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第5話 / 全9話
土砂降りの雨が、荒野の岩肌を激しく叩きつけていた。
玄奘と悟空は、切り立った崖の下に口を開けた狭い洞窟に身を寄せていた。焚き火は湿気を含んだ薪のせいで、心もとなく爆ぜるばかりで、洞窟内の冷気を追い払うには至らない。
「……ちっ。止みそうにねぇな」
悟空は、洞窟の入り口で胡座をかき、退屈そうにあくびをした。濡れた体毛から立ち上る獣の匂いが、雨の匂いと混じり合い、狭い空間に充満している。
玄奘は、洞窟の奥で膝を抱え、小さく震えていた。法衣はずぶ濡れで、白磁のような肌に張り付き、体温を容赦なく奪っていく。
歯の根が合わないほどの悪寒。だが、彼女は決して弱音を吐かない。ただ、唇を紫色に変えながら、じっと炎を見つめていた。
「おい、あんた」
悟空が、不意に振り返った。その金色の瞳が、暗がりの中で玄奘の震える肩を捉える。
「寒ぃのか? ガタガタうるせぇぞ」
「……気にするな。修行の一環だ」
玄奘は短く答えるが、声が震えているのは隠せなかった。
悟空は鼻を鳴らし、立ち上がった。
「修行だか何だか知らねぇが、あんたに死なれちゃ、俺の飯係がいなくなる」
悟空は大股で近づくと、玄奘の隣にドカと腰を下ろした。そして、その強靭な腕を伸ばし、玄奘の肩を抱き寄せようとした。
「ほらよ。俺様は火の塊みてぇに熱いんだ。少しはマシになるだろ」
それは、悟空なりの無骨な気遣いだった。
だが――。
「触れるなッ!」
拒絶は、鋭い悲鳴のようだった。
玄奘は、火に触れたかのように弾かれ、悟空の手を激しく振り払った。その勢いで、彼女の身体は冷たい岩壁に打ち付けられる。
「……あ?」
悟空は怪訝な顔で固まった。瞳孔が縦に収縮し、わずかな苛立ちが滲む。
「なんだよ。親切にしてやりゃあ……。俺が汚ねぇってのか?」
「違う……! ただ、近寄るなと言っている」
玄奘は荒い息を吐きながら、悟空から距離を取るように身を縮めた。その瞳には、恐怖にも似た色が揺れていた。
悟空は知らない。
悟空の体温、その圧倒的な「生」の熱量が、玄奘にとってどれほどの猛毒であるのかを。
玄奘は、震える手で自身の二の腕を強く抱きしめた。
冷たいままでいなければならない。心を凍らせておかなければ、その時、立っていられなくなる。 親密さは、彼女を弱くする。愛着は、切っ先を鈍らせる。
彼のぬくもりを思い出し、彼の強さを思い出し、玄奘は過去に操を立てる。目の前の悟空を「ただの獣」として扱い、「道具」として突き放すことでしか、玄奘はこの過酷な旅路を歩き続けることができなかった。
「……ふん。分かったよ」
悟空は、玄奘の拒絶の裏にある、張り裂けそうな恐怖など知る由もない。不機嫌そうに鼻を鳴らすと、玄奘に背を向けた。
「勝手に凍えてろ。……だがよ」
悟空は背中越しに、ボソリと言った。
「あんた、泣いてるみたいだぞ」
玄奘の心臓が、ドクリと跳ねた。
「……黙れ、猿。寝言は寝て言え」
玄奘は冷たく言い放ち、膝に顔を埋めた。 視界が暗闇に閉ざされる。瞼の裏に、いつかの彼の、自分を温めてくれた姿がよみがえる。 彼女は言葉を飲み込み、ただ強く、唇を噛み締めた。 洞窟の外では、雨が慟哭のように降り続いていた。二人の間のわずかな距離は、世界の果てよりも遠く、冷たい断絶だった。
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