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第25話 / 全29話
私は、瓦礫の山を跳ね除け、血と泥に塗れた巨体を無理矢理に起こした。血走った眼球で前方を睨みつけ――息を呑んだ。
奴の頭蓋を締め付け、その狂暴な魂を飼い慣らしていたはずの黄金の輪が、無い。主であったあの女法師が事切れたことで、忌々しい拘束と力の抑制が完全に解け落ちていたのだ。そこに居るのは、かつての兄弟分の姿ではない。力の抑制から完全に解き放たれ、本来の、いやそれ以上の暴威を纏った一匹の死神であった。
(あの女の言った通りだったか)
私は、自分の予断を呪った。
奴が金色の閃光を振るう。極限まで圧縮された如意金箍棒の質量が大気を叩き割り、鳴動とともに私に迫る。私が迎え撃つべく繰り出した渾身の剛腕は、触れた瞬間に抵抗する間もなく、骨ごと、肉ごと、木っ端微塵に粉砕された。
鮮血が空に弾け、私の皮膚が裂け、分厚い肉が削ぎ落とされる。その生々しい傷口から噴き出したのは、ただの血ではない。私が五百年間、喰らい、弄び、絶望の底へと叩き落としてきた無数の人間たちの、粘りつくような黒い瘴気だった。己が他者に与え続けてきた激痛と恐怖が、怨嗟の泥となってそっくりそのまま自身の神経へと逆流し、内側から私の魂を引き裂いていく。
(お、のれ……狂猿……! 我が……我がいかにしてこの力を保ってきたと……!)
私は崩れ落ち、自らの血煙が立ち昇る冷たい石畳を、残された爪で狂ったように掻き毟った。奴は何も語らない。ただ冷酷な金の瞳で私を見下ろし、無慈悲な追撃を放つ。重い一撃が私の誇りであった片角を根元からへし折り、返す刀でもう一方の肩を紙細工のように砕き割った。
全身の皮膚を剥がれ、己の撒いた絶望の毒に内臓を焼かれながら、私はどろりとした血の海へと無様に膝をつくしかなかった。
(……死ねぬ……! 我が死ねば……あの子らはどうなる……ッ!)
薄れゆく視界の奥底から、かつて愛した陽だまりの光景が鮮明に浮かび上がる。
微細な水泡に焼かれ、泣き叫ぶ我が子の悲鳴。それに付き添う妻の薄い手。
(我が絶望を運ばねば……誰があの子の肌を焼く業火の泡を消すのだ…… 誰があの子の痛みを……あの子の命を、明日へと繋ぐのだッ!)
私は、喉の奥から魂を搾り出すような、見苦しい絶叫を上げた。
「私は死ぬわけにはいかぬッ...! 何のため、今まで地獄で生きてきたと……! 頼む、待て、私を殺せば、あの子が……!」
修羅の王の矜持を捨てた哀願すら混じった切実な叫びは、虚しく空間に響き渡る。
だが、眼前に立つ狂猿の瞳には、一欠片の憐憫も、理解の兆しもなかった。
「知るかよ」
氷のように冷たい、無関心な声が落ちた。
「てめぇの地獄は、てめぇで背負ってくたばりな」
次の瞬間、圧倒的な質量を伴った如意金箍棒が、風を裂き、私の喉笛を深々と貫き通した。
硬質な鉄の冷たさが頸椎を砕き、命の管を完全に断ち切る。
私の瞳から、最後の光が急速に失われていく。
-これで、愛する妻子は永遠に救われなくなる。あの子は痛みに泣き叫んだまま、永遠に―
私は、特大の絶望をその身に抱いたまま、自らの血の海に染まる瓦礫の石畳へと、永遠に崩れ落ちた。
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