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第18話 / 全21話
綿貫さんと総務課の自席に戻ると、石川さんがひと息ついていた。
近寄りがたい空気はなく、穏やかな顔で総務のカウンターで郵便物の整理をしていた。
話しかけるなら今しかない。
「石川さん、少しお時間いいですか」
「ん、ええよ、どしたん」
「PCの設定しようと思うんですが、ネットワークの資料とかルールとかありますか」
「ああ、そうやね。自分でやる?助かる~」
石川さんはニコニコしながら席に戻り、PCをいじった後、通路の少し先にある複合機が置いてある小部屋まで行って戻って来た。手には数枚のA4の紙を大事そうに持っている。
「これ、PCのセットアップ手順書ね。共有フォルダと『維新電信』の入れ方書いてあるからね」
「おお、ありがとうございます」
「コンピュータ名とかは番号制になっとるから・・・えーと、最後何番やったかな・・・忘れたわ」
と言って、石川さんは自席のPCに貼ってあるラベルを確かめた。
「総務が60番代やから・・・佐藤さん70番で入れてな」
「70番、ですか」
「そのマニュアル読んだら意味判るからね」そう言って顔をくしゃくしゃにして、微笑んでるのか苦笑いしてるのかよくわからない表情で「よろしくね」と言って、印刷された2、3枚の書類を僕に手渡した。
「わからんかったら聞いてな」そう言い残して席に戻り、いつもの近寄りがたい空気で仕事を再開した。
カウンターにいた綿貫さんに睨まれながら、僕は自席に戻って書類に目を通した。
『維新電信インストール手順』と見出しがあり、ざっくりとした手順が書かれている。
ところどころでPC画面のスクリーンショットの切り抜きがあるが、切り抜かれた背景が青い空と草原の丘・・・どう見ても「WindowOS XP」時代の画面だ。そんな資料で大丈夫なのか?大丈夫だ、問題ない。
画像は無視してざっと資料の終わりまで目を通した。
なるほど、仮のユーザー名で初期セットアップして、いきなりバッチを起動すれば、サーバーからアプリをコピーしてインストールまでしてくれるのか。
僕は設置されたばかりのPCの電源ボタンを押した。
中から排気ファンが回り始める音が聞こえ、PCのフロントパネルのLEDに緑色のランプが灯る。
モニターに大手メーカーのロゴが表示され、「準備しています…」の表示が出る。
マニュアルに従って、仮のユーザー名を入れた。
真っ黒の画面に、「あともう少しです…」の文字がゆっくりと明滅する。
毎回思うが、「あともう少しです…」が微妙に長いが、待つしかない。
やがて、画面がぱっと明るくなった。
仮ユーザーでログインする。LANケーブルは繋がっているが、ネットワークに参加していない。
手順書を見る。
もう一度最初からバッチの手順のところまで、見る。
・
・・
・・・
・・・おい、どうやってネットワークに参加すんねん。
DHCPで一旦繋がるだろうと思っていたが、それは甘い考えだった。
もっと詳しい資料はないか?
そうだ!キャビネット!
僕はさっき綿貫さんが指差したキャビネットの前に立ち、上の引き戸を開けた。
カラカラカラ・・・と乾いた音と共に開いた中は、厚さが10cmくらいあるぶっといバインダーが並んでいた。
『電話交換機システム 完成図書』
『客室WiFiシステム』
『維新電信・サーバーシステム』
『ホテルせせらぎ館ネットワークシステム』
これか?僕は背を伸ばして『ホテルせせらぎ館ネットワークシステム』のバインダーを取り出した。
10cmの厚みを持つバインダーは、狂気じみた重さだった。
とても片手で抱えて広げてみるなんてできない。
仕方なく自席まで抱えて机の上に広げて調べることにした。
バインダーを開くと立派な見出しがあった。
『ホテルせせらぎ館ネットワークシステム 株式会社テレフォンヌ 平成19年6月』
・・・20年近く前のものじゃないか!
とキレ気味に書類を捲ろうとしたとき、ところどころにインデックスシートが挟まっているのに気づいた。
ちゃんと施工日ごとに追加された資料がきれいにまとまっていて助かった。
ただ、判ったのは館内のIT機器の使用IPアドレス帯と構成図、ゲートウェイまでだ。どうやらサーバー類に関してはテレフォンヌさんの管轄外のようだ。
では、どこが面倒を見ているのか。
僕はもう一度キャビネットに戻り、『維新電信・サーバーシステム』というバインダーを取り出した。
自席に戻り、開いてみる。
『維新電信・サーバーシステム 株式会社エルズシステム 2004年1月』
もう年代が古くても驚かない。気分は古文書を紐解く大賢者だ。
ぱらぱらとページを捲っていると、表紙代わりにその年度の見積書がいくつも挟まっていた。
導入されたのは2004年だが、何度も何度もカスタマイズを繰り返したのがわかる。
もともとパッケージソフトだったものを、ホテル業務に合わせてカスタマイズしたのか。
最後の見積書は、2015年だ。
見積書を眺めると、システム改修名目の中に、サーバー機器やPC、ハンディターミナルなどのハードウェアも購入していたことがわかった。そして、その中に「グループウェア」という言葉もあって驚いた。
それも今でもいろんな企業で導入・利用され、クラウド展開している有名なパッケージだ。
この頃に何か大きなことをしようとしていたんだな。
見積書に手書きの書き込みと当時の担当者のハンコがあった・・・。
『IT化プロジェクト推進の為、承認お願いします』『鈴木』
鈴木だって?鈴木課長?
驚いて石川さんの席の向こう、上役席に座る鈴木課長を見た。
いまだ不機嫌で、こっちに見向きもしない。
『業務に歴史あり』会議でそう言ってた。
そういう事か。以前から取り組みはあったんだ。
けれど、何度も失敗を繰り返して、結局今の紙ベース業務に落ち着いたのかもしれない。
だとしたら、僕は結構ひどいことを言ってしまったことになるが、間違いでもない。
逆鱗に触れたのも判る。ただ課長、額面の桁が恐ろしいことになってます。
ゼロが6つは並んでますが・・・。
僕がまだ見かけていない「グループウェア」「ハンディターミナル」はいずこに?
なんか嫌な予感しかしないが、やろうとしてた事はわかった。
同情できそうで出来ないがな。
そして僕はその資料の中から2台のサーバーとNASの管理情報を突き止めた。
そこには、AD(ActiveDomains)サーバーへの管理者IDパスも含まれていた。
これでやっと、必要な情報が揃ってきた。
僕はやっとネットワーク上の「yasuragikan」に仲間入りできた。
ネットワークのプロパティに燦然と輝く『インターネットに接続しています』の文字。
これでやっと設定できる!と喜んだのも一瞬だった。
僕は大事なことを忘れていた。
ここの回線速度が1.62Mbpsであることを・・・
ウインドウOSのアップデート画面に、大量の更新プログラムが並んでいる。
このお節介機能め!ふざけんじゃねぇ!終わるまで何も出来ねえじゃねえか!
* * *
僕です。佐藤です。現在時刻、20時50分です。
まだダウンロードが終わりません。
佐藤です。お腹が空きました。
なんだか体もだるくて痒くなりました。
かゆい
うま
【警備員さんの日誌より】
23時頃、新入社員の佐藤さんが机の上で気を失っているのを発見しました。
※前回手順と同様の対応実施済。
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