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第5章 最初の悪 / 第13話
分からない。何故、ローレンスはあんな言葉を残したのだろう。騎士の痛みを知れ、とでも言いたいのだろうか。
ベッドに寝転がり、テーブルに置いてある摘んできたばかりの青い花束を見遣る。
「私に……どうしろというの?」
騎士はただの駒で、私に付き従えばいい。そう思っていた。でも、違うのだろうか。
騎士も笑い、愚痴を言い、怪我をし、思いを零す。だんだん分からなくなってきた。
だって、騎士たちも私のことを遠い存在としか見ていない。親しくしようだなんて思いもしない。しかし、ローレンスは違った。
指に巻かれた包帯を見詰め、自分に問う。私は、騎士を――私に微笑み、怪我の手当てをしてくれたローレンスを、ただの駒だと思い込んでいいのだろうか。分からない。
ただ、包帯を見ていると胸がきゅっと締まるようだ。ローレンスは微笑んでくれただけで、苛立つことも、怒りを滲ませることもなかった。考えを巡らせると、余計に毛糸が絡まったようにこんがらがってしまう。
もう、考えるのは止めよう。溜め息を吐き、瞼を閉じた。
七日経っても、十日経ってもオスカーは現れない。そんなに深刻な怪我をしたのだろうか。初めて、騎士に対して心が揺れた気がした。
部屋にローレンスを呼び出し、目を伏せる。
「あの……オスカーの容体は、悪いのですか?」
私が聞くと、跪くローレンスはにこっと笑う。
「あと三日もすれば、任務に復帰できるでしょう」
「そうですか」
ただ騎士の無事を聞いただけなのに、こんなにも心が安らぐのは何故だろう。
「エスメラルダ殿下、今日も花畑に行かれますか?」
「ええ。すぐに行きましょう」
毎日のように花畑についてくるローレンスに澄ましてみせる。見くびられたくないからではない。そうしなさいと教えられてきたからだ。
「分かりました」
ローレンスは立ち上がると、胸に手を当てて朗らかに笑った。どうしてこんなに、私に笑顔を見せるのだろう。そうしたところで、騎士としての評価が変わることはないのに。
ローレンスを引き連れて城を出て、花畑へと踏み入れる。今日は気分がいい。私らしくはないことかもしれないけれど、ただ何となく、気が向いただけだ。
碧眼のオスカーには水色の花が似合うだろうか。少しだけしか顔を合わせていないので、彼の性格は想像でしかない。でも、何もしないよりは気が紛れるだろう。
「ローレンス、鋏を」
「ここに」
ローレンスから鋏を受け取り、自ら刃を入れていく。あっという間に手の中には水色が溢れた。白いリボンで茎を結び、ローレンスに押し付ける。
「……オスカーに渡してください」
最初は目を丸くしたローレンスだったけれど、すぐに満面の笑みへと変わっていく。騎士たちの着任式の日に、私に向けられることはないと思っていた笑顔だ。
「承知いたしました」
ローレンスは花束を受け取ると、より一層グレーの目を細める。
「それと」
今度は一本のピンクの花を摘んだ。
「これは貴方に」
今日まで文句ひとつ言わずに、私に付き従ってくれた礼だ。花を受け取ったローレンスは、頬を薄ピンクに染める。
「ありがとうございます」
儚げに揺れるローレンスの笑顔に、私の頬までもが熱くなってしまった。
* * *
私が十六になっても、十七になっても、ローレンスの態度は変わらなかった。何を言っても、突き放すような物言いをしても、私にだけは笑みを絶やさない。それが不思議で堪らなかった。
十八の誕生日の日に、私から国民への演説を求められた。私が国民に望むものは、これまで通りに過ごすこと――悪く言えば停滞なのだろう。それを私なりの言葉でまとめようとしても、どうしても棘のある言葉になってしまう。
仕方なく、ローレンスに意見を求めることにした。
「私はこれまで通り、国民が事件さえ起こしてくれなければそれでいいのです。いい言い方はありますか?」
「そうですね……」
ローレンスは少し考えると、私に微笑む。
「国の安寧を願っております、などはどうでしょうか」
なるほど、そういう言い方があるのか。頷き、紙にメモを取る。
「ローレンスのお陰で、演説が形になりそうです」
「それはよかった」
まるで自分ごとのように、ローレンスはほっと胸を撫で下ろす。
私も貴重な意見が聞けてよかった。
「では、式典の時にまた会いましょう」
「はい」
ローレンスを遠ざけると、一人吐息をつく。口元は上がっているようだ。私にもローレンスから笑顔というものがちょっぴり伝播したらしい。
正装を身に纏い、化粧も念入りに施した。予定されていた式典は滞りなく執り行われ、最後に私の演説へと移る。両親に両隣を預け、城の二階にあるベランダから集った国民を見下ろした。私の後ろにはローレンスとオスカーも控えている。
「今日は私のために集まってくれてありがとう。私が貴方たち国民に願うのは、安寧、それだけです。どうか、息災に暮らし、この国をより一層――」
そこまで話した時、空気を切り裂くような嫌な音が届いた。それは頭上の壁に突き刺さり、振動する。国民たちの穏やかな表情は恐怖へと変わった。
「……何が起きたのだ!?」
父王が叫ぶけれど、反応できるものはいない。私はというと、悲鳴さえも上げられずに腰を抜かしてしまった。父王と母もその場で固まってしまい、動けずにいる。
「エスメラルダ殿下!」
一番に私の元へ駆け寄ってきてくれたのはローレンスだった。私を抱きかかえ、ベランダから撤退をする。これほどまでに、この人が頼もしいと思ったのは初めてだ。
安心したせいなのか、張り詰めていた心が解けていく。声を上げて泣き出した私に、ローレンスの手にも力が入る。
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