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第6章 幻惑の森 / 第16話
ノエルとリックスは鞘から剣を抜き、太陽に煌めく刃を見る。
「本当に素振りしながら歩くのか……?」
「オフィーリアを守りきれるように強くなりたくないの?」
「それは……なりたいけど」
ノエルは渋るリックスの様子を気に留めることなく、剣を一振りした。空気を裂く小気味のいい音が響く。
「リックス、俺はやるぞ」
ノエルは両手で剣を持ち直し、前方へと振り下ろす。隣を歩くアヴリルにぶつからないように、かなり気を遣っているのだろう。距離を取り、ちらちらとアヴリルの様子を気にしている。
「ノエル、大丈夫だよ。ぶつかりそうになったら、この盾で弾くから」
「あ、ああ……」
後ろからそのやり取りを見ていたリックスだったけれど、覚悟を決めたらしい。私たちからある程度離れ、両手で剣をきつく握る。
「おりゃあぁぁ!」
そして、思い切り剣を縦に振った。ノエルが放つよりも低い音を立てて、空気が両断される。
「リックス、力み過ぎ」
「んなこと言ったって……!」
リックスは口を尖らせて剣を握り直す。もう一振りしても、肩の力が抜けることはない。
「うーん、もしかしたら……」
アヴリルは何かを閃いたのだろうか。横で素振りを続けるノエルに視線を送る。
「ノエル、ちょっと剣を貸して」
「ん? ああ」
アヴリルはその場で手を伸ばすので、ノエルは駆け寄って柄を握らせた。
「リックス、双剣って分かる?」
「双剣? 聞いたことはあるけど」
「やってみ」
アヴリルはちょこちょことリックスに駆け寄り、剣を渡す。リックスは訝し気に二本の剣を眺めていたけれど、鼻から大きく息を吐き出した。そして、双剣を振り下ろす。
今度は軽い音が響き、リックスも目を丸くしている。
「使いやすっ」
「やっぱりねー」
アヴリルは何度も頷き、にこっと笑う。
「図書の国で剣を一本買い足しね。それまでは右手と左手、交互に鍛えてみ」
「わ、分かった」
たったひと振りで、リックスの特性を見抜いてしまうなんて。さすが、戦い慣れているだけはある。
こうして素振りと休憩を交互にし、徒歩よりは遅い旅路を進む。私は、これが回り道だとは思わない。ただ、私にもできることは何かないのだろうかと考えてしまう。
「私も……魔法の練習しようかな」
感情に任せるばかりではなく、制御できるようになりたい。小さなつむじ風をイメージし、前方に左手を伸ばす。すると、風柱が天高く立ち上ったのだ。こちらに向かってくるので、私たちは四方に散らばってそれを避ける。
「オフィーリアは練習禁止! 実戦で役立ってくれればいいから!」
「わ、分かった……」
アヴリルに言われると、否定のしようがない。確かに、水を制御できなくて辺り一面を洪水にしたり、野火を起こせば大惨事になる。守られてばかりいるのは嫌なのに。歯痒くて唇を噛む。
そうして一日が経ち、また日が昇った。目の前には紫色の霧が立ち込める森が出現したのだ。これがアヴリルの言っていた『幻惑の森』だろう。
「あーあ、とうとう来ちゃったよー。みんな、覚悟しといてね」
一度はがくりと肩を落としたアヴリルだったもの、深呼吸をして戦闘態勢へと入る。待ち受けるものの恐怖が未だにきちんと理解できていない。リックスも唸り声を上げ、前方を見詰めるばかりだ。しかし、ノエルはぐっと口を結び、行く先を睨みつける。
「行っくよー」
アヴリルは盾を持ち直し、怯えるように前へと突き出す。そして、ゆっくりと前へと進み始めた。私たちもその後にしっかりと続く。
昼間なのに薄暗くて気味の悪い森だ。じめっとしていて、苔も生えている。人が訪れることも少ないのが窺える。
その苔をリックスが踏んでしまったようだ。足を滑らせて、尻餅をつく。
「痛ってー……」
緑の瞳が前方を捉えると、小刻みに震え始めた。
「兄さん……?」
怯えるような、それでいて喜んでいるような、信じられないものでも見ているような表情だ。
リックスの兄は、私の父と共に敵地に向かい、行方知れずとなっている。こんな場所にいるはずがない。
リックスの瞳は揺れる、揺れる。
「こっちに来いって……どこに?」
「リックス! ここは幻惑の森だから! それはお兄さんじゃ――」
「オフィーリア、リックスにはきっと届いてない。自分で立ち上がるしかないよ」
「そんな……!」
アヴリルの言葉を振り切り、立ち上がったリックスの腕を思い切り掴んでみる。それでもリックスは無反応だ。
「リックス!」
前方で水流が鳴る。その瞬間、リックスの瞳から影が消えた。もしかして――。
「あれ、兄さんは……?」
「あたし、言ったよね? ここは幻惑の森だって。幻惑に立ち向かえないなら置いてくよ。でも……」
アヴリルは私を見て僅かに微笑んだ。
「幻惑って、魔法で消えるんだ。オフィーリア、ありがと」
初めて私の魔法が人の役に立ったような気がした。胸に温かな火が灯る。
一方で、ノエルは顔をしかめながらリックスを見遣った。
「リックス、大丈夫か?」
「うん、たぶん」
幻惑でも、行方知れずの兄の姿を見てしまっている。きっと、幻惑の消滅は希望が掻き消えた瞬間なのだろう。幻惑を見ている間だけではなく、幻惑から立ち直っても精神的に痛めつけてくる。どこまでも陰湿な森だ。
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