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第17話 / 全21話
メールアドレスが・・・ない。
モックの道長さんからネットワーク配線図の資料を送ってもらおうと、僕はもらったばかりの名刺を渡そうとした。そのとき、その記載がないことに気付いた。
「えっと・・・メールアドレスは」言葉に詰まった。
「いつも通りホテルの代表メールアドレスでいいですよね」
顔色一つ変えず、道長さんは当然のようにさらりと返した。
ホテルのメールアドレスはどこに届くんだ?いや待て、あそこだ!小山さんのところだ!
「それでお願いします」
僕は作り笑いで道長さんにお願いした。
その後、LAN配線を終えたテレフォンヌの道長さん一行は、机の置かれた多機能電話機の使い方をさらっと説明して帰って行った。
ほぼ同じタイミングで、モックの三島支店長がインフォメーションセンターから戻って来る。
「お待たせしました、佐藤さん。複合機の紙詰まり、問題ありませんでした」
「確認ありがとうございました。三島支店長、お願いがあるんですが」
「はい、何でしょう?」
「館内のプリンタと複合機、御社が入れた分の保守の資料とか設定情報、お持ちじゃないですか?」
「ああ、ありますよ。というか、石川さんにお渡ししてますけど」
ああ、あるんだ。って、石川さん経理だけじゃなくてそこまでやってるのか。
「そうでしたか。じゃ、一旦石川さんに訊いてみますね」
「はい、必要でしたらまた仰って下さい」
「では、こちらが今回の納品書です」
「ありがとうございました」
モックさんが帰った後、納品書を持って石川さんのデスクへ向かう。
隅っこの僕の席から見ると、キャビネットがびっしりと並べられている
オフィスの真ん中に、3席ずつ向かい合わせに並んだ総務部のデスク。
キャビネットの壁と、デスクの島の間は人が一人通れるくらいの隙間しかない。
その島の真ん中の席に石川さんが座っている。
彼は伝票の山に囲まれ、手元の伝票と画面を交互に見ながら作業に集中していて、まったく僕に気づかない。
それどころか、下手に近づけば切り刻まれそうな目に見えない何かが、彼の周囲に漂っている。
「あの、石川さん」
「・・・」
「えっと・・・いてっ」
突然、後ろからドスン!と背中を殴られて、壁沿いのキャビネットにぶつかりそうになる。
振り向くとタヌキの綿貫さんが据わった目でこっちを睨んでいる。
「何?いまイッシー末締め処理で忙しいの!はん?納品書?こっちで貰っとく」
僕が持っていた納品書に気付き、強引に奪い取られた。
ずんぐりむっくりな綿貫さん、その腕から繰り出されるパンチは、骨に響くほど滅茶苦茶痛い。
というか、暴力を平然と振るう綿貫さん、ほんとに総務か?
「いてて・・・綿貫さん、ご存じでしたら教えて欲しいんですが」
「なに?」
「IT関係の資料とか、サーバーとかどこにあるか教えてください」
「あん?資料はアンタの横。そこのキャビネットの上のほう。サーバー?あの黒いやつか。ついて来て」
綿貫さんは僕がいるすぐ横のキャビネットの上の棚を指差した後、ペタペタとサンダル履きのままフロントの方へ向かって行ってしまった。
僕はキャビネットの位置だけ確認し、綿貫さんを追いかけた。
でかいコピー機のある小部屋の前を抜け、フロントマンと着物の接客係が行き交うフロント裏に辿り着く。
ふと、壁に備え付けられたホワイトボードに目をやると、今朝のインフォメーションセンターの朝礼で使っていた「手板」が一枚ずつ貼り出されており、接客係がその張り紙を見てしきりにメモ帳へ書き込んでいる。
これも何とかしないとな・・・と考えていたら、綿貫さんを見失った。
あれ?どこに消えた。僕はホワイトボードの前で立ちすくんでいると、壁の中からひょいとタヌキが顔を出した。
「おい、こっち」綿貫さんだった。
慌てて向かうと、狭く薄暗い入口があり、綿貫さんはそこから顔を出していた。
フロント裏にこんな入口あったのか。
入口は分厚い鉄扉が開けっ放しで固定され、プレートに消えかかった文字で「防災センター」とある。
入ってみると、畳2畳くらいの狭い空間に、壁は古くさい制御盤でびっしりと埋め尽くされていた。
足元にはパンフレットなどが入った段ボールが雑多に積み重ねられ、わずかなスペースにはハンガーラックが押し込められて、めちゃくちゃ狭い物置のようになっていた。
正直、綿貫さんと僕が入っただけで、もう身動きできないくらいの狭さ。
そこに、天井まで届きそうな真っ黒い巨大なサーバーラックと、その横に小さな机があった。
机の上に、15インチの古くさい液晶モニターが置いてあるが、机の上は何だかわからないものが雑多に積み重ねられて、とても使える状態には見えない。
「これのこと?サーバーって」綿貫さんが面倒臭そうに言い放つ。
「はい、たぶんこれです」僕は巨大なサーバーラックを見上げた。
サーバーラックの上から天井に向かって、ありえないくらいの太い束になったLANケーブルが伸びていた。
スパゲッティなら10人前くらいありそうだ。青やら赤やら黄色やら・・・とても不味そうだ。
「綿貫さん、ちょっと場所代わってもらっていいですか」
「あん、ええよ」
ものすごく狭い中、立ち位置を代わってもらう。
入れ替わるとき、背中や肘に胸なのか突き出たお腹なのかわからない柔らかい感触が伝わったが、綿貫さんはまったく気にする素振りもない。こっちも当たって迷惑だ。気色悪い。
僕はサーバーラックの収納式のノブに手を掛けた。
鍵はかかっておらず、簡単に開いた。
中は上部にラック用のスイッチングHUBがいくつも並び、殆どすべてのポートにケーブルが繋がってきれいに明滅していた。2段目には大きなNAS。3段目にタワー型のサーバーが並び、一番下に大きなUPSが数台。
しかし・・・スイッチングHUBから下は粉雪がかかったように埃がびっしりとまとわりついている。
しばらくメンテした様子がない。
ハァ、と思わずため息をついたら、埃が舞い上がった。
「ぶぉふぇっ!げほっ」
「っくしゅん!」綿貫さんも思わずくしゃみが漏れ口を押さえたが、片方の手は即座に僕の腕をぶっ叩く。
「はやく閉めな!」綿貫さんはそう言うや否や、さっさと防災センターを出て行った。
「ああぁ、はい」
仕方ない、今度は完全防備で調べにこよう。僕は扉を閉めて、防災センターから抜け出した。
「綿貫さん、ここって何なんですか」
「防災センターって書いてあったろ?火災報知器とか防火扉の制御装置やらが集まっとるとこ」
「なるほど」
何でそんなとこにサーバーが?と思って気付いたが、やたらと扉や壁が分厚いから、火災対策済みなのか。
だからって、物置にしていいわけがない。大丈夫か?このホテル。
考えを巡らせる間もなく、今度は防災センターの中から「ブーッ!ブーッ!」という激しい音が聞こえてきた。
びっくりして振り向くと、フロントの人が何食わぬ顔で防災センターの中に入っていき、その後静かになった。
やがてフロントマンが防災センターから出てきた。
初日にフロントに居た、イケメンボイスの人だ。
僕を見て、やれやれという苦笑いを浮かべた。
「ああ、ごめんね。またどっかの防火扉が自然に閉まったらしい。気にしないで」
いや・・・それこそあかんやろーーーーッ!!
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