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物流倉庫編 / 第13話
6:00 カイのスマホからいつもの目覚ましアラームが鳴り響いた。
厨房で仕込みをしていた女将さんが、何事かと慌てて音のする方へ小走りで駆け寄った。
「あらあら、あらあら・・・どうやって切るんかね、これ」
カウンターの上に置かれていた、カイのスマホ。
バイブレーションに併せて、上に乗せられたペットボトルの光がぶるぶると震えていた。
女将さんはカイのスマホを拾い上げたが、アラームを解除できずあたふたしていた。
食堂のテーブルで突っ伏していた楓がむっくり起き上がり、不機嫌そうな表情で女将さんにつかつかと歩み寄ると、スマホを受け取ってロックボタンを押し、アラームを止めた。
楓の左耳に掛けられているイヤーフック型レシーバーに通信が入った。
『01より02、今のはなんだ?送れ』
楓は不機嫌そうにスマホをカウンターの上に置いて、塞いだ窓から漏れる明るさを見ながら無線に答えた。
「こひら02、誰かのスマフォォ・・・アラーム鳴っただけや」
大きなあくびをしたついでに、背伸びをして、両肩を交互に動かして身体をほぐした。
『01了解。起こされたついでに交代よろしく。終わり』
「ありがとね、コーヒー淹れよか?」
女将さんはそう言いながらもう手元ではカップにコーヒーを注いでいる。
「おおきに。飲んだら隊長と交代してくるね~」
コーヒーカップを受け取り、ひと口だけ飲んで近くの席に腰掛けた。
「朝ごはんはええ?おむすびとお味噌汁じゃけど」
「うーん、今はええかな。すぐ待機やし。ごめんなさい。」
「じゃあこれもってき、飴ちゃんな」
女将さんはカウンターの空のお盆の上に、セロファンで包まれた飴玉をコロコロと3つ並べた。女将特製のあまじょっぱい蜂蜜入り甘露飴だ。
「おおきに~」
楓は厨房の中でてきぱきと動いている女将さんの姿を眺めながら、ゆっくりとコーヒーを味わった。
(次にゆっくりコーヒーを愉しむのはいつになるやろね)
——カイは、遠くで聞きなれたアラームの音が鳴り響いているのに気付いて飛び起きた。
ああそうか、下でランタンになってるんだった、と脱いでいたスニーカーに足を突っ込み、かかとを直してしっかりと履きなおした。
すっかり明るくなった窓の外を見ると、昨夜からの大雨は小雨になっていた。
すぐ目の前には、会社の事務所ビルが建っている。
部屋に備え付けのユニットバスの洗面台で顔を洗い、乱れた髪を整え、手早く身支度を整えると、ソファテーブルの上のアロマキャンドルの火を消して部屋を出た。
——同じ時、徳川は既に事務所ビルの1階に居た。
正面玄関の自動ドアは閉まったままだったが、裏手にあった従業員用扉は鍵が開いていた。
薄暗い廊下を壁伝いに進み、正面玄関前の応接スペースまで来ると、受付カウンターの向こうの事務所エリア一番奥の上座席となっている支店長席に向かった。
この会社の支店長とは顔馴染みで、何度も接待で一緒に呑んだ。
宴席での話で、鍵をよく置き忘れたりして失くすので、スペアキーをいつも机の引き出しの中に入れている、なんて笑い話をしたものだった。
支店長の机の引き出しには、鍵が差しっぱなしになっていた。
鍵が差しっぱなしの引き出しを開けると、沢山の鍵がついた鍵束があった。
持ち上げると、キーホルダー代わりにICカードの入ったカードキーホルダーがぶら下がり、キーリングにはタグの付いた鍵がいくつもぶら下がっていた。
徳川は鍵についたタグをひとつづつ確認し始めた。
・・・「外周門(表)」「裏手門扉」「駐車場門扉」「会議室A」「会議室B」「応接室A」「応接室B」「役員室」「金庫室」「サーバーラック」「流通倉庫A」「冷蔵倉庫B」「冷凍倉庫C」「丸菱倉庫」「食堂棟」「休憩室マスター」『非常用発電機』・・・
(あった・・・)
最後に、カードキーケースの中身を確認した。
白いICカードに貼られたラベルには『防衛省納品庫』とあった。
(支店長、あなたのおかげで助かりそうです。ありがとう)
——96MEで待機していた八代の無線に、楓からの通信が入った。
『02より01、戻りました。隊長~女将さんが朝ごはん食べに来いって~』
「ふぃ~メシかぁ~昨日のもウマかったなぁ。戴くか~」
念のため、サーマルカメラで対象をチェックする。
対象の黒い塊は相変わらず周囲に水蒸気を立てながら、熱を帯びていた。
しかし、一向に動く気配がなく、ただ塊の内部で熱の循環を示すゆらめきだけが動いている。
生物であれば呼吸のような上下運動でもありそうだが、熱のゆらめきだけで、黒い外殻はまったく動いていない。
「01より02、敵勢力に変化なし。監視ヨロ。飯食ってくる。終わり」
通信を切り、バイザーを上げると、八代はパイロットシートの側面にある開閉レバーのロックを外し、引いた。
プシュっと圧力が抜け、正面のコクピットハッチがせり上がると同時に、コクピットシートごと前方にスライドしていく。
シート前面のコンソールパネルが少しせり上がり、パイロットスーツの背中にあるバックパックとシートを固定していたロックが外れると、身体が自由になった。
ほとんど黒に近い濃いめのオリーブドラブにペイントされた、八代の96ME1番機は、倉庫前に停車したキャリアの後方で片膝をつき、降着姿勢のまま待機していた。
外の雨は小雨になっているものの、胴体前面にせり出したパイロットシートと前面コンソールは、降りこんできた雨で無数の小さな雨粒をつけ始めていた。
八代はせり出したシートに足をかけ胸部のフックを掴むと、膝をついた左脚の大腿部に降り立ち、そのまま水たまりのできたアスファルトに飛び降りた。
着地で跳ねた雨水を気にすることなく、八代は左耳につけたイヤーフック型レシーバーのスイッチを押し、何かコードのような言葉を呟くと、パイロットシートが奥にスライドしていくのに同調してコクピットハッチが静かに閉まっていった。
ハッチが完全に閉じたとき、八代の耳には落ち着いた男性の声で、
(待機モードに移行します)
というAIからの音声が届いていた。
八代は、片膝をついた全高約6mの鋼鉄の巨人の頭部へ向かって片手を挙げ、「よろしく」と呟いて倉庫の方へ小走りに走って行った。
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