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第19話 / 全21話
「はっ!」
またもや知らない天井。
右側の障子に淡い光が映る。
左側は立てかけられたちゃぶ台に、敷布団と掛け布団が積み重なっている。
上を向くと、小さな床の間。下を向けば、自分の脚の向こうに襖が見えた。
どうやら四畳半くらいの四角い、せっまい部屋に寝かされていたらしい。
(ここ、どこ?)
とりあえず身体を起こし、掛け布団をとる。
襖の向こうからカラカラと音がしたかと思うと、ペタペタ、ドスンと音がして、目の前の襖がスパァン!と勢いよく開いた。
「ひっ!?」
驚いて変な声が出た。
「起きたか?」
つぶれたアンパンが喋った。
もとい、綿貫さんだ。
「はい……ここはどこですか」
「梅の間。今は隠し部屋だよ」
「梅の間……隠し部屋?」
「布団はリリーさんが片付けてくれるから、さっさと出な」
言われるがまま、部屋を出た。
襖の向こうは小さな玄関。そこに僕の靴がきれいに揃えられていた。
その先は縦格子の扉。格子戸の隙間から通路が見えており、遠くに大浴場の暖簾が見えた。
サンダル履きの綿貫さんの先導で玄関を出た。
横に控えていた綿貫さんが格子戸をカラカラと閉めた。
ここは大浴場につながる通路の曲がり角だった。
閉めてしまうと、大浴場へと続く廊下を彩る格子の飾り壁にしか見えない。
こんな所に部屋があるなんて、まったく気が付かなかった。
「こんな部屋があるとは……」
「ああ、いっぱいあるよ。それよりアンタ、身なりを整えて飯食ってから来なよ。山神支配人が心配しとったでな」
* * *
従業員食堂で朝食を食べた後、トイレの洗面台で身だしなみを整えて総務課に出勤した。
僕の席のPCはスリープ状態になっていた。
復帰させると、アップデートのダウンロードが終わっており、再起動待ちになっている。
「アップデート後シャットダウン」を選び、そのままインフォメーションセンターへ向かった。
インフォメーションセンターの扉を開けると、朝礼が終わったところだった。
山神支配人が苦笑いしながら「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。
「すみません。またご迷惑をお掛けしたみたいで」
「気にしないでいい。それより佐藤さん、午前中はこちらを手伝ってもらって、午後からはご自身の仕事を進めてください。いろいろと調べものもあるでしょうから」
「え? いいんですか?」
「その方がいいでしょう。佐藤さんの仕事が進めば、我々の仕事もよくなるでしょうし」
山神支配人の目が、何かを見通すかのように僕を見据えた。
「かしこ・・・まりました」
「では、宜しくお願いします」
愛想笑いのように目を細め、山神支配人は奥の部屋へ戻って行った。
——それから、前日と同じように千代子さんの隣で予約データを入力し、その日のノルマを2時間ほどで終わらせた。
「あら、早いわね、凄い凄い。じゃ、終わった分の保管の仕方を教えるから、こっちに来て」
席を立った千代子さんの後について、壁沿いの大きなキャビネットの前に来た。
キャビネットは全て引き出し式になっており、千代子さんはその引き出しの取っ手を掴んで引き出した。
それを見て僕は息をのんだ。
日付順にラベル分けされた予約データの紙が、びっしりと詰まっていた。
「え・・・これ全部、予約データですか」
「そうよ~。向こう1年先までこうやって保管してます」
「入力したのに、なぜ残してるんですか?」
「それはね、ミスが多いからよ」
(・・・)
いやそれ、手入力するからじゃ?
「なん・・・そうですか。大変ですね」
いや、これ大変ていうか、おかしくない?
「でしょ、大変なのよ~ウフフフ。じゃ、今入力した『カルテ』を、ラベルの日付のところに入れておいてね」
「カルテ?」
「そうよ、印刷したものを『カルテ』って呼んでるの。病院みたいでしょ?ウフフフ」
ウフフ、じゃねーよと思ったが、言われたとおりに入力し終えた『カルテ』を宿泊予定日のラベルと照合しながら差し込んでいった。
「千代子さん、終わりました。ちょっと早いですが総務に戻っていいですか?」
「あら、いいんじゃない?お手伝いありがとうね、お疲れ様。ウフフ」
千代子さんはニコニコしながら小さく手を振ってくれた。
同じタヌキのおばさんなのにどこか可愛らしい。総務のつぶれアンパンとは大違いだ。
「あ!佐藤さん!」
モニターの横からひょこっと顔を出したのは、童顔メガネの小山さん。
「あの、佐藤さん宛にテレフォンヌからメールが届いてますけど」
おお!早速道長さんが送ってくれたのか、助かる!
