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第8話 / 全9話
毒花の谷を抜けると、遠くに緑に囲まれた村から黒い煙が上がっているのが見えた。どこか一箇所ではなく、村全体が焼かれているようだった。玄奘は馬を止め、本道を外れて険しい獣道へと迷いなく進路を変えた。
「おい、村はあっちだぞ。火が出てる」
悟空が不審そうに足を止める。玄奘は振り返りもせず、氷のように鋭い声で切り捨てた。
「黙って付いて来い。あそこには何もない」
悟空は、逆らうことを許さない彼女の冷徹な気配に圧され、舌打ちをして後に続いた。
しかし、進むうちに道は次第にその形を失っていった。ぬかるんだ斜面を登るたびに、玄奘の乗る馬は歩みを鈍らせ、悟空の足取りも重さを増していった。ついには玄奘は馬を降り、自らの脚で歩きはじめる。ぬかるみが脚に絡みつき、まるで大地が二人を留めようとしているかのようだ。足元を這う泥が、まるで生者の執着のように靴底にまとわりつく。
悟空は、前をゆく玄奘の背中を、不機嫌な目で睨みつけていた。傾いた夕日の強烈な朱色が、彼の金色の瞳に反射し、まるで二つの鬼火のように赤い。
「なぁ。あんた、また道を見失ったか? あっちの街道を行けば、もっと楽に次の村へ着けたはずだぜ」
「黙れ。この道を行く」
玄奘の答えは短く、冷徹だ。だが、その声には以前のような揺るぎない確信がない。ただ、追い詰められた焦燥だけが張り付いている。風に乗って微かな匂いが流れてくる。鉄錆と、腐った葉と、焦げた硫黄のような、この荒野には似つかわしくない不吉な気配。悟空は無意識に喉を鳴らした。この匂いの先にあるものを、本能が危険だと告げている。
ーーー玄奘が怯えている。ーーー
そのことに気づいた瞬間、悟空の中に奇妙な高揚が走った。彼は小走りに歩調を早め、彼女の真横に滑り込む。獣特有の荒い息が、玄奘の横顔をなぞる。
「……あんた、何がそんなに怖いのか?」
「……何の話だ」
玄奘が初めて足を止める。その瞳の奥で、何かが激しく揺れていた。それは奴隷を見る主の冷たさではなく、もっと生々しい、女の眼差しだった。
悟空はいやらしく笑い、彼女の法衣の袖を、わざとらしく指先で引っ掛ける。拒絶されるのを知りながら、境界線を踏み荒らすその行為に、彼女の鼓動が早まるのがわかる。
「怖がんなよって言ってんだ……」
「怖がってなどいない」
「強がんなって。俺様が傍にいてやるって言ってんだ」
「強がってなどいない。……猿、お前の事など、どうでもいい」
玄奘は再び馬に跨り、その腹を強く蹴った。馬は嘶き、苦しそうに速度を上げた。
「へえ、そうかい。なら、俺が勝手についていくだけさ」
突き放す言葉と、隠しきれない動揺。悟空はその不協和音を、心底愉快そうに噛み締め、玄奘の後を追った。
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