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1章【新命の始まり編】 / 第31話
暖かな陽射しが、部屋のカーテン越しにゆっくりと差し込んでくる。窓の外では、小鳥たちのさえずりが穏やかに響き、どこまでも澄み渡る青空が広がっていた。
数日前まで学校全体を覆っていた異様な闇など、まるで最初から存在しなかったかのような、平和な昼下がり。静かな風が木々を揺らし、葉擦れの音が心地よく耳へ届く。
——あの異変から、数日。校舎は現在も立ち入り禁止となり、戦闘によって崩壊した箇所の修復工事が続いているらしい。
原因は「大規模なガス爆発事故」。そんな苦しい言い訳が世間では広まり、ニュースでも連日その話題が流れていた。
もちろん、それが真実ではないことを知る者はごく僅か。あの日、校舎で本当に起きた出来事を知る者は——エレメンターである自分たちと、神獣たちだけだった。
「……まさか、本当に学校が休校になるなんてな」
レッドはソファへ腰掛けながら、小さく苦笑する。数日前までは勉強の心配をしていたというのに、今では命懸けの戦いを経験してしまった。
普通の学生へ戻ろうとしても、頭のどこかではあの戦場の光景が焼き付いたままだ。
狂戦士との死闘。エリックという男。そして——“生”という概念を断ち切られた、あの瞬間。胸へそっと手を当てる。鼓動は変わらず規則正しく刻まれている。
傷一つ残っていない身体。それでも、あの時感じた「死」は今でも鮮明に思い出せた。
「……本当に、生きてるんだよな」
思わず漏れた独り言。すると、その静寂を壊すように玄関のチャイムが鳴った。
——ピンポーン。
次の瞬間。
「レッドーーーっ!!」
勢いよく玄関の扉が開き、元気いっぱいの少女が飛び込んでくる。
「遊びに来たよーーーっ!」
「いや、毎回思うんだけどさ。どうして毎回、俺ん家なんだよ……」
レッドは思わず額へ手を当て、レイラは首を傾げる。
「だって神獣に呼ばれたんだもん!」
「……いや、それは知ってる」
「じゃあ問題ないね!」
「問題しかない」
即答だった。レイラは悪びれる様子もなく部屋を見回しながら、嬉しそうに歩き回る。
「やっぱりレッドの部屋って落ち着くね〜」
「そうか?」
「うん! なんか安心する!」
「そういうもんなのか……」
レッドが苦笑した、その時だった。部屋の中央に、小さな光の粒がふわりと舞い始める。
無数の光が渦を描き、やがて2つの影を形作っていく。見慣れた光景。見慣れた気配。そして数秒後、そこには腕を組みながら浮くフレイと、柔らかな笑みを浮かべるミズリーの姿があった。
「待たせたな」
フレイが静かに口を開く。レッドは思わず肩をすくめる。
「いや、それより毎回思うんだけど。なんで集合場所が俺の家なんだ?」
するとフレイは、ほんの一瞬だけ考える素振りを見せ——
「面倒だからだ。」
「……え?」
あまりにも即答だった。レッドは言葉を失う。
「いやいやいや! もうちょっとそれっぽい理由あるだろ! 秘密基地だから、とか! なんかあるじゃん!」
しかし、フレイは表情一つ変えない。
「ない。一番集まりやすい。以上だ」
「雑すぎるだろ!!」
思わずツッコミを入れるレッド。その様子を見て、レイラは楽しそうに笑い転げていた。
「ふふっ、レッド面白〜い!」
「笑い事じゃないからな?」
「私の家でもよかったのにね!」
「それはそれで緊張するわ……」
そんな2人のやり取りを見守っていたミズリーは、小さく苦笑すると手を軽く叩く。
「はいはい。その辺にしておきましょう」
優しい声だったが、不思議と場の空気が引き締まる。レイラもレッドも自然と姿勢を正した。ミズリーは2人を順番に見つめる。
「今日は、前回の異変について整理しながら、あなたたちに知っておいてほしいことを話すために呼んだの」
その声音は、いつもの穏やかさの中にも僅かな真剣さを帯びていた。レッドも自然と表情を引き締める。狂戦士との戦い。エリックが口にした謎の言葉。そして、自分でも理解できなかった力。
確かに、知らなければならないことは山ほどある。フレイは静かに腕を組み直す。
「では、本題へ入ろう」
部屋の空気が一変した。穏やかな昼下がりの空気から、神獣による講義の時間へと切り替わっていく。レッドとレイラは顔を見合わせ、小さく頷いた。
静寂が部屋を包む。先ほどまでの賑やかな空気は消え、テーブルを囲むレッドたちの間には、どこか張り詰めた空気が流れていた。
フレイは腕を組んだまま、静かにレッドへ視線を向ける。
「レッド」
「……ん?」
「あの異変で、お前はあの狂戦士と戦った。その中で、奴が放った最後の技を覚えているか?」
問いかけられたレッドは、すぐには答えられなかった。あの瞬間を思い返すだけで、胸の奥がざわつく。
