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第12話 / 全29話
玄奘と悟空は、村の中心から少し離れた、長老の住居に招き入れられた。その家は、村の他の家屋に比べれば多少大きいものの、内壁は煤けて剥がれ落ち、調度品は埃まみれで、長年にわたる困窮と諦めが染みついていた。部屋の隅には、使い古された仏具が寂しげに置かれており、牛魔王の支配下においても、信仰だけが辛うじて残されているのが見て取れた。
「平天大聖様の支配は、筆舌に尽くしがたいものでございます、お二方様」
長老は、床を見つめながら、途切れ途切れに語り始めた。
「平天大聖様は毎年、収穫の七割を力ずくで奪ってまいります。しかしながら、それだけでは飽き足らぬ。最も残虐なのは、生贄の決め方でございます。奴はまず、村の若く美しい娘たちを弄び、汚名を着せ、生きる希望を奪い去る。そして、その弄ばれた娘を、村人全員で祭壇に縛り付け、自らの手で捧げさせることが、この村の『掟』となっておるのです。」
長老は顔を覆った。
「逆らう者はおりません。抵抗した者は連行され、生きて帰ってくることはありません。平天大聖様は、その亡骸を、男と女の区別なく凌辱の限りを尽くした後に、村の入り口に晒しものにするのです。我々は飢えと恐怖だけでなく、屈辱と、互いを疑う心に蝕まれています」
悟空は、その能天気な表情を完全に消し、金色の瞳を鋭く細めた。
「ヘッ。くだらねえ。ただの牛のくせに、相変わらず弱ェ人間どもを弄んでやがる」
玄奘は静かに茶碗を置き、冷たい目で長老を見据えた。
「わかりました。その支配の残虐さは、よく理解できました。牛魔王の目的は、単なる食糧でも生贄でもない。あなた方の『絶望』そのものです」
「お、お方…… しかし、平天大聖様は、日の出までに必ずやって来られます。もし、あの娘がいなければ……この村は鬼の餌食となるでしょう」
玄奘は立ち上がると、毅然とした態度で告げた。
「その娘の代わりに、私が祭壇に立ちましょう」
「おい、あんた!何を言ってるんだ!」
「猿! 黙れ。これは、呪いを避けるための最善の策だ。貴様には関係ない」
言葉にした途端、玄奘の胸の奥で小さな痛みが灯った。
「ふざけんな!あんたを奴に喰わせるなんざ、俺が絶対に許さねぇ!あんたは、俺様のものだ!」
悟空が立ち上がり吠える。その殺気は、今にも目の前の長老だけでなく、屋敷の周りを取り囲む村人をも瞬時に殺めてしまうのではと感じるほどのものであった。
「猿! !」
玄奘は、もはや問答無用とばかりに、右手を悟空の額へと力強くかざした。
瞬間、悟空の頭の金色の輪が、地獄の業火のように光を放ち、凄まじい力で締め上げられた。
「う、がぁっ……!?」
金剛不壊の肉体が軋む音が響き、悟空は激痛に顔を歪ませ、両手で頭を抱えてその場に倒れ込んだ。彼の頭蓋骨は本当にミシミシと音を立てて軋み、瞳は白目を剥き、口元からは唾液と混じった泡が噴き出し、手足は細かく痙攣さえ始まっている。
玄奘は、苦悶する弟子の姿を、一切の感情を交えず、冷たく見下ろしたまま、小さく言い放った。
「二度と、私の決めた道に口を出すな」
悟空は、痛みの奥で、玄奘の声だけをやけに鮮明に感じていた。
長老が、顔を上げた。目の前の美しい法師が放つ、死人のような冷徹な空気に、言葉を詰まらせる。
「し、しかし……本当に、よろしいのですか…」
「拒めば明日にも村は滅ぶ。しかし、愛する者をその手で差し出すのはあまりにも辛かろう。違うか?」
玄奘の言葉は鋭利な刃物のように、長老の迷いを断ち切った。長老はその場に膝をつき、皺だらけの手で顔を覆い、慟哭した。
「ああ、お坊様……! なんとお礼を申せばよいか……。お察しの通り、あの娘は、流行り病で死んだ息子の、たった一人の忘れ形見なのです。それを、この老いぼれの手で祭壇へ送らねばならぬ地獄から、あなたが救ってくださった……!」
感謝と懺悔が混じった涙が、土間の埃を濡らしていく。だが、玄奘はそれすら冷ややかに見下ろすと、懐から一枚の地図を取り出し、静かに告げた。
「感謝は無用。その代わり、私の支度が整うまでの間、村の男たちをすべて集めてください。仕事があります」
「仕事、でございますか? この期に及んで……」
「ええ。急ぎなさい」
村の男たちが集められると、玄奘は窓の外を指差し仕事の内容を伝えた。
その命令の真意を、男たちは知る由もなかった。彼らはただ、法師の鬼気迫る命令に従い、闇夜へと散っていった。
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