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第3話 / 全9話
西方へ向かう道は、いつものことながら単調で、埃っぽい。白馬に乗る若い娘とその従者は、もう何日もこの荒野を旅している。見渡す限り赤茶けた大地が広がり、太陽が容赦なく照りつけ、乾いた風が砂塵を巻き上げては、二人の頭上を通り過ぎた。
「いつまでこの砂漠なんだ?」
白馬の後ろを気だるげに歩く従者が、長い尻尾を苛立たしげに振った。従者は名を孫悟空と言った。猿の妖怪である彼は、生まれ持った強大な力ゆえに、この単調な旅路に退屈しきっていた。
「なぁ、玄奘さまよ。俺様の神通力なら一瞬だぞ? 頼むって」
玄奘と呼ばれた若く陶磁器のように整った顔立ちの美少女は、その美しさとは裏腹に、氷のような鋭い眼光を放つ怖面(こわもて)であった。
「猿。私に付き従うのは、その頭に嵌められた輪の定めだ」
静かに白馬に揺られながら、玄奘はちらりと後ろを見て、自らの額に指を置き、短く呟いた。
悟空は鼻で笑う。
「定めだぁ? 連れまわしてんのはあんただろ。……ま、あんたのケツを眺めて歩くのも悪くはねえけどよ」
「言葉を選べ、猿」
「褒めてんだぞ? ありがたく思えよ」
「黙れ」
玄奘はもう一度自らの額に指を置き、冷たく従者を見返す。
「おっと、はいはい」
その時、荒野の風が強く吹き抜けた。旅の摩耗で擦り切れ、重みを失っていた法衣の裾が、抵抗なくふわりとひるがえる。
無数のほころびが走る布の隙間から、白磁のような太腿があらわになった。
瞬間、悟空の目がそちらに滑った。だが―、次の瞬間、風で舞った裾をそっと押さえたのは悟空だった。
「あんた、風強いんだ。ほら、めくれてる」
指先の熱に玄奘が息を呑むより早く、悟空は雑に手を離して誤魔化す。
悟空の手が離れたあと、裾は再び風に煽られた。
玄奘はそれを視界の端で捉えながら、手綱を持つ手を緩めることはなかった。
「……余計なことをするな」
「だから、当たっただけだろ。怒るなよ」
悟空の尻尾は揺れる。怯えのようにも、照れのようにも見える。
「猿。私の肌に触れるなと言っておいただろう。お前の衝動は私が制しているのだ。忘れるな」
悟空は肩をすくめる。
「肌ってよ、当たっただけだろうがよ。だからよ、少しくらい緩めろって。別に噛みつきゃしねぇよ」
岩場の道が下りを迎える。悟空は馬の前に回り込み、不安定な斜面に入る前に馬の位置を直す。そして、石を蹴り飛ばし、道を作っていく。
その時、玄奘が乗る馬が砂利を踏み、ぐらりと揺れた。
「――っと」
悟空は反射的に踏み込み、馬の腹へ手を伸ばす。だが一瞬、踏み場がずれた。指先が迷い込んだのは、硬い馬具ではなく、玄奘の内腿、擦り切れた布の裂け目だった。
掴むつもりのなかったものの熱が指先に伝わる。
悟空は、息を止めた。
次の瞬間、何事もなかったように手を引き、蹴りで砂を固める。馬は体勢を立て直し、歩調を取り戻した。
「……今の、危なかったな」
軽い声だった。だが尻尾が、僅かに強張っている。悟空は前を向いたまま、振り向かない。
「――猿」
低い声に、悟空の肩がわずかに揺れる。
「わざとじゃねえって」
悟空は振り向き、両手を軽く上げてみせる。
それは、無骨な戯れに過ぎなかった。白馬の手綱を操る玄奘の指先が白く強張る。悟空はそれを見て、距離を測り直す。
「鞍がよ、滑っただけだ」
「支えなくてよい」
玄奘が冷たく言う。
「いやいや、落ちたらどうする? 面倒くせぇんだよ、あんた重いし」
「……私は重くはない」
「ま、そうだな。子供を運んでるみてぇなもんだ」
「私は子供ではない。余計な世話だ」
「知ってるよ。態度はデケェし、太腿はムチムチだしな、あんたは」
玄奘の顔色が変わる。
「お前には、縛りが必要だ」
「……ああ? なんだよそれ」
「足りぬのだ。抑える意志が」
「太腿ぐらいで何言って・・・」
悟空は鼻で笑いかけ、しかし玄奘の目の冷たさに気づいて言葉を濁した。
玄奘は指先をわずかに動かす。悟空の頭の輪が微かに光り、額がズキリと痛んだ。
「……いってぇッ! ちょ、わかった、わかったって!」
「黙して従え。それが定めだ」
「……ちっ、ほんとつまんねぇ女だな」
悟空は舌打ちし、再び黙って玄奘の背を追うしかなかった。
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