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第5章 最初の悪 / 第12話
それは私が十五歳の時だった。新たな騎士が二人、私に付くことに決定したのだ。城で執り行われた着任式で、新緑のドレスを着た私に二人が跪く。
「エスメラルダ殿下に忠誠を尽くすことを誓います」
私は、そうされることが当たり前だと思っていた。私を守ることが、騎士自身の、そして国のためになるのだと。今までの騎士は、私に微笑みさえしなかったのだから。
私と同じ金髪の騎士は、やはりにこりともしない。しかし、黒髪の騎士は違ったのだ。顔を上げると、ふわりと微笑む。父王以外に、私に微笑みかけてくれた男性は初めてだ。胸が僅かに高鳴った。でも、きっとこれは慣れていないせいだと自分に言い聞かせる。
「これより、この者たち……オスカーとローレンスは私の騎士です。存分に働きなさい」
「はっ」
二人の声が重なった。この式での私の役目は終わりだ。後は父王に任せて、玉座の隣にある椅子に座る。早く終わらないだろうか。私は城から抜け出して、また晴れ渡った色とりどりの花畑に行きたいのだ。頭の中は小鳥のさえずりと甘い蜜の香りで満たされる。
「エスメラルダ」
空想に浸っていると、玉座を挟んで座る母の方から声が聞こえた。祝典に集った貴族の姿はすでにない。
「父上がお呼びですよ」
「何でしょう、お父様」
反射的に返事をし、立ち上がっていた。
「オスカーとローレンスに最初の命を下してきなさい。今日は……何が食べたい?」
問われ、頭を働かせてみる。柔らかな兎肉も捨てがたいけれど、今日は鹿肉の気分だ。自分で納得してから言葉にする。
「鹿が食べたいです」
「では、二人には鹿を狩ってきてもらおう」
「分かりました」
返事をすると、騎士たちの控室に赴く。玉座の間からはほど近い。重厚な木製の扉をノックすると、返事を聞かないままに開け放った。
「今日はポークステーキでも食べさせてくれるかな」
「期待しておこう」
ノックに気付かなかったのか、金髪の騎士――オスカーと、黒髪の騎士――ローレンスは談笑中だった。私にはきっと見せることのない、幼さの残る満面の笑みだ。
「オスカー、ローレンス」
私が声を張ると、二人ははっとこちらを見てすぐに跪く。
「貴方たちに命令です。鹿を狩ってきなさい」
「え、今すぐに、でしょうか?」
「そうです」
私が頷きもせずに言い放つと、一瞬オスカーはうろたえる。しかし、ローレンスは嫌な顔一つしない。
「かしこまりました。必ずや、お気に召す鹿を狩ってきましょう」
言いながら、またしても私に微笑む。今度こそ、僅かに私の頬が熱くなった。
「オスカー、行こう」
「ああ。エスメラルダ殿下、行ってまいります」
丁寧に私に礼をすると、二人は足早に控室を去っていった。ローレンスという騎士は何なのだろう。どういうつもりで私に笑顔を向けるのだろう。
私も廊下に出て、二人の背中を見送る。
「この国の王家は人使いが荒いな」
オスカーの小言が廊下に響く。それをローレンスが頭を小突いて叱る。私には、笑い合えるような親しい友人は一人もいない。騎士が過酷な仕事だということも知らずに、羨ましいなという気持ちだけが先行してしまった。
その日の夕食は、豪勢な鹿のステーキが用意された。それに、何故かイノシシの煮込みもある。何も疑問に思うことなく、それを頬張った。いつもと同じように美味しい。そう、いつも通りの味だ。
ただ、少しだけ廊下が騒がしかった。
翌日、花畑に向かう時にローレンスは姿を見せたものの、オスカーの姿はない。私を見捨てたのだろうか。
「オスカーはどうしたのです?」
苛立ちながらローレンスに問うと、彼の表情は曇ってしまった。
「昨日の狩りの時に怪我をしてしまいまして」
「そう」
騎士の怪我なんて、日常茶飯事だ。私が心配すべきことではない。私の興味はすぐに次へと移ろう。
今日は花を摘んで帰るのだ。一束は母に、もう一束は私自身のために。何色の花を摘もう。そんなことばかり考えていた。
花畑に着くと、早速、花の選別に取り掛かる。母は太陽のように明るく笑うので、黄色の花にしよう。私の分は、なんとなく青の気分だ。
「ローレンス、鋏を」
「こちらに」
そうしてもらうのが当然とでもいうように、ローレンスから鋏を受け取った。まずは黄色の花を選び、摘んでいく。
これを渡したら、母は何と言ってくれるだろう。きっと喜んでくれるに違いない。口元を緩ませながら、摘み終わった花にリボンを結ぶ。
さて、次は私の分だ。青い花だけでは物足りないから、ピンクの花も少しだけ混ぜてみよう。この判断が、私の人生を変えていく。
ある程度、青い花を摘み終わった。可愛らしい薄ピンクの花は――あった。その花に手を伸ばすと、ピリッとした痛みが指先に走る。
「痛っ」
「殿下!」
滴った赤は私のドレスに落ちる。ローレンスは胸元から真っ白のハンカチを出すと、何の躊躇いもなくそれで私の指を強く握った。
「殿下、大丈夫ですか?」
「痛いです」
後になれば、こんなに小さな傷で、と思うのだろう。この時の私は、自分が傷付くことに酷く敏感だった。涙が溢れそうになる。
「殿下」
ローレンスは、少しだけ言い淀むと遠慮がちに続ける。
「お言葉ですが……オスカーは今、それ以上の痛みに苦しんでいるのです」
だから何だというのだろう。私のこの痛みは私にしか分からない。そうは思うのに、心の隅でローレンスの言葉が引っかかって離れなかった。
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