聞きます!
「実は、自宅のパソコンが立ち上がらなくなって。中に子供たちの写真が沢山入ってるんです」
子供たち・・・お子さんがいたのか?とてもそんな風には見えない。
「佐藤さんなら、何とか出来るんじゃないかと思って」
恥ずかしそうに目を伏せながら話す千穂さん。
ちょっと驚きを隠せず目が泳ぐ僕がいる。
「あの・・・いいですよ。持ってこれたりしますか?」
「それが、箱型のタイプで配線とかもあって」
「あら、デスクトップですね・・・困りましたね」
「良かったら、今度うちに来て診てもらえませんか?何かご馳走しますので」
「えっ・・・」
心臓が破れるかと思った。
この話はいかがでしたか?
この作品を評価する