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第7章 ローレンス / 第18話
森を出てからも沈黙が続く。四人それぞれが思考を巡らせ、口を噤む。
遠くに見える木々の向こうには、巨大な建物群が見えた。あそこが図書の国、なのだろうか。
何とかローレンスから考えを切り離し、前方を見据える。そこでアヴリルがノエルとリックスに視線を送った。
「ノエル、リックス! 素振り再開!」
「は? あんなの見た後にもやるのかよ」
「文句言わない! さっさとやる!」
リックスの愚痴にも、アヴリルはたじろがない。
「ちっこいあたしがこんなに大きな盾をずっと持ち歩いてるってのに、リックスは口ばっかなんだから」
ここで反論しそうなのに、リックスは唇を噛み締める。先に素振りを始めたノエルに追いつこうとするように、片手でぎゅっと剣の柄を握った。
いつもそうだ。ノエルが先に何かを始めると、リックスもそれを追いかける。私が花冠を作ってみせると、ノエルが先に私を褒め、リックスはそれに味付けをする。
ふと、父がいなくなってしまった夜のことを思い出した。
「オフィーリア、何があっても、世界を恨んじゃ駄目だぞ」
父が私にかけた最後の言葉だ。あの優しい笑顔はいつまで経っても色褪せない。
まだ小さかった私の頭を撫で、夜の暗がりに消えていった父の信念を決して忘れたりはしない。
その思いはまだ足りなかったのだろうか。
実際に会ったこともない人物が幻惑の森で現れ、私を混乱に陥れた。でも、だからこそ思う。
ローレンスは私にとって、どれほどの価値があるのだろう。思い入れがあるのだろう。エスメラルダではない私が考えても、さっぱり分からない。
「オフィーリア、まだ幻惑のことを考えてるのか?」
俯いていた私にノエルが気付き、眉をひそめていた。
「私は……」
それ以上の言葉が出てきてくれない。
「幻惑の森が勘違いしたんだって! オフィーリアにはローレンスって奴が適任だろうって」
「そんなに簡単な話じゃないと思うけどなぁ」
気を紛らわせようとするリックスに、アヴリルは口を尖らせる。
「あたしは幻惑の森が勘違いしたところなんて見たことない。幻惑の森は、ちゃんと『意思』を持ってるんだと思う」
「意思? ただの森が?」
「ほら、向こうに図書の国が見えるじゃん? あたしは、あそこの情報が、あと星の記憶……っていうの? そういうのが蓄積してる場所なんだって思ってる」
「星の……記憶……」
そんなものがあるのだろうか。私以外のみんなは自分に関わりのある人の姿を見ている。星の記憶というものがあるのなら、全員が『自分だった人』の大事な人を見てもおかしくはない。
アヴリルの意見には賛同できず、小さく唸り声を上げてしまった。
図書の国の手前で小さな村に辿り着き、宿屋を探す。しかし、それらしきものは見つからなかった。
畑で農作業をしていた男性の元に、アヴリルが近づいていく。
「すみませーん。この村に宿屋ってありませんかー?」
「ん? そんなものはないね」
男性は引き抜いた雑草を放り投げ、顔をしかめた。
「なんだってこんな村に?」
「魔王城に向かう途中の聖女一行でーす」
アヴリルから飛び出した言葉に耳を疑う。自ら名乗りを上げてどうするのだろう。まさか、ただの村人に宿を提供してもらおうという魂胆なのだろうか。
「ちょっと、アヴリル!」
仲裁に入ろうと、二人に駆け寄る。それがいけなかった。
「ほら、この人が聖女」
アヴリルは私の左手を持ち上げ、男性に印を見せびらかした。
「ま、まさか……! 聖女様!?」
男性は悲鳴のような声を上げるので、周囲の人たちにも私が聖女であることが波及していく。ある者は足を止め、ある者は家のドアから私を見る。
好奇、興味、羨望――そのどれもが私が避け続けていた瞳だった。
「オフィーリア、一言言っとく」
俯いて口を結ぶ私の耳に、アヴリルは口を寄せる。
「現実は変わってくれない。受け入れるしかないんだよ」
そんなの、言われなくても分かっている。否定し続けていた自分なりの答えに、拳を強く握るしかなかった。
結局、アヴリルが突撃した男性の家へと招かれた。妻がいて、子供がいて――私にとっては理想的な生活ができているのだと思う。それなのに、男性の妻は私を『かっこいい』と称賛する。
「だって、聖女様ですよ? 世界でたった一人しかなれないですもの!」
私たちに夕食を振る舞いながら、女性は目を輝かせる。
ノエルは眉をひそめ、リックスは口をへの字に曲げる。ただ一人、アヴリルだけが頷いていた。
「俺は世界の中にたった一人いる普通の女の子の方が幸せだと思うけどな」
リックスは腕を組み、料理を見定める。
「でも、聖女様は注目の的でしょ? なんでも願いがかないそうじゃないですか」
「願いなんて叶わないな。少なくとも、俺が見てる限りでは」
ノエルもちらりと私を見てから、食事へと視線を移す。
「さ、食べよ食べよー!」
アヴリルは私たちの重い空気を感じていないのか、豚のローストに齧りつく。
「お前は気楽でいいよな……」
「何が?」
リックスのぼやきにも、アヴリルはどこ吹く風だ。至福そうな表情に、溜め息すら出ない。
せっかく用意してくれた食事だ、私も食べよう。フォークを手にし、ナポリタンをいただく。
こんなにも温かくて素朴な家庭料理はいつ振りだろうか。滲む視界に、瞬きを必死に我慢した。
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