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第16話 / 全21話
昼休み後、千穂さんからのお誘いにウキウキしながら総務課の前を通った。
僕の席に、巨大な段ボールの山が置かれている。
28インチのワイドモニター、メーカー製スリムPC、スイッチングHUB、LANケーブル・・・
「あー・・・佐藤さん?」
不機嫌そうな声で僕に気が付いた綿貫さん。
「業者さんがこの後来るそうなんで、ソレそのままにしといて」
業者?業者も妖とかじゃないよね?
「業者?どこの会社なんです?」
「モックさん。隣の『おおはぎ市』の」
・・・知らん。初めて聞く会社だ。
「あと『ゆだ市』からテレフォンヌさんも電話の設置しに来るから」
「モックさんに、テレフォンヌさんですね・・・」
どっちも初めて聞く会社だ。てか業者は皆市外なんだ。
「専務が石川さんに言って手配してくれたんだから、大事にしなよ。ねー♡石川さん♡」
まるっこい狸が口調を変えてPCに向かいっぱなしの経理、石川さんの方を触ろうとする。
「はん?さわんなや」
物凄く嫌そうに肩を逸らし、石川さんが振り向いて僕を見た。
・・・途端にしかめっ面から目を細め、にこっと口角を上げた。
「ああ・・・それね。うん、専務から頼まれたんや」
石川さんが席を立ち、綿貫さんを押し退けて僕の前に来た。
意外と背が高く、細身。
ふわふわのくせっ毛。ややたれ目。ぱっと見温厚そうな顔。
外見だけ見れば若い優しそうなお兄さんだ。PCの前だといつも怖そうなのに。
「佐藤さんやったね。ごめんごめん、石川です」
関西弁みたいだけどちょっと標準語よりの独特なイントネーション。どこの出身だろう。
「改めまして、佐藤です。手配ありがとうございました」
「いやいや、専務から最新のええやつ頼んでくれって言われて用意しただけやん。せや、業者さん来たら呼ぶから挨拶しとった方がええやんね?今どこおるん?予約?」
「はい、インフォメーションセンターです」
「おっけおっけ。じゃ、来たら声かけるからネ」
ニコニコしながらそう言って、席に戻った。
席に着いた途端、厳しい顔になって黙々と伝票を片手にキーボードをカタカタ鳴らして作業に戻った。
その様子をニコニコと見送った綿貫さんが、振り返ってキッ!と僕を睨みつける。
「ほら!石川さんの仕事の邪魔になるじゃろ!はよ行って。仕事!」
と捲し立てられ、僕は会釈する間もなく追いやられた。
* * *
インフォメーションセンターに戻った。
パーテーションで区切られた扉を開け、中に入ると、そこは鳴り響く電話が飛び交う戦場になっていた。
山神支配人、男性の倭田さん、ネコ顔の村重さん、おかっぱ頭の小山さんが、向かい合わせのデスクに座り、耳掛け型のヘッドセットを付けてひっきりなしに電話応対している。
「ありがとうございます。ホテルせせらぎ館でございます」
「申し訳ございません、あいにくそのお日にちは満室となってございます」
「宜しければ、ほかのお日にちでご案内いたしますが」
「はい、ご夕食は懐石料理か鉄板焼のコースいずれかご選択いただけます」
なんだなんだ?何が起きてる?さっきまでは平穏だったのに。
状況の変化に驚きながら、すごすごと倭田(千代子)さんが座っていた席の隣、僕が作業していた席に座る。
倭田さんは業務を終え、その姿は無い。
状況に圧倒されていると、電話を終え、苦笑いを浮かべた山神支配人が僕の隣にやって来た。
「びっくりした?実はお昼のテレビでウチが紹介されたんだよ」
周りが電話応対でてんてこ舞いなのに、いつもの穏やかな口調で逆に驚いてしまう。
「ああそれで・・・こんな感じに」
「たまにテレビで紹介されると、こんな風になるよ。それにゴールデンウイークも近いでしょ?予約とれないかって電話が殺到するんだけどね。祝祭日はもう埋まってるからキャンセル待ちか他の日をご案内することになるんだけど、手が足りなくなるから少し困ってはいるんです」
午前中は気付かなかったが、皆ワイヤレスヘッドセットを耳に掛けている。
両手が空いているので、電話を受けながらメモを取ったり、PCを操作したり、席を立ってメモや書類を回している。
なんだ?ここだけ凄いじゃん・・・いや、これが当たり前だった。
「手が足りなくなる?」
「ええ、電話予約はその場で対応しなくちゃならないでしょ? 作業を止めて電話予約に集中するから、どうしても手が足りなくなるんです」
「ん?今のシステムって、マルチタスクじゃないんですか」
「マルチ?ああ、そうなんですよ。入力中に他の入力は出来ないんです」
何かを察したように山神支配人の目が妖しく光ったかと思うと、僕が訊いた質問に的確に答えた。
「それは・・・どうにかしないといけませんね」
「ええ、だから期待してますよ、おっと」
山神支配人が手で制止し、慣れた手つきでヘッドセットに手を伸ばした。
