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第一部 地域ローカルスーパー(下級神)編 / 第14話
異変に気づいたのは、開店直後だった。
「神様、このお豆腐、値引きの日よね?」
タエさんに言われて、俺はいつも通り、閉店間際まで残りそうな豆腐に半額シールを貼ろうとした。指先に神力を集めて、ラベルを呼んで、ぺたり。
【値引きシール:半◆■?%】
……なんだこれ。
シールの表示が、砂嵐みたいに化けていた。半額のはずの数字が「4◆%」になったり「1■2%」になったり――百十二パーセント引きって何だ。客に金を配る気か。慌てて剥がすと、豆腐は無事だったが、視界のラベル全体に、ざらざらとノイズが走っていた。
「タエさん、すみません。今日、値引き系全部ちょっと待ってください。権能の調子が」
「あら、神様も肩こりみたいなのがあるの」
「肩こりなら揉めば治るんですけどね……」
これは、そういうんじゃない。権能の出力そのものじゃなく、「表示」の部分だけが狂ってる。こんな症状は転生以来、初めてだった。
原因は、昼過ぎに、向こうから歩いてきた。
「あー、繋がってる繋がってる。やっぱり現地の方が電波いいっすねー」
ノートパソコンを開いたまま歩くという器用な男が、自動ドアから入ってきた。よれたパーカーに、社員証ストラップ。首から下げたそれには、見慣れたロゴと「情報システム部 鯖井」とあった。
「どうも、エターナル・リテール情シスの鯖井でーす。あ、お構いなく。もう作業ほぼ終わってるんで」
「……作業?」
「神域DXっすよ、神域DX」
鯖井は、パソコンの画面をくるりとこちらに向けた。見たこともないグラフと、うちの店の間取り図らしきものが表示されていた。
「知ってます? 権能ってのも、突き詰めれば信号なんすよ。発動、伝達、表示。おたくの『値引きシール』も、発行から効力発生までの間に、ちゃーんと伝送プロセスがある。で、うちの権能は電子と電波の支配。おたくの発動系統に、相乗りさせてもらいました。今朝から表示バグってたでしょ? あれ、ボクのジャミングっす」
【対象:鯖井(下位神・電脳系)】【賞味期限:残り∞】【操作:可能――ただし通信不良】
ラベルの右下に「通信不良」と出た。ふざけた話だが、権能の照準まで甘くなっているらしい。こいつに触れてシールを貼りに行っても、この状態じゃ、半額のつもりが「4◆%」を貼りかねない。
「本社もね、学んだんすよ。神格で殴っても負ける。人間の顧問を送っても負ける。なら、殴らなきゃいいじゃんって。権能の発動基盤ごと乗っ取れば、あなたはただの、賞味期限がよく視える店主だ。……で、最後の仕上げに、基幹システムへのルート権限が要るんすよね」
鯖井はパソコンを小脇に抱え、店の心臓部――レジカウンターに、つかつかと歩み寄った。
「店舗の基幹システムってのは、どこの店でもレジっす。POSデータ、売上、在庫。ここを取れば、信仰力=売上のおたくは全部終わり。それじゃ、失礼して――」
そして鯖井は、うちのレジの前で、固まった。
「……あの。これ、どこにUSBポートあります?」
「ないです」
「じゃ、LANケーブル」
「ないです」
「Wi-Fi……はさっきから飛んでないのは分かってたんすけど、Bluetoothとか」
「ないです。それ、手打ち式なんで」
「手打ち……?」
「昭和五十六年製。電源は要りません。ドロワーはバネです。打鍵が渋い日は油を差します」
鯖井は、しばらく無言でレジを見つめていた。画面のない、通信機能のない、インターネットの概念より年上の、鉄の塊を。彼のパソコンが健気に周囲をスキャンし続けているのが、開きっぱなしの画面から見えた。接続可能なデバイス:0件。
「う、嘘でしょ……この規模の店舗で、基幹系が完全スタンドアロン……いや、スタンドアロン以前だ、そもそも電気が通ってない……ルートが、ルートが存在しない……」
「最新技術って、古すぎるものには勝てないんですね。初めて知りました」
「くっ……いい、なら物理だ! 物理アクセス! レジ本体の鍵さえ開ければ、中の記録から権能の紐付けが――って、鍵穴!? 今どき物理キー!? 鍵、鍵はどこっすか!」
「俺の首から下がってます。取れるもんなら」
「〜〜〜っ、じゃあ最悪、ジャミング全開で権能ごと黙らせて……!」
鯖井がパソコンに指を走らせた、そのときだった。
ちん。
と、レジが鳴った。
誰も触っていないのに、手打ちレジのドロワーが、ばこん、と開いた。そして、その中から――白い何かが、ぴょこんと顔を出した。
一言でいうと、招き猫だった。ただし、手のひらサイズで、動いて、喋った。
「――はい、そこまで! 進入禁止、接続禁止、とにかく禁止! ボクの体に、勝手に触らないでくれる!?」
