読み込み中...
読み込み中...
第一部 地域ローカルスーパー(下級神)編 / 第1話
「はあ……今日も赤字か」
夕暮れのレジカウンターで、俺――御削零は、手書きの売上帳を眺めてため息をついた。
みそぎ屋。この田舎町で唯一の個人経営スーパーだ。築四十年、壁は黄ばみ、レジはいまだに手打ち式。店内には壊れかけのラジカセから演歌が延々と流れ続けている。
信者――もとい常連客は五人。それが俺の全神力の源だった。
俺は神だ。正確には、このスーパーをドメインとする、できたばかりの弱小神。
一年前、ブラック企業から左遷同然でこの店を継いだ直後、配送トラックに轢かれて死んだ。気がついたら、この土地の神様とやらに祭り上げられていた。与えられた権能はたった一つ。
「賞味期限」
……最悪のハズレ権能だ、と最初は思った。今も八割方は思っている。
「神様、今日もお疲れさん」
レジ横の特設コーナー――と言っても段ボールを並べただけの棚で、近所のおばちゃん・山田タエ(68)が自家製の漬物を売っている。古株の信者その一だ。彼女は毎朝、店の隅にある小さな祠の埃を拭ってから店を開ける。理由を聞いたことはないが、たぶん習慣というやつだろう。
「タエさん、今日の売上どうですか」
「うーん、きゅうり三本と納豆二パック。あとは賞味期限切れの牛乳を半額で買っていった人が一人」
「……それ、俺が自分で貼ったシールじゃないっすか」
苦笑いしながら、頭の隅にある自分のステータスを覗く。
【総神力:47(前日比マイナス8)】
このままいけば三日後にゼロだ。ドメインが維持できなくなれば、みそぎ屋はただの廃墟スーパーに戻る。閉店というやつだ。
「神様、次は誰を食べるんですか」
背後から声がした。振り返ると、店の奥から引きこもり気味の高校生・星野翔(17)がひょいと顔を出している。俺の権能を「チートすぎる」と本気で興奮している、数少ない理解者だ。
「誰って、まだ誰も食っちゃいねえよ」
「でも使えるんでしょ、賞味期限操作」
「使えるっちゃ使えるけどな」
試しに、店頭のワゴンから安売りのプリンをひとつ手に取る。
「賞味期限……明日の朝まで、か」
意識を軽く集める。見えないラベルが視界の端に浮かぶ。
【賞味期限:残り十八時間】【値引きシール:貼付可能】
指先でラベルを弾くように、シールを貼った。パッケージの表面がわずかに艶を増す。味が少し良くなった、ような気がする。気のせいかもしれない。
「これ、神様に使っても意味あんのかね」
呟いた瞬間、自動ドアがガラガラと開いた。
入ってきたのは、この町では見ない顔だった。仕立てのいいスーツ、営業スマイルを顔に貼りつけたような男。差し出された名刺には、こう書いてあった。
株式会社エターナル・リテール 神域開発部 主任 天峰悠真
タエさんが小声で耳打ちしてくる。
「神様、あの人……『永遠の繁栄』の下位神だって噂よ。あちこちのチェーン店を丸ごと乗っ取ってるって」
天峰は名刺をこちらに向けたまま、笑顔を崩さずに言った。
「三日後、この一帯を再開発することが決まりまして。誠に残念ですが、みそぎ屋さんには閉店していただくことになります。もちろん、しかるべき補償はご用意いたします」
「補償、ね」
俺はレジから出て、天峰と向き合った。数字の話には強い。ここは慌てず、まず条件を聞くところからだ。
「いくらです」
「時価の一・二倍、というのが本社の提示額になります」
「一・二倍か。土地代だけならそこそこだけど、四十年分の常連客の信用ってのは、金額に乗ってんのか?」
天峰の笑顔が、わずかにこわばった。
「……交渉の余地はございません。これは決定事項ですので」
言い終わるのと同時に、店内の空気がぶわっと揺らいだ。天峰が指を軽く振ると、天井の照明が赤みを帯び、エアコンの室外機が悲鳴じみた音を立てて止まる。じわじわと店内の温度が上がっていくのが分かった。
「これが中堅神の力です。冷蔵ケースの中身から順に、傷んでいきますよ。あなたの権能がどれほどのものか知りませんが、格の差というものをご理解いただければと」
