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第7章 ローレンス / 第20話
「来るよ」
アヴリルが口角を上げる。稲光が走り、雷鳴が轟く間に三匹のゴブリンが姿を現す。緑の肌色で、私たちを見る赤の瞳は吊り上げられている。
「人間、人間!」
「オレたち、潰す!」
「やーい!」
短い単語を並べ、私たちを捲し立てた。
「ノエルとリックスがやんないんなら、あたしがやるよ!」
アヴリルは嬉々とした表情を浮かべ、盾を振り被る。しかし、三匹が相手では多勢に無勢だ。
まだ動けずにいるノエルとリックスに視線を向けた。
「ノエル、リックス、お願い!」
「言われなくても!」
返事をすると、二人はゴブリンに向かって大地を蹴った。私も魔法で援護してあげたいものの、三人を巻き込みかねない。ことの行く末を見守ることしかなかった。
アヴリルは小柄な体格を生かし、踊るように盾を振るう。一方で、ノエルとリックスはまだ剣の腕は未熟だ。素振りと同じ感覚で剣を振るっているとは思えなかった。その証拠に、リックスの剣は震えている。
盾で殴打を繰り返すアヴリルに、一匹のゴブリンが悲鳴を上げた。
「コイツ、強い! 助けて!」
「助ける!」
ノエルとリックスが相手をしていたゴブリンも、アヴリルに向かって駆け出した。ノエルとリックスがそれを追うものの、その表情は険しい。
アヴリルが動けなくなったゴブリンを打ちのめす手を止めないのだ。
「モンスターって言っても……ここまでする必要はあるのか?」
リックスは風の音に消えそうな声量で呟く。
「何言ってんの!? こいつらは人間を襲うの! 殺さなきゃ安心できないでしょ!?」
アヴリルの理屈は分かる。でも、ここまで残酷に息の根を止める必要があるのだろうか。私までもが考えてしまう。
その時、一匹のゴブリンがノエルの後ろに回ったのだ。このまま攻撃されてはノエルが殺される。息を詰めた時、リックスがそれに気付いたのだ。
「ノエル、後ろ!」
リックスの剣とノエルの剣がゴブリンを一閃し、赤が舞う。ノエルは弾みに剣を落とし、尻餅をついてしまった。
「あ……」
リックスは自分の頬についた赤を指で拭い、瞳を揺らす。
「二人とも、こんな時にぼさっとしないで! もう一匹いるんだから!」
アヴリルの怒声が飛ぶ。殴り続けられたゴブリンは息絶えたのか、ピクリとも動かない。しかも、もう一匹はアヴリルの攻撃を受けて、頭を抱えて涙ぐんでいる。
「……もういいよ」
こんなの、私が望んでいない。滲んでいく視界に、鼻がツンとする。
「アヴリル、止めて!」
無意識のうちに叫んでいた。すると、左手に違和感を覚えたのだ。視線をずらすと、また印が光っている。その光はゴブリンの方を照らす。
アヴリルの攻撃の手が一瞬緩み、ゴブリンは盾の下から逃げ出した。
「……エスメラルダ! エスメラルダ!」
甲高い声で叫びながら、ゴブリンは茂みの奥へと入っていく。
「ちょっと! どこ行くの!?」
アヴリルはゴブリンを追おうとしたのだけれど、ノエルがその手首をしっかりと掴んだ。
「もう放っておこう。俺たちを襲おうなんて気はなくなっただろ」
「でも、あいつらは私の両親を殺したの! 根こそぎ消さないと、あたしが納得できないの!」
「その気持ちは分かるよ。私もお父さんをモンスターに殺されたから」
「じゃあ! なんで!?」
アヴリルは手を掴まれていなければ、私に詰め寄っていただろう。
「白旗を振ってる敵を殺すまで、私は堕ちてない」
「……何なんだよ! あたしがおかしいみたいじゃん!」
アヴリルは地団太を踏み、涙を零す。私はアヴリルが間違っているとは言わない。ただ、理性を持っているモンスターを目の前にして、私が強くいられなかっただけだ。
雨は私たちの悲しみを背負い、赤く染まった鎧を洗い流す。会話はほとんどない。いつもは明るく振る舞っているアヴリルも、だんまりを決め込んでいる。
それにしても、最後にゴブリンが残した言葉は何だったのだろう。聞き間違いなんかでなければ『エスメラルダ』と叫んでいた。
私たちが初めて出くわしたモンスター――ゴーレムにも同じことを言われたのだ。引っかからないわけがない。
「エスメラルダは、モンスターにとって何なんだろう」
稲光が瞬き、遠くで雷鳴が響く。
「オフィーリアが分かんないものは、あたしたちにも分かんないでしょ」
いつもよりもアヴリルの声は弱々しい。
「これが初めてじゃないの。モンスターに『エスメラルダ』って言われたの」
「えっ? いつ?」
「町の近くの草原でゴーレムに襲われた時」
「ああ、あの時、か」
ノエルとリックスは納得したように頷く。二人は気絶していたから、覚えていないだろう。
アヴリルはムスッと頬を膨らませる。
「あたしに分かんない話はしないでってば」
「アヴリルにも教えたじゃん。ゴーレムにのされて寝込んでたって」
リックスは恥ずかしそうに小声で話す。
「あー、あれね。その時、ゴーレムが『エスメラルダ』って言ったの?」
「うん」
聞き間違いでなければそうなのだ。私が小さく首を縦に振ると、アヴリルは興味深そうに口角を上げた。
「モンスターがエスメラルダを知ってるとしか思えないよねー」
「だから、それが何でかって話だよ」
「あたしにはさっぱり」
少しだけ声を荒くするリックスに、アヴリルは肩を竦める。
「まさか、エスメラルダがモンスターの起源……なんてことはないよな」
ノエルは苦笑いをし、首を横に振る。
「今のは聞かなかったことにしてくれ」
聞かなかったことにできるはずがない。エスメラルダが私ならば、私がモンスターを生み出したことになる。
絶対にそんなことはない。自分自身を信じて、湧いた疑念を打ち払うしかなかった。
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