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第一部 ルー=ガルーの邂逅 / 第13話
事務所内には、陶磁器の置物や現代アートのポスターが並ぶ。手前の応接スペースの奥に、パーテーションがあった。その裏に事務机が島を作り、電話とパソコンが置かれている。
奥の一回り大きな机に、黒い木製のネームプレートが一つ。付箋だらけの図録が、開きっぱなしになっていた。
「なあ、若。こんな坊主、本当に良いのか?」
大森が溜め息を吐きながら、頭を掻き、イオリに視線を向けた。
「いーんだよ、普通のやつはいらねえ。こういうツラは、そうそう作れねえ」
「……そうかねえ」
「そう言われても……」
イオリも自分の頬に触れる。真壁に比べたらイオリなど、何処にでもいる顔だろう。
「マッサンの仕事も少しは楽になるぜ。伊織、お前パソコン使えるか」
「…あ、はい。レポート作ったりするぐらいなら使ってます」
「最新版って名前のファイル、馬鹿みたいに何個も作らねえよな」
「それは、しないですね」
「ほら、二郎よか使えるだろ」
「が、頑張ります」
真壁に背中を叩かれて、イオリは大森へ会釈した。
「ったく……二人で勝手に話進めやがって。荷物はソファにおいて構わんぞ、坊主」
「ありがとうございます」
大森の許可を得て、イオリはそっと自分のカバンを端に置く。視線を上げると、ムサシが背広を脱いでいた。
背中では、同い年に見えない。
「ムサシ、飯買ってこい。いつもの、六人前」
「うす」
すぐさまムサシが受話器を上げた。真壁と大森は煙草を咥える。二郎は真壁にライターを差し出した。
「……もしもし。トキワっす。弁当……あ、今日は六人分……」
「――食うだろ?」
ムサシが電話を掛ける横で、真壁が顎でイオリを示した。
視線。
背筋がうずいた。
受話器を持ったムサシの方を見る。
「……あ、はい。何でも食べます」
イオリが笑うと、ムサシは顔を伏せた。
口では何でも食べると言ったのに、腹は静かだった。
反対側から、楽しげな視線。笑いを堪えている。
「何でも、ねえ。……ムサシぃ、そっちも面倒見ろよォ?」
「ジロサン」
低い声。
ニヤついていたレスラー男が、動きを止めた。
真壁が煙草の灰を落としながら、低い声で「掃除」と呟いた。
「……俺、飯、買いに行ってきます」
ムサシが背を向けて、足早に外へ出た。
重たいガラス戸が勢い良く開かれ、ゆっくりと閉じていく。
「…そんなに欲求不満に見えるのかな」
「気にすんな、二郎は空気読めねえだけだから」
パーテーションに手を添えながら、イオリは半笑いで口を閉じた。
あの広い背中や、大きな手に、触れてみたいと思う。
だけど……。
――ポルノみたいに、あっさり欲しがれたら、よかったのに。
「おい」
「あ、はいっ」
いつの間にか赤いスーツがすぐ側に立っていた。
肩に手が置かれる。
指輪をした、以外と細い指。
「瀬戸に家庭があるのは知ってるんだったな」
パーテーションを隔てたソファへ、自然と導かれ、座らされた。
真壁はイオリの両肩に手を置いて、後ろに立ったまま。
「……はい」
首を捻り、見上げる。
笑っていない、細められた目。
喉にいやな冷たさが込み上げる。目を逸らすように前を見た。
「じゃ、店をやってるのは知ってるか」
肩の手は、置かれただけ。香水と煙草の香りが濃くなる。
真壁の吐息を感じた。
「それが、ちっとタチの悪い連中に目ェつけられちまってんだ。……今はウチがそいつらを抑えてる」
「そう……なん、ですか」
「仕事がうまく行きゃ、状況次第で抑えるだけじゃなく、叩ける」
「それは、先生も知ってるんですか!」
上を向いて、真壁を見上げた。
真壁が、目を僅かに瞠り、そして再び笑みを深めた。
「ああ、知ってる」
「…………そっか、なら……よかった」
はぁ、と息を吐いて目を瞑る。
少し肩の力が抜けた。
「上手くいけば、だ」
煙草と香水のにおいを孕んだ吐息が、笑うように、揺れた。
「どんな仕事、ですか」
真壁の目が、イオリを受け止める。
「ハニトラってわかるか」
「えっと……すいません」
「色仕掛けってやつ」
イオリは、はたと眼を瞬かせた。
言葉の意味。
ホストのような、目の前の真壁。
「お、女の人を、口説け――って、事ですか」
今度は真壁が、噴き出して笑った。
「なっ……何で笑うんですか」
「違えよ。んな事出来るタマじゃあねえだろ、お前」
「……はい」
ふっと鼻で笑われた。
「大久間善一朗。クソ爺が相手だ」
「おおくま……さん」
耳馴染みの無い名前。当然、顔も思い浮かばない。
いつの間にか俯いていた顎が、再び真壁に上向かされた。
「肉の壷になれ。蜜で満タンのな」
「……それで、上手く行くなら」
真壁が顔を寄せる。
唇が触れる寸前で、止まる。
「上手く、いかせろ」
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