「おお!ありがとう!」
「印刷しときますね」
「ああっ!ちょっと待って・・・」
「え?ごめんなさい、印刷押しちゃいました」
部屋の隅に置かれた複合機から、物凄い量が印刷されはじめた・・・
そして印刷が終わるのに4~5分かかった・・・勿体ないが仕方ない。
「印刷しない方が良かったですか?」
複合機の前で分厚い資料の束を確かめる僕の隣で、小山さんがモジモジしている。
「あ、大丈夫だよ。でも今度から印刷するかは聞いてね」
「はい。すみませんでした」
ちっさいおかっぱ頭がペコリと下がる。
「いえいえ、ありがとうございました。それでは、失礼します」
僕は資料の束を片手に、インフォメーションセンターを出て総務課に戻った。
時間はまだ11時を過ぎたばかり。
総務課の端っこの自分の席に座り、書類の束をパラパラとめくる。
とりあえずの目的は、館内のネットワーク構造だ。
構造図を見ていて、おかしなことに気付く。
ネットと電話の入口と、業務用サーバーの位置が信じられないほど離れている。
簡単にいえば、ホテル本館の建物の端と端に分かれている。
片方は昨日見た「防災センター」、もう片方は「交換機室」とある。
位置は・・・館内配線図をぺらぺらとめくると、西の別館と繋がる本館最西端の2階にあることがわかった。
何でこんなヘンテコな場所に?
これは行ってみるしかない!今総務にいるのは、石川さんと綿貫さんだ。
「あの・・・綿貫さん?」
「あぁん?」
「『交換機室」に行ってみたいんですが、勝手に行って大丈夫ですか?」
「なに?交換機室?アタイは行ったことないよ」
綿貫さんは相変わらずつっけんどんな感じだったが、忙しそうにしていた石川さんがぱっとこっちを向いて、「交換機室行くん?鍵がいるよ。ハイこれ」と引き出しから小さな鍵を取り出した。
「場所判る?」
「いえ・・・」
「ほんじゃ、一緒いこか」
石川さんが気さくに答えて立ち上がると、つぶれたアンパンがこちらを睨んでいる。
・・・いや、僕のせいじゃないって。
僕を睨む綿貫さんを無視して、石川さんはスタスタと総務課を出て行った。
慌てて僕は後を追う。
石川さんについて従業員エレベーターで二階へ上がる。
そこから従業員通路をひたすら西へ向かった。
本館の最西端、別館へ続く通路の脇に小さな空間があり、別館へ続く扉と非常用階段、そして何も書かれてない扉があった。
「ここや」
石川さんが手にした鍵で扉をカチャリと開けた。
扉の向こうは小さな窓からわずかに光が入るだけの薄暗い空間に見えた。
石川さんが照明をつけると、僕と同じ背丈ほどの2台のサーバーラックが壁沿いに備え付けられており、メッシュの外装の向こうから無数のランプがチカチカと明滅し、冷却ファンが静かな唸り声を上げている。
「おお!」
思わず声が出た。が。
「お?」変な声も出た。
部屋の中を見渡すと、サーバーラック以外はめちゃくちゃだった。
2台のスチールラックに、詰め込まれた段ボール、足元には古くさいブラウン管のモニター数台に、なんでここに置かれているのか判らない販売用の什器やら藤製のベンチなどのガラクタが雑多に積み上げられていた。
「また勝手にいらんもん詰め込みよったな」
石川さんが呆れながら足元の段ボールを蹴とばすと、ガシャン!と派手な音がした。
「ええよ、たぶん割れた焼き物とかここに隠しよったんやろ。かたすようゆーとくな」
「倉庫・・・ってわけじゃないんですよね」
僕は部屋の中を見渡した。サーバーラック以外はどうみても倉庫というか・・・ゴミ置き場?
「せや、倉庫やない。ここが交換機室、ネットと館内電話の出入口や」
僕は2台のサーバーラックの方に進んで、とんでもないものを見つけた。
昔の映画でしか見たことがないような・・・手動でピンを刺すタイプの電話交換台だった。
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