タエさんが額の汗を拭いながら息を呑む。翔が慌てて精肉コーナーに駆け寄り、パックの表面を確認している。
なるほど、直接殴り合う権能じゃない。だが、店の商品を人質に取られたようなもんだ。悠長にはしていられない。
だが――
「一つ聞いていいすか」
「なんでしょう」
「あんたの肩書き、『主任』でしょ。本社勤めで、しかも神域開発部。……その役職、任期あるタイプじゃないんすか」
天峰の目が一瞬泳いだ。図星らしい。
「な……何が言いたいんですか」
「いや、権能を人に振り回す前に、自分の立場に賞味期限がついてないか確認しといたほうがいいと思って。老婆心だけどさ」
軽口のつもりだったが、天峰の顔色が明らかに変わった。本社での立場に、何か触れられたくない事情があるのかもしれない。だが、深追いはしない。今はそれより優先することがある。
俺はワゴンから、さっき値引きシールを貼ったプリンを手に取った。
「天峰さん、せっかく来てくれたんで。これ、試食していきません?」
「は?」
「うちの新商品なんすよ。今日だけの特別価格で」
「試食……ですか」
天峰は一瞬、胡散臭そうにこちらを睨んだ。だが、営業マンの性というやつだろう。差し出された試食品を無下に断るのは、彼のプライドが許さなかったらしい。
「……いただきます。これで満足なら、大人しく帰っていただけますか」
「そりゃもちろん」
天峰はスプーンでひとくち、プリンを口に運んだ。
その瞬間だった。
【試食への同意を確認】【対象:天峰悠真(中堅神)】【賞味期限を強制適用:残り二十四時間】【値引きシール効果:全能力マイナス四十パーセント】
天峰の顔から、みるみる血の気が引いていく。
「な……体が……」
「試食って、自分の意思で口にするものでしょ。誰にも強制されてない。あんたは今、自分の意思で俺の権能に同意したんすよ」
「そんな……こんな商習慣ひとつで――」
「ひとつで十分なんすよ、こっちは。あんたが店ごと蒸し焼きにしようとしたのと、狙ってることは変わらない。ただ俺のほうが、ちょっとだけ礼儀正しいだけで」
天峰は膝から崩れ落ちかけ、それでも最後の抵抗とばかりに、俺に向かって手をかざした。何か権能を発動しようとしたのだろう。だが、指先が震えるだけで、何も起こらなかった。四割減の力では、格上どころか、格下相手にすら碌な真似はできない。
「これが……こんな下級の権能に……」
「賞味期限、なめないほうがいいっすよ」
俺はにっこり笑った。
「安心してください。まだ消費期限には変えてませんから」
天峰は何かを言いかけ、結局言葉にならないまま、逃げるように店を飛び出していった。自動ドアが閉まる音に重なって、ラジカセの演歌がやけに重々しく響く。
「……神様、すごい」
翔が興奮気味に言った。タエさんは額の汗を袖で拭いながら、ほっとした顔をしている。店内の空気も、天峰が去った瞬間にすっと涼しさを取り戻していた。エアコンの室外機も、何事もなかったかのように静かに回り出す。
閉店三日前。弱小神の反撃が、今始まったばかりだった。
俺は店の奥、ちょうど創業者の写真が飾ってある棚のそばまで戻ると、レジ横に置いてある古い電卓を叩いた。
【本日の売上:三千二百円(前日比プラス十二パーセント)】
【本日の客数:四名】
【特売効果:中堅神一柱を見切り品化】
「……三日後までに、あと何人食わせりゃいいんだろうな」
誰に言うでもなく呟いて、俺はもう一度、売上帳に向き直った。
後書き
「賞味期限の神様」初回いかがでしたでしょうか! AIを使用して作成しましたが、私自身読んでいて楽しめたのが、いい意味で驚きでした。
これからの「みそぎ屋」の発展と存続(結構怪しい……)を見守っていただければと思います。次回は強引な「閉店セール(20日目)」の最中、新たなる刺客が登場します。プリンだけじゃ倒せないかも……読んで気に入っていただけたら、☆をいただけると励みになります。どうぞよろしくお願いします!
この話はいかがでしたか?
この作品を評価する