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倉庫脱出編 / 第18話
『01より04 応答せよ』
八代からの衛星無線が唐突に耳に届いた。
仙川は反射的に左手を耳のイヤーパッドにかけた。
「こちら04、感明よし!どうぞ」
『周辺状況はどうか』
「状況異常なし。任務続行の是非を問う」
『了解した。任務続行せよ。但し敵遭遇時は直ちに撤退、いいな」
「04了解。任務再開。移動します」
短い通信の後、仙川は背伸びをした。
「さて、行くよ。佐倉くん、宜しくね」
「はい。お願いします」
仙川はアクセルを踏み、ゆっくりと車両は走り出した。
車が1台も走っていない、広い片側2車線の道路を暫く進む。
道路の両脇の林を抜け、住宅街の街並みが見えてきた。
「住宅地に入ったけど、人気はないわね」
「仙川さん、その先の信号、右に入ってください」
「了解」
偵察車両は交差点を右折し、ゆるやかな坂道に入った。
片側1車線の道路だが、路幅は広く取られており、坂に沿って段々畑のように住宅が建ち並んでいる。
たが、かつての美しい街並みはそこにはない。
今は、巨大な獣の群れが無差別に蹂躙したようなひどい有様だった。
路傍にはミニバンや軽自動車が無惨に転がり、車のガラスはことごとく粉砕。
車内からチャイルドシートや買い物袋が引きずり出されて路上に散乱する有り様。
路上には無数の引っ掻いたような傷跡と、ちぎれた衣服の切れ端や黒ずんで滲んだ血の跡が点々と坂の上へ向かって続いていた。
かつてはいくつもの世帯が暮らしていた家々。
門扉や玄関扉は引き裂かれ強引に押し通ったような跡が残り、部屋の窓はことごとく無惨に破られている。
その中で、引き裂かれたカーテンが無造作に風に揺られている。
屋根瓦は所々剥げ落ち、巨大な何かの群れが残した爪痕がいくつも残されていた。
「ひどいわね」
「そうですね・・・あ・・・」
カイは小さく声を上げ、目を背けた。
通り過ぎようとしていた潰れたミニバンの中に、大きな黒い塊があった。
塊は、血で黒く汚れた、人と思われる亡骸だった。
ほぼ人には見えなかったが、手足のような一部が見えたことで、初めてそれが人であったと判った。
「嫌なもの見ちゃったね、大丈夫?吐きそう?」
仙川がカイを見ると、前かがみになり、口を手で抑え必死に首を横に振っている。
坂を上り切る手前で、仙川は車を停めた。
カイはシートベルトを外し車外に飛び出すと、アスファルトの上に這いつくばって路上にぶちまけた。
アスファルトが熱を帯びて、ついた膝や掌が痛いほどだった。
それでも逆流は止まらず、胃液が鼻にまで上がってくる。
あまりの息苦しさから涙が溢れた。
仙川はマスクを付けて運転席から降りると、後部席から銃と背嚢を取り出して担ぎ、ゆっくりとカイに近付いた。
外はいつのまにか晴れ間が広がり、熱かった。
この時期なら湿気を含んだ不快な蒸し暑さのはずだが、路面は渇き、空気も乾いている。
仙川はカイの傍で片膝をつき、カイの背中をゆっくりと摩った。
「我慢せず全部吐いちゃって。その方が楽になるから」
温かい手の感触がカイの背中で上下に動くのを感じる。
胃の中が空になってもなお嘔吐き続けていたが、だんだんと楽になってきた。
「ちょっと待って」
仙川は背嚢を下ろし、中をごそごそと探った。
背嚢から取り出されたのは、初めて倉庫で遭遇したときと同じウェットティッシュだった。
仙川は中から1枚つまみ出すと、アルミパウチごとカイに差し出した。
「ほら、これで顔拭いて」
カイはその1枚をつまんで受け取り、汚れた口元や鼻を拭いた。
アルミパウチの包装には「メイク落としシート」を書かれていた。
「ウェットティッシュじゃないんですね」
「はぁ?ウェットティッシュで顔拭いたら肌痛めるよ?」
仙川は呆れた声でカイを見た。
マスクでほぼ顔全体を覆っているせいか、表情は判らない。
「すいません、メイク落とし」
「あー気にしないで、これドーラン落とす仕事用。百均だし」
メイク落としを背嚢にしまうと、今度はオリーブ色のタオルを取り出した。
「すっきりした?はい、これ。使ったタオルは返さなくていいから」
仙川はそう言うと背嚢を掴んで立ち上がった。
両膝をついていたカイも立ち上がったが、乾いた熱い空気に少し眩暈がした。
いつの間にか雲は去り、青々とした空に照り付ける太陽が見えていた。
「大丈夫?」
「はい」
「異常なほど暑いわね。中に戻ろう」
ふたりは再び、前へと進み始めた。
坂を上りきった交差点を左に曲がり、3階建てのアパートが立ち並ぶ団地の一角に出た。
誰もいない団地は、まるで時間が止まっているかのようだった。
昨日までは何十世帯もの家族の営み、生活の匂い、活発な子供の声が響いていたはずの空間。
今は全てのバルコニーの窓が抉られ、まるで巣穴という巣穴から獲物を根こそぎ奪いとったような有様。
そんな中を、そろそろと1台の偵察車両が進んでいく。
住宅街を抜けたところに小さなコンビニがあったが、ガラス張りのファサードは完全に押し破られ、レジ袋や雑誌、スナック菓子は床一面に散乱し、踏み荒らされていた。
コンビニ横の駐車場は何台ものセダンタイプの自動車がまるで何かの大群に何度も踏み潰されたように潰れ、たくさんのガラス片、金属片が散乱していた。
カイは見なくないものを見ないでいいように、まっすぐ前だけを見つめていた。
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