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第2章 足止め / 第4話
その場にしゃがみ込み、道の傍らに咲いていた小さな白い花をそっと撫でて茎の根元を摘まむ。ごめんね、と心の中で呟きながら、そのまま二輪だけを摘んだ。
小さい頃に熱を出すと、ノエルとリックスは花を持って見舞いに来てくれた。そのお返しのつもりだ。
踵を返し、来た道を戻る。町の人たちのざわめきが大きくなってきても無視を決め込む。
誰にも見付からないようにそっと駆け出し、宿屋の勝手口に手を掛けた。
ドアが開いた音を気にしながらも素早く中へと身を翻し、ドアを閉める。
街の中を一人で歩いただけなのに、酷く疲れた。誰も居ない宿屋の廊下で、一人息を吐く。
ノエルとリックスの部屋の前で口を引く。二人を起こしてしまわないようにゆっくりとドアノブを回し、中へと入った。ノエルの寝息とリックスの小さな呻き声だけが聞こえてくる。
飲料水である水差しの水をコップへと移し、そこへ花を生けた。足音を立てないように二人のベッドの間に置いてあるスツールにそのコップを置く。
一瞬、リックスの寝息が静かになって肝を冷やしてしまった。しかし、すぐに寝息は再開された。
ほっと胸を撫で下ろし、部屋を後にする。おやすみなさい。と、心の中で囁きながら。
自分の部屋に戻ると、ベッドに入る気にもなれずに椅子に座り、テーブルに突っ伏した。町の人の声は未だに聞こえてくる。
何故、いきなりこんなことになってしまったのだろう。左手首を爪の跡が残る程に握り締める。
私が二人を守らなければいけなかったのに。何も出来なかった。声を上げることすらできなくなってしまった二人を、ただ無力に見詰めるだけ――もう、二人を傷付けさせたりはしたくない。こんな思いは二度としたくない。
涙は頬を伝うことなく、直接テーブルに水溜まりを作っていった。
水分を取ることも忘れ、息を殺して泣き続ける。いつの間にか重たくなった瞼は視界を閉ざした。
* * *
「……聖女様。聖女様」
声と共に身体がゆさゆさと揺さぶられる。無理矢理瞼を抉じ開けると、茶色の木目が目に入った。
「お願いですから、ベッドでおやすみを」
「うん……」
窓からは朝日が差し込み、外からは鳥と大勢の人の声が聞こえる。
瞼を擦りながら、昨晩にフロントで見た女性の心配そうな顔を見上げた。
「質素で申し訳ないのですが、朝食をお持ちいたしました」
「ありがとう」
長い金の髪を掻き上げ、視線を落とす。ロールパンとチキンステーキ、野菜サラダが小気味のいい音を立ててトレーごと目の前に置かれた。
「従者のお二人はもうお目覚めのようで――」
「従者じゃない! 大事な仲間なのに……!」
「あっ……。申し訳ございません」
申し訳なさそうに、女性はへこへことお辞儀をする。私たちとはあまり関わりたくないのか、そのまま足早に部屋から去っていってしまった。
食欲がない。食べたいとも思わない。それよりも、ノエルとリックスが心配で堪らない。
体力のことを考えると食べないわけにもいかず、朝食を喉に押し込める。なんとか 朝食を終え、二人の部屋へと走った。
「ノエル! リックス!」
ドアを開くなり、二人が座るベッドの前で土下座をした。真面に二人の顔を見ることが出来ない。
「ごめんなさい! 私が無力なせいで、二人に大怪我をさせてしまった……!」
詫びるだけで済む事態ではないことくらい分かっている。それでも謝らずにはいられない。
あの状況では二人が生きているのが奇跡だ。
「オフィーリア。頭を上げるんだ」
「未熟だったのは俺たちも同じだよ」
「でも……」
私は責められるべきだ。ううん、責められなくてはいけない。
「オフィーリアがいなきゃ、俺たちは死んでたよ」
「うん、感謝してもしきれない」
感謝なんてされるべきではないのに。初めてゆっくりと顔を上げた。二人の慈愛に満ちた瞳が私を見詰めている。
「心配を掛けてごめんね、オフィーリア」
リックスは痛みも見せず、微笑んでみせた。それに対し、激しく首を横に振る。私が謝られるなんて間違っているのだ。
堪らずに一粒の涙が零れ落ちた。
「オフィーリアを泣かせたな」
「それはノエルだって同じだろ?」
ちょっとだけ意地悪そうに笑うノエルと、若干の焦りを見せるリックス――一昨日までの日常にいた日々を思い起こさせられる。私たちはいつも三人一緒にいて、二人はよく互いを茶化して笑っていた。その話題の中心に居るのはいつも私だった。
頬を右掌で拭い、小さな吐息を吐く。
「これからは、こんな経験なんて絶対にしたくない。でも、私たちが強くなるには時間がかかる。それで……」
「ああ、言いたいことは分かる」
「多分、俺たちもオフィーリアと同じことを考えてる」
三人で顔を見合わせ、頷き合う。
「私たちには攻撃だけじゃなくて、防御が必要だと思うの。仲間を一人増やしたい。だから、二人が動けるようになるまで、ここで人を探そうと思うの」
最後まで話を聞くと、ノエルとリックスは顔を見合わせる。視線がこちらに戻ってきた時には、二人は少し困った様な、複雑な表情に変わっていた。
「この町じゃ無理だと思うよ」
「えっ?」
「外で話してる町の人の声を聞いた?」
ざわめきなら今でも聞こえてくる。勢いのままにと頷いてみせると、リックスは窓の外を顧みる。
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