「「……は?」」
俺と鯖井の声が揃った。招き猫(?)は、ドロワーの縁にちょこんと立って、小さい前足を、びしっと鯖井に向けた。
「さっきから、ぺたぺたぺたぺた署名のない信号でボクのご主人の権能に相乗りして! あのね、レジっていうのはね、お金と信用を預かる箱なの! 署名のない取引は、ぜーんぶ、エラーで弾く! それがレジの魂!」
「な、なんだお前……その端末、スタンドアロンのはず……いや、端末? 付喪神? は? AI?」
「ボクはKira! このレジに宿って四十年、みそぎ屋の会計の守り神! ……になる予定の、招き猫系レジ付喪神! 最近ご主人の神力が増えたおかげで、やーっと実体化できたのに、目覚めの第一印象が不正アクセスとか、最悪なんですけど!?」
Kiraと名乗った招き猫が、前足をくいっと招く形に振った。
瞬間、鯖井のパソコンの画面が、真っ赤になった。見たこともないエラーダイアログが、無限に増殖していく。【取引エラー】【署名がありません】【お会計をやり直してください】【いらっしゃいませ】【いらっしゃいませ】【いらっしゃいませ】
「ぎゃあああ!? 何だこれ、プロセスが、全部『会計待ち』に飲まれて……ボクのジャミングが、レジ打ちの音に上書きされる!?」
「お客様の信号、ぜーんぶお預かりしましたー。ご返金は、いたしませーん」
ノイズが、消えた。視界のラベルが、すっと澄んだ。権能の表示が戻っている。俺は試しに、さっきの豆腐に半額シールを貼った。ぴったり半額。誤差ゼロ。
「さて、と」
俺は、腰を抜かしてへたり込んでいる鯖井のそばに、しゃがんだ。
「不正アクセスは、現行犯なんですよね。しかもさっき、ご自分で全部説明してくれましたし。相乗り、ジャミング、乗っ取り計画。……ちなみにあの防犯カメラ、映像は録れてませんけど、音はばっちり録れてるんですよ。古いんで」
「うちに来る前に、届いてますよ。通報が」
タイミングよく、自動ドアが開いた。手帳を持った葵が立っていた。今日は八分もかかっていない。
「電波妨害の苦情が、周辺住民から三件、市に入っています。それと、権能の発動基盤への無断接続は、神域活動指針違反。加えて、人間側の法律にも不正アクセス禁止法というものがあります。神格に適用された前例は――作ればあります。第一号になりますか?」
鯖井は、パソコンを抱えて、無言で立ち上がり、無言で一礼し、無言で走って帰っていった。情シスの人は、引き際の判断が早くて助かる。
◇
「――というわけで! あらためて、Kiraです! よろしくね、ご主人!」
閉店後。レジの上にちょこんと座った招き猫に、俺たちは今日何度目かの「はあ」を返していた。タエさんはもう普通に受け入れて、Kiraに煮干しを供えている(食うのか?)。翔は目を輝かせて写真を撮りまくっている。
「四十年宿ってたって、じゃあ、大将の代から?」
「そうだよ! 先代の打鍵、良い音だったなー。ご主人のはまだ二流。小指が甘い」
「レジに打鍵を採点されてる……」
まあ、悪いことばかりじゃない。こいつ、会計は本職だ。試しに今日の締めを任せてみたら、俺が電卓で五分かかる集計を、ドロワーが開く一瞬で終わらせた。
「じゃ、本日の会計報告、いっくよー!」
【本日の売上:五万七千四百円(前日比プラス五パーセント)】
【本日の客数:三十八名】
【本日の被害:権能表示の一時障害(復旧済み・原因はレジが排除)】
【特売効果:情シス一柱、通報と録音により自主退社……じゃなくて自主退店】
【新規メンバー:Kira(レジ付喪神・会計担当)。人件費:煮干し】
「――以上! ね、ボク有能でしょ! ところでご主人、明日ボクを外に連れてって! 四十年ここから動いてないの! 商店街見たい! 海見たい! 空港見たい!」
「レジが店から出てどうすんだよ。お前がいなきゃ会計できないだろ」
「えー!? じゃあポケットに入るサイズになるから! ねえってば! ご主人! ご・しゅ・じ・ん!」
……こうして、みそぎ屋のレジ横には、新しい貼り紙が一枚増えた。手書きで、二枚目。
『くーちゃんにお酒を飲ませちゃいけません(戒め)』
『Kiraを勝手に外に出さない(NEW)』
新装開店準備セール、二十一日目。本日も、無事閉店せず。……ただし本日より、閉店作業がうるさい。
後書き
「Kiraはレジの妖精」お読みいただきありがとうございました。最新技術は古すぎるものに勝てない。実話です(実家のレジを思い出しながら書きました)。
次回は日常回。道後温泉と、みかんジュースが出てくる蛇口の話です。蛇口は実在します。愛媛はいいぞ。
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