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1章【新命の始まり編】 / 第32話
部屋の中に、再び静かな空気が流れる。先ほどまで語られていた『奥義』や『BURST技』の話だけでも十分に衝撃的だった。
だが、フレイの視線は依然としてレッドから外れない。その眼差しは、何か確信を持っているようでもあり、同時に、その事実を伝えるべきか迷っているようにも見えた。
「……次は、お前自身の話だ」
低く落ち着いた声が響く。レッドは無意識に背筋を伸ばした。
「俺自身……?」
「ああ。お前は、狂戦士との戦闘中に1度だけ、それまでとはまるで別人のような戦い方を見せた。覚えているか?」
その問いに、レッドはゆっくりと記憶を辿る。炎に包まれた戦場。意識の奥底から湧き上がってきた、不思議な高揚感。恐怖は消え、体は驚くほど軽くなっていた。
相手の動きが鮮明に見え、炎の流れさえも手に取るように感じられた。まるで、自分の体ではないような感覚。
「……正直、あまり覚えてない。気づいたら、体が勝手に動いてた――そんな感じだった。」
フレイは静かに頷く。
「やはりな。」
ミズリーもレッドを見つめながら、小さく微笑んだ。
「私たちも後ろから見ていたけれど、本当に驚いたわ。さっきまで押されっぱなしだったあなたが、急に狂戦士と互角以上に渡り合い始めたんだもの。」
「え?」
レッドは目を丸くする。
「互角……? そんなに変わってたのか?」
「うん!」
今度はレイラが勢いよく頷いた。
「すっごく変わってた! 目なんてもう、ピッカピカだったし!」
そう言いながら、自分の両目を指差して大げさに身振りをする。
「こんな感じでね! キラーン!って!」
「……そんな漫画みたいな」
「むぅ、ほんとだもん!」
そして頬を膨らませるレイラ。その様子に思わず笑いそうになるレッドだったが、フレイは真面目な表情を崩さなかった。
「レイラの表現は極端だが、間違ってはいない。実際、気づいていないだろうがお前の瞳は炎のような輝きを放っていた。それが——」
そして、フレイは一拍置いて続けた。
「 『覚醒』だ」
その一言が、静かに部屋へ落ちる。
「覚醒……」
聞き慣れない言葉を、レッドはゆっくり口にした。レイラも首を傾げる。
「かくせい? 何それ? 強くなるやつ?」
ミズリーが優しく笑う。
「そうね。すごく簡単に言えば、その認識でも間違いじゃないわ。覚醒とは、エレメンターとエレメントが深く共鳴した時にだけ訪れる特別な状態」
「きょーめい……」
「そう。武器を使うだけでも、エレメントはあなたたちに力を貸している。でも覚醒は、それとは全然違う。」
すると、ミズリーは胸へ手を当てながら続けた。
「心、意思、感情、覚悟。そのすべてがエレメントと完全に重なった瞬間だけ、一時的に本来以上の力を引き出せるの」
レッドは静かに息を呑んだ。そして、あの時の自分を思い返す。――守りたい、負けられない、レイラを助ける。
そんな想いだけが頭の中を満たしていた。迷いなど、1つもなかった。
「……あれが、覚醒だったのか」
「そういうことだ」
そして、フレイが続ける。
「覚醒中は身体能力、判断力、エレメントの制御能力——そのすべてが飛躍的に向上する。だからこそ、お前はランク〈D〉の狂戦士と真正面から渡り合えた」
「でも、今は何も変わらないぞ? もう使えないのか?」
レッドは少し首を傾げる。フレイは静かに首を横へ振った。
「使えないわけではない。ただし、今のお前には制御できない。覚醒は感情だけで起こせるほど単純な現象ではない。狙って発動できるようになるには、膨大な鍛錬と経験が必要になる。」
「つまり……偶然だったってこと?」
レイラが尋ねる。すると、フレイは頷く。
「半分はな。偶然ではある。だが、偶然だけでは決して起こらない。覚醒は、本人の資質がなければまず発現しない力だ」
その言葉に、レッドは思わず黙り込んだ。自分には、そんな才能があったのだろうか。いや、それ以上に気になることがある。
「あの時、狂戦士が言ってた。『それが覚醒か』って。……あいつは知ってたんだよな」
「ああ」
フレイは静かに目を細める。
「だからこそ、奴はお前を危険視した。覚醒したエレメンターは、それだけで戦局を覆しかねない存在だからだ」
その言葉の重みを、レッドは静かに噛みしめた。自分はまだ何も知らない。エレメンターという存在も。この世界の仕組みも。そして、自分自身に眠る力のことさえ——だが、その未知こそが、これから自分が進む道なのだと、レッドは少しずつ理解し始めていた。
部屋の中に、しばし静寂が流れた。BURST技、奥義、覚醒。短い時間の中で、レッドたちはこれまで知らなかった世界の一端を知った。
だが、フレイの表情を見る限り、それでもなお話は終わっていない。腕を組んだまま、彼は1度だけ小さく息を吐いた。
「……最後に、もう一つだけ伝えておくことがある」
その声音は、先ほどまでよりもさらに低く、重い。自然と部屋の空気が引き締まる。レッドもレイラも、黙って次の言葉を待った。
「お前たちは、いずれ必ず関わることになる。だから今のうちに、名前だけでも覚えておけ」
フレイはゆっくりと言葉を区切る。