黒い鎧、静かに響く低い声。そして、自分の身体を傷つけることなく、“生”という概念だけを断ち切った、あの不可解な斬撃。
ゆっくりと息を吐き、記憶を辿る。
「確か……『BURST』って言ってた」
「あぁ。そうだな」
フレイは短く頷いた。
「正式には『BURST技』。エレメンターや他の者が扱う力の中でも、限られた者だけが扱える究極領域の技だ」
その一言に、レイラが首を傾げる。
「ばーすと? ……って、おいしいの?」
「食べ物じゃない」
レッドが即座にツッコむ。
「えぇ〜? 名前だけ聞くとお菓子みたいじゃん」
「どんな感覚だよ……」
二人のやり取りを見て、ミズリーが思わず口元へ手を添えて笑う。
「ふふっ。レイラらしいわね。」
だが、フレイは咳払いを一つすると話を戻した。
「BURST技とは、一言で表すなら——『己の存在そのものを極限まで昇華させて放つ究極奥義』だな」
「究極……奥義?」
レッドがその言葉を反芻する。すると、ミズリーが優しく補足した。
「簡単に説明するとね。今まであなたたちが使っているスキルが基本技で、奥義は切り札。そしてBURST技は、その奥義すら超えた“最後の一撃”なの」
「最後の……」
レッドは自然と自分の胸へと目を向ける。あれほど圧倒的だった狂戦士でさえ、最後の最後に切った札。――あれが、BURST技。
レイラは腕を組みながら唸る。
「つまり……スキルの上が『奥義』で、その上が『BURST』?」
「その認識で構わない」
フレイは静かに答えた。レッドは驚きを隠せない。
「待ってくれ。じゃあ俺たち……奥義すら使えないってことか?」
「ああ。」
その返答は、あまりにもあっさりしていた。
「今のお前たちは、まだスキルだけだ。奥義には届いていない。」
「えぇ……もっと早く教えてくれてもよかっただろ。そんなすごい技があるなら」
思わず肩を落とすレッド。しかしフレイは首を横へ振った。
「簡単ではないからだ。」
「……どういう意味だ?」
フレイはテーブルへ座り、静かに語り始める。
「エレメンターには、実力を示す指標が存在する。それが、前にも言った——『ランク』だ」
空気が少しだけ重くなる。ミズリーも真剣な表情へ変わっていた。
「今のあなたたちは、下から2番目のランク〈E〉。そしてあの狂戦士は、観測上だとランク〈D〉だったのよ」
「1つしか違わないんじゃないか?」
レッドは素朴な疑問を口にする。だが、その瞬間だった。フレイが静かに目を細める。
「一つ“しか”? 違う。一つ“も”だ」
その声音には、普段よりも強い重みが宿っていた。
「〈E〉が1人前になるための入り口。〈D〉は、その入り口を越えた者。いわゆる1人前だ。この差は、単純な数値では測れない。」
レッドは自然と拳を握る。あの圧倒的な威圧感。あの異常な耐久力。あれほど苦戦した理由が、今ようやく腑に落ちた。
「だからか……最初から勝てる相手じゃなかったんだ。」
フレイは静かに頷く。
「本来ならな。だが、お前は途中から互角以上に渡り合った。」
「……え?」
「その理由についても、後で説明する」
意味深な言葉だった。レッドは思わず身を乗り出すが、フレイはそれ以上語ろうとはしない。代わりにミズリーが話を引き継ぐ。
「奥義は、とても大きな力を持つ分、消耗も激しいの。未熟な状態で無理に使えば、体力もエレメントも一気に底をつくわ。」
「じゃあ……BURST技は?」
レイラが恐る恐る尋ねる。その問いに、フレイは一拍置いて答えた。
「未熟者が扱えば、一撃放っただけで戦闘不能。最悪の場合——命を落とす」
その場の空気が、一瞬で凍りついた。レイラもレッドも、言葉を失う。自分たちが想像していた以上に、BURSTという力は危険な領域だった。
そして、フレイは2人を真っ直ぐ見据えながら言う。
「だから、焦る必要はない。今、お前たちが身につけるべきものは、『奥義』でも『BURST』でもない。基礎を磨き続けることだ。その積み重ねだけが、いずれその領域へ届く唯一の道になる」
レッドは静かに頷いた。
「……わかった。急ぐ必要はないんだな。」
「そうだ。強さとは、1日で手に入るものではない。積み重ねた時間だけが、本物の力へ変わるんだ」
フレイは僅かに口元を緩める。その言葉は、レッドの胸へ深く刻まれた。そして、この説明はまだ終わりではなかった。
フレイは再びレッドの瞳を見つめる。
「さて……次は、お前自身について話そう。戦いの最中、お前の身に起きた、ある変化についてな」
レッドは思わず目を瞬かせる。自分自身について——。
あの時、自分でも気づかなかった力の正体が、今まさに明かされようとしていた。
後書き
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