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第1章 会いに来ました。 / 第5話
アヤカは取り込むのが終わったのか、また部屋の中に帰って来て、同じようにいつもの場所で本を読み始めた。
その様子を見届けると、私も机の前に座っていつものように仕事を始めたのだけれど、彼が言っていた「渡している」という言葉が気になってくる。
私は彼から何かを受け取っているのだろうか。手を見ても、足を見ても。体重計に乗っても、さほど何も無いように感じるのだけけれど。
それと、アヤカが言っていたツバサというのも気になる。それが私にとってどういうことなのかも。アヤカの言い方では、彼の目的みたいなものがわからない。どこから来て、何をしているのか。とか。
「さて、どうしようか」
アヤカはそれからというもの、いつものように水を浴びたり、本を読んだり。私が作業中に見ている動画を見たりしている。この間、テレビのリモコンの使い方を教えたら、蛇口の時と同じで、器用に手を使って操作し、見ることもあった。
彼は情報を手に入れているというよりも、音を手に入れることが目的のようで、あまり画面に出てくる出来事には反応してない様子だった。
ちょっと待てよ。
私は有ることに気が付いた。彼は私に「渡している」と言った。けれど、そもそも彼が取り込んでいるのは「私の世界の」であって「彼の世界の」ではない。ということは、どういうことなのか。
この世界に有るモノを取り込んで、その後で、渡しているのであれば。
頭の中をまた読まれた感じがした。アヤカは本を読むのをやめて、私の方を見ると、話しかけてくる。
「まず一歩目、それがミカには出来ると思っていたから、僕はここに来たんだよ」
「一歩目…」
「そう、その一歩。その一歩は人の歩幅であれば数十センチ。になるのかもしれないけれど、ミカが今日踏み入れた一歩は多分数ミリ。まるで植物が1日に生長するのが分からないくらいの感じ」
アヤカは私と同じ方向を向いた。
「でも、進めるか進めないか。それには大きな差がある」
どこか嬉しそうにアヤカは私にそう言った。彼と出会ってからしばらく時間が経ったけれど、こんな彼を見るのは初めてだった。まるで久々に会った友人のように話しかけてくる。
「同じ世界に住んでいて、同じものを見ているのに、それは同じなのか。僕にはこう見える。って感想が出たとしたら、ミカはどう思う?」
「…どういうこと?」
「じゃあ、少し形をこの世界風に。泣ける物語。それを見ると、全員泣く?それとも一部?」
「一部だと思う」
「そうだと僕も思う、泣ける人とそうじゃない人。それは感受性が豊とか、そのもう少し先の方へ行くと、見ている場所の差。それはその人が見ることが出来る場所があって、それぞれ違うから」
アヤカが言うには、同じものを見た時に、それぞれに生まれる差は、人が何かを通して物事を見ているからだという。それは物質的なものだけに限らない。目に見えない物もあり得るという話で。
「常識、歴史、フィクション。その人の経験、体験、持っている物。それらを通して人は目の前の事を見ている」
と言うことも出来る。とのことだった。そう言われれば、そうかもしれないけれど。
実際、私は私の世界を通してアヤカを見ている。けれどそれでは食べている物、彼がいう所の取り込んでいるものは理解できない。今でもそれは見えてないから。多分きっとそういうことを言いたいんだろう。
「ミカと僕は同じ世界に生きている」
「だから、僕が渡しているモノもツバサもこの世界に存在する」
ただ、それを見ることが、見つけることが出来るかどうかは別の話になってくる。確かに住んでいる世界が違う。という表現がある。
プロスポーツ選手とかそういう何かの一流の人たちとでは、見ているモノは同じでも、見ている感覚は別の世界のように感じるってのは何となくわかる。
「何を通して見るか、だだそれだけなんだよね」
そう言うとアヤカはまた本に目をやった。どうやら彼が分かりやすく、私に伝えてくれるのは、ここまでである。というのは何となくわかる。とりあえずね。
かけている眼鏡を外し、髪を少しだけまとめると、机の上に置いてあった煙草を手に取り、窓を開けた。
「通して見る」
彼が言っていることを理解したいと思って考えてみる。彼の話を聞いて、私の中で何かが起きるのかもしれない。けれど、いつも通り紫煙が立ち上り、外は静寂な夜が見えるだけ。
しばらくじっと考えてみる。
考えるとき、言葉を使う。その言葉に自分を映し出すのだろうか。「これはこう、あれはあれ」みたいな感じで整理整頓できるのか。それならいいのだけれど、そうもいかない。
「彼の世界や、彼の事を知りたいのであれば、私ではなく、アヤカを通せってことなんだろうけど」
それから私は窓を少しだけ開けたまま、仕事に戻ることにした。
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