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第2章 足止め / 第5話
その緑の瞳には、静かな軽蔑も混ざっているようだった。
「俺たちを非難する声ばっかりで、自分からオフィーリアを守ろうなんて言い出す奴はいない。皆、他人任せだ」
言われるまでもない。私も昨夜、実感したではないか。悔しくて拳を強く握る。
「じっとしてるわけにもいかないのに。オフィーリア、ごめんな」
ノエルは唇を噛み、リックスは視線を落とす。
それ以上の会話はなく、重たい空気に沈む。しばらくすると、ノエルとリックスは再び眠りへと落ちていった。
自分の部屋に戻る気にもなれず、二人の部屋で宿屋の主人が入れてくれた紅茶を飲む。雑味が多く、飲み慣れた味だ。
これから私はどうすべきなのだろう。ここでノエルとリックスを置き去りにもできる。しかし、それでは二人の心に深い傷を残すことになるだろう。決断はできず、時間ばかりが過ぎていく。
そして、昼を過ぎた頃だ。一人の老女が部屋を訪れた。騒ぎを聞きつけて、町の端から歩いて出向いたらしい。
第一声は老女から発せられた。
「お嬢さん、左手を見せてくれないか?」
「それは……」
「隠すようなものでもないだろう」
私にとっては隠したいものなのだ。わけの分からない非日常に放り出された原因なのだから。大きく首を横に振ると、老婆は「やれやれ」と肩を竦めた。
「お嬢さん、回復魔法を使ったことは?」
「回復魔法? そんなものが……あるんですか?」
「書物の通りならね」
魔法のことを印した書物なんて存在するのだろうか。なにしろ、私以外に魔法を使ったことのある者を見たことがないのだ。
「その書物を見せてください」
「今は手元にないんだよ。済まないねぇ」
老婆はにこりと微笑むと、ノエルとリックスに目を遣った。
「二人は回復にどれくらいかかる?」
「……二ヶ月だそうです」
「じゃあ、試す価値はあるねぇ」
私たちの弱みを握られているようだ。ここからすぐに発たなければ、故郷の町の人が――母が私たちの居場所を突き止めてしまうかもしれない。その前に、ここを離れたいのは事実だ。
「貴女は何者……ですか?」
「元『図書の国』の司書だよ」
その国の名は聞いたことがある。世界中で発行されている本を結集させた国だと。その司書をしていたのなら、魔法のことを知っているのも頷ける。
賭けに乗るしかない。私たちには時間がないのだから。
「おばあさん、見ててくれますか?」
「ああ、もちろんだよ」
回復魔法が成功したら、二人は喜んでくれるだろうか。「オフィーリア、凄いよ」と褒めてくれるだろうか。
失敗なんて、自分自身が許さない。左手をノエルとリックスの方へと掲げた。淡い光が二人に向かってほとばしる。身体に触れたかと思うと、二人は目を見開いた。身をよじり、絶叫が辺りに響く。
咄嗟に手を引っ込めようとした。けれど、老婆は私の左手を掴んで離さない。
「続けるんだ」
「でも!」
「いいから」
こんなもの、本当に回復魔法なのだろうか。二人を傷付けているようにしか思えない。
「骨を動かして、細胞も再生させるんだ。痛みを伴わないわけがない。これが『回復魔法』さ」
苦しむ二人の姿なんて見ていられない。視線を床に落としても、叫び声が頭に反響する。こんな目に遭わせてごめんなさい。涙が溢れて止まらなかった。
気付いた時には、老婆の姿は消えていた。
* * *
二人はその日、目を覚まさなかった。痛みでよほど体力を消耗したのだろう。二人のベッドは、まるで水をしみこませたように湿っていた。
そして夜が通り過ぎた後、二人は身体の異変に気付く。
「あれ? 痛くない……」
「痣も消えてるよ」
ナイトウエアを捲りながら、自身の身体に触っている。昨日感じた激痛は覚えていないのだろうか。二人の絶叫を思い出し、身震いしてしまう。
「昨日は酷いことをしてごめんなさい」
「酷いこと?」
「オフィーリアは何もしてないじゃん」
ノエルは首を傾げ、リックスは苦笑いをする。やはり、昨日の出来事は彼らの中から消えているらしい。
それでも私は分かってしまった。回復魔法なんて、もうこれ以上使えない。全力で盾職を探すしかないだろう。
決意に満ち、小さく頷いてみる。
その行動がよくなかったのかもしれない。リックスは閃いたようにして目を開く。
「もしかして、オフィーリアが傷を治してくれたの?」
「えっ?」
「きっとそうだ。そうに決まってる」
ノエルは確信に満ちた瞳で私を見詰め、涙を滲ませる。
「ありがとう」
感謝の言葉なはずなのに。心に刃が突き刺さる。私は感謝されるようなことはしていない。ごめんなさい。頬に涙が伝う。
ノエルとリックスは顔を見合わせ、あたふたと立ち上がる。二人に抱きとめられる前に、床に崩れ落ちてしまった。
夕食が出される前に、三人で荷物をまとめる。町の人たちが馬車の工面をしてくれたらしい。早く王都へ行って啓示を受けろという意味なのか、ここから出ていってくれという意味なのか、真意は掴めない。どちらにしても、私たちは厄介者なのだろう。
まあ、故郷からは予想以上に早く離れられる。それだけは前向きに捉えよう。
闇に紛れて勝手口から宿を飛び出した。人だかりは正面玄関の方にできている。こちらに気付かれはしないだろう。
「王都までよろしくお願いします」
三人揃って御者に一言添える。御者は何も言わず、ただ顎をしゃくった。早く乗れ、という意味なのだろう。
私たちは自分の気持ちを整理する時間も与えられないのだ。慌てて馬車に乗り込むと、座る間もなく馬車は蹄の音を響かせ始めた。
王都ではどんな目を向けられるのだろう。考えてしまうものが理想とかけ離れており、悲観するしかなかった。
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