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第一章 火の魔法 FER(フェル) / 第5話
カイエが思考の海へ沈んでいた頃。
午後の鍛錬を終えた魔導士達が、練武場から本館へ戻っていた。
「今日は集中してなかったな、アミナス!」
バシッと背中を叩かれ、ぼんやり歩いていたアミナスはハッとした。
「……グレン様! すみません。」
「何かあったか?」
アミナスは稽古中もカイエの行動が気になり鍛錬に集中できなかったのだが、そんなことを報告するわけにもいかない。
「……いいえ。」
「そうか、ならいい。 今日はゆっくり休めよ!」
ヒラヒラと手を振り去っていくグレンに、アミナスは頭を下げる。
「……少し、頭を冷やそう」
皆が本館へ帰る中、アミナスは一人中庭へ足を向けた。
◆◆◆
中庭の噴水の縁。
カイエは思考の沼に沈むついでに、そのままうたた寝していた。
エコーも一緒に昼寝していた。甲羅はすっかり乾いている。
うつらうつら……
カイエは大きく舟を漕ぎ、そのまま後ろへ倒れ込んだ。
バシャーン
水面から白黒の光が跳ね、すぐに引っ張り上げられる。
獣姿のエコーが、カイエの頭を水中から上げたのだ。
「びびびびっくりしたーーーー!!!」
「もー。 カイエのバカ」
エコーがカプッとカイエの頭を甘噛みした。
「うん、ごめん。 エコー、ありがとう!」
カイエはずぶ濡れのまま、エコーの首に抱きついた。
「ほら、あがるよ」
先に水から出たエコーがブルブルと体を振り、カイエへ水を飛ばす。
「きゃー!」
カイエもエコーへ水をかけ、応戦した。
ふと。
カイエは自分の濡れた手を見て考える。
(水の中で使えば、火が消える瞬間が見える?)
水の中で手をお椀の形にする。
「カイエ、まって」
エコーが声をかけたが、カイエにはもう周りの音が聞こえていなかった。
「……フェル」
水の中で光が生まれた。
炎でも火花でもない、白く眩しい輝き。
カイエは目を見開く。
(火が……燃えてない)
小さな泡。その数が一気に増える。
ブクブクブクブクブクッ!!
掌の間の水が沸騰し、白い泡が激しく噴き上がる。
「え?」
掌の中で生まれた蒸気が行き場を失い、圧力が溜まる。
膨張。
そして⸻
水柱が吹き上がり、カイエの身体は吹き飛ばされた。
◆◆◆
⸻ドンッ!!!
「!?」
ぼんやり歩いていたアミナスの耳に、爆発音が飛び込んでくる。
「……なんだ!?」
嫌な予感がしたアミナスは、全力で駆け出した。
「⸻お嬢様!!」
たどり着いた噴水のほとりで倒れていたのは、水と血に濡れたカイエだった。
「……っ、ルクティア!!」
アミナスは即座に信号弾を打ち上げ、応援を呼んだ。
強烈な光が空で拡散する。
アミナスはすぐさまカイエへ駆け寄った。
皮膚が赤く爛れ、所々が白く剥がれていた。意識はないが、かろうじて呼吸はある。
アミナスは震える手でカイエに触れ、回復魔法を唱えた。
「ヴィットノア!」
淡い光がカイエの傷に集まる。しかし、効果は微弱だった。
損傷が大きすぎる。
「ああ……俺の力じゃ……」
絶望し手が止まったアミナスの上に、巨大な影が落ちた。
「今、許可した」
低く、透き通る声。
アミナスは顔を上げ、息を呑んだ。
大人より大きな白と黒の獣が、そこに立っていた。
全てを見透かすような、金色の瞳。
……なぜ、今まで見落としていたのか。
そこにいたはずなのに、今初めて気付いたような錯覚を覚える。
(精霊? いや、こんな存在は……)
圧倒的な気配に、体が震える。
「もう一度」
獣は静かに告げた。
(もう一度?……何を?)
戸惑うアミナスには目もくれず、獣はカイエを見つめたままだ。
(もしかしたら、お嬢様を助けたい……?)
アミナスは息を吐いて、呼吸を整える。
そして意識を集中し、再び回復魔法を唱えた。
藁にもすがる思いだった。
「……ヴィットノア」
その瞬間——
胸の奥から、途方もない力が溢れ出した。
今まで感じたことのない、圧倒的な魔力の奔流。
それがアミナスの手を伝い、カイエの体へと流れ込む。
爛れた皮膚が瞬く間に再生し、剥がれた部分が新しく生まれ変わる。
重い火傷が、目に見える速度で癒されていった。
(……すごい)
アミナスは力が抜け、その場に崩れ落ちた。
薄れゆく意識の中。
白黒の獣はもう、どこにもいなかった。
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