「——『オーバートリガー』 」
その名が口にされた瞬間、不思議な緊張感が空気を満たした。
「オーバートリガー……?」
レッドは聞き慣れない言葉を小さく繰り返す。一方のレイラは首を傾げたまま――
「また難しい名前だぁ……」
と、小さく呟いている。ミズリーはそんな彼女へ苦笑しながら説明を始めた。
「オーバートリガーはね、『聖紋具』と呼ばれる特別な力を宿した道具たちのうちの1つよ」
「聖紋具……」
レッドは聞き返す。その響きだけでも、普通のものではないことが伝わってくる。フレイが続きを引き継いだ。
「オーバートリガーは、合計で7つ存在する。中心となる『核』が1つ。そして、それを取り囲む6つの『欠片』。合わせて7つ。7つ全部で、1つの完全な姿となる。」
するとレイラは両手を使って数を数えながら――
「1、2、3、4……7! 覚えた!」
と、どこか誇らしげに胸を張る。
「そこじゃない」
「えぇー?」
レッドが思わずツッコむ。そのやり取りに、ミズリーはくすりと笑みを漏らした。
「でも、7つっていうのは大事よ。だって、その1つ1つでも世界の均衡に関わるほどの力を持っているんだから」
その言葉に、レッドの表情が変わる。
「世界の……均衡?」
「ああ」
フレイは静かに頷いた。
「聖紋具は、『神代』——まだ人間すら存在せず、神獣だけが世界に存在していた時代から存在している」
「神代……」
聞くだけで途方もない昔だと分かる。自分たちの想像など及ばない、遥かな時代。フレイは静かに続ける。
「そして、その力は、世界そのものを書き換えかねない」
「え……?」
レッドは思わず息を呑んだ。世界を書き換える。そんなものが本当に存在するのか。ミズリーが少し困ったように笑う。
「昔から、いろんな呼び方があるの。世界を救う宝。神々の遺産。世界の鍵。そして――」
するとミズリーは一拍置いて、静かに告げる。
「願望機」
「願望機?」
レッドが聞き返す。
「あらゆる願いを叶える。それ程の力を持つと、そう語り継がれているの。もちろん、どこまで本当なのかは誰にも分からない。でも――」
ミズリーは真っ直ぐレッドを見つめた。
「だからこそ、それを知る者はその力を求める。願いのために。欲望のために。あるいは——世界そのものを変えるために」
レッドは自然と拳を握っていた。そんな危険なものが存在するのなら、エリックたちが狙う可能性もある。
「つまり……もし、全部集まったら……」
フレイが静かに答える。
「普通では決して成し遂げられないことも、可能になる」
その一言は、重く胸へ響いた。世界を書き換えるほどの力。願いを叶える程の力。そんな存在が、この世界のどこかに眠っている。
レッドがさらに何かを尋ねようとした、その時だった。フレイの瞳が、不意にわずかだけ揺れる。
「……いや」
彼は何かを思い出したように口を開くと――
「コードゼロは――」
そこまで言って、ぴたりと言葉を止めた。空気が張り詰める。ミズリーも一瞬だけ目を見開いた。その声には、僅かな焦りが滲んでいた。フレイは小さく目を閉じる。
「フレイ……」
「……すまない。今のは忘れろ。話しすぎた」
「え?」
レッドは首を傾げる。
「コードゼロって何なんだ? 関係あるんだろ?」
「悪いが、今のお前たちが知る必要はない。知るには、まだ早すぎる。」
フレイは静かに首を横へ振った。その表情は、これまでになく真剣だった。それ以上尋ねても答えは返ってこない。
レッドは納得できないまま口を閉ざす。一方、空気を読んでいないレイラだけは――
「うーん! 難しいことはよく分かんなかったけど! とりあえず頑張ればいいってことだよね!」
と、満面の笑みで言い放つ。その一言に、張り詰めていた空気がふっと和らいだ。ミズリーは思わず吹き出し、優しく微笑む。するとフレイも小さく肩をすくめる。
「ふふっ、それでいいのかもしれないわね」
「……案外、こいつが1番大物かもしれんな」
「え? 褒められた?」
「たぶん違うと思うよ」
レッドが苦笑すると、部屋には穏やかな笑い声が広がった。やがて、フレイとミズリーの身体は淡い光へと溶け始める。
「今日はここまでだ。今は焦らず、できることを積み重ねろ。その先に、お前たちが進むべき道は必ず見えてくる」
「またね。次に会う時まで、ちゃんと鍛えておくのよ」
そして2体の神獣は柔らかな笑みを残し、無数の光の粒となって部屋の中へ溶けるように消えていった。
静けさを取り戻した部屋の中で、レッドは窓の外へ目を向ける。穏やかな青空。何も変わらない日常。けれど、その空の向こうには、自分たちの知らない世界が広がっている。
奥義、BURST、覚醒。そして——オーバートリガー。新たな知識を得たことで、レッドは改めて理解する。自分たちは、まだ旅の入口に立ったばかりなのだと。
その頃、フレイの胸には、1つの不安だけが静かに残り続けていた。
——《Code 0.0 ZERO》。
その名を口にしてしまったことが、これから訪れる運命の歯車を、わずかに動かし始めてしまっていたかもしれないことなど。まだ誰1人として知る由もなかった。
後書き
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