「はい山神です。はい、はい・・・判りました。伝えます。はい・・・では」
山神支配人が僕を見た。
「佐藤さん、石川さんからです、総務に業者さんが来たそうですよ」
* * *
総務課に戻ると、僕の机にちょっとした人だかりが出来ていた。
鈴木課長、石川さん、スーツ姿の営業マンぽい人、紺色の作業着姿の人たち数名。
作業着姿の人たちは、机周りの配線作業をしているようだ。総務課内の天井にある点検口を開け、脚立を立てたその上に同じ作業着を着た人の足が見える。
そこから僕の席の隣のキャビネットの真上の天井に穴が開けられ、壁沿いに貼られたモールから水色のLANケーブルが下に向かって伸びている。
点検口の真下に席がある綿貫さんが、迷惑そうな顔で脚立のそばで天井を見上げていた。
「ああ佐藤さん、こちらがモックの〇〇さん」
僕に気付いた石川さんが、ニコニコ顔でスーツ姿の男性を紹介した。
男性が、慣れた手つきで名刺入れを取り出し、名刺を差し出す。
そういえば、名刺まだ貰ってないや。もう1カ月ここにいるのに。
と、思ってたら、骨ばった白髪交じりの老婆・・・じゃない、庶務係の藤乃さんが慌てて小さな箱を僕に手渡してくる。
「ごめん忘れてた。これ佐藤さんの名刺」
おい、今かよ。
僕は受け取って箱を開けた。
株式会社 ホテルせせらぎ館
総務課 システム管理
佐藤 健太
良かった、さすがに伊藤じゃなかった。
「株式会社モック、おおはぎ支店長の三島です」
「初めまして、システム管理の佐藤と申します」
ひさしぶりの名刺交換。
「都内でITエンジニアされてたと石川さんから伺いました。これから宜しくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ。これからお世話になります。宜しくお願いします」
「石川さんから専務から急ぎで、とオーダー頂いたので超急ぎで納品させて頂きました」
「そうなんですね。ありがとうございました。ところで、モックさんがウチのIT機器全般のメンテをされてらっしゃるんですか?」
「いえ、弊社はコピー機専門ですね。どちらかというとそっちの保守で毎週のように伺ってますので」
「毎週・・・?」
「ええ。トナーの補充から紙詰まり、感光体の交換まで。故障が多いもので」
「それは大変ですね・・・そういえば、さっきインフォメーションセンターの複合機も紙詰まりしてましたよ」
「あらら、またですか。かしこまりました。PCの設置が終わりましたら行ってみます」
そりゃ大変だろうな。ここはとにかく紙で仕事が動いてる。
てきぱきと段ボールからPCを取り出し、僕のデスクへ設置する三島支店長の背中。
その動きはやや緊張を伴い、少しぎこちない。
「やりましょうか?」僕は見かねて支店長に声を掛けた。
「いえ・・・ああ、そうですよね。本職ですもんね。お願いしても宜しいですか」
三島支店長は苦笑いを浮かべた。
「全然。気になさらないでください」
「では私、インフォメーションセンターの複合機の方、見させてもらって宜しいですか」
さすが支店長。切り替えが早い。
「ええ、すみませんがお願いします」
「かしこまりました。あ、段ボールは持ち帰りますので、置いておいてください。では」
支店長は一礼してインフォメーションセンターの方へ消えていった。
支店長から引き継いで、デスクの上に設置されたモニター、PCの位置を直した。
PCの裏側を覗き込むと、モニターケーブルが刺さってない。
ケーブルの先を見たら、片方だけ台形状のディスプレイポート。
PC側はHDMI。これで困ってたのか?と思って拡張スロットの方を見たらDPのコネクタがある。
・・・おっと、グラボがついてるじゃないか。ホントにいいPCなんだな。
僕はキーボードとマウスのコネクタを差し込み、ぱぱっと配線して余ったケーブルを「ねじねじ」で手早くまとめた。
紺色の作業着を着た男性が近づいて来た。
胸には『TELEPHONE-NE』という会社ロゴ。
「こんにちは。テレフォンヌの道長と申します」
少し前髪が寂しいが、僕とそう変わらない年齢くらいかな。人のよさそうなおじさん顔だが肌に張りがあり、若い感じがする。
道長と名乗った男性が、作業着のポケットから名刺入れを取り出して会釈する。
僕もそれにならって会釈し、名刺を交換して挨拶を済ませた。
「えっと、スイッチの設置とLANケーブルの配線、終わりました。あと多機能電話機も設置しました。内線番号は・・・・」
僕はひと通りの説明を受け、作業を完了した道長さんに質問した。
「あの、道長さん、ここのLAN配線図、ありますか?」
「ああ、作業するごとに完成図書として納めてますが・・・メールで送っときましょうか?」
「おお!それはぜひお願いします」
話が判る人がいて良かった!
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