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物流倉庫編 / 第14話
「おはようございます」
——カイは食堂に降りてくると、テーブルでコーヒーを飲む楓の姿を見つけた。
「おはよ。早起きなんやね」
楓はコーヒーカップをテーブルのソーサーの上に戻すと、カウンターの隅に置かれたカイのスマホを指差した。
「あ・・・すみませんでした。うるさかったでしょ」
カイは自分のスマホが置かれたカウンターに足早に進み、ペットボトルの下のスマホを手に取ると、カウンターの向こうで食器の準備をしている女将さんと目が合った。
「おはようございます。コーヒーでも飲まんかね?」
女将さんは食器を並べながらカイに微笑んだ。
「あぁ、いえ、お水・・・頂きます」
と、カウンターに置いてあった昨日のミント入り冷水の入ったピッチャーを持ち上げ、きれいに並べられていたグラスのひとつに注いだ。
「びっくりしたわ、もう~。ええ目覚ましになったわ」
楓は椅子にふんぞりかえりながら、隣の椅子に手をかけ、足を組みなおした。
その言葉には迷惑そうな語気はなく、どちらかといえばからかっている口調だった。
「あぁあ、すみません」
カイはグラスの水をこぼしそうになりながら、楓の向かい側に腰掛けた。
「・・・おはようございますぅ・・・」
2階につながる階段の方から、様子を伺う顔を覗かせながら上田が降りてきた。
「あぁ、おはよ。イケメン君」
「あら、早いねぇ、コーヒー飲む?」
楓と女将さんが挨拶を重ねる。
カイはグラスの水をごくっと飲んでから、振り向いて
「おはようございます」
とワンテンポ遅れて挨拶した。
「他の皆さんは?」
「他の自衛隊さん達はまだ外みたいじゃね、はい、コーヒー」
「ありがとうございますぅ」
そんな女将さんと上田のやりとりを聞き流しながら、カイは楓の方を見た。
「さて・・・ほなぼちぼち・・・」
コーヒーを飲み干して、楓はカップとソーサーを持ってゆっくりと立ち上がり、同じようにコーヒーを持つ上田と入れ替わるようにカウンターの女将さんへ空いたコーヒーカップとソーサーを返した。
「女将さん、ごちそうさまでした」
「いーえのんた」
「うちと入れ替わりに隊長来ると思うから」
「そうかね、ほいじゃそろそろ仕上げるか」
女将さんはパタパタを調理鍋の方に歩いて行った。
「ほな、失礼します」
楓は女将さんの後ろ姿に声をかけて、食堂を出て行った。
女将さんは白い割烹着の下、臙脂色(えんじいろ)の作務衣の襟元を整え、大きなコンロの前で屈んだ。
調理鍋が乗ったコンロのガス栓のツマミをひねり、先が細長く加工された着火用ライターで火を点けた。
勢いよく点いた青い炎を弱火に調整し、隣の空いているコンロに水を張ったフライパンを置いて、同じように着火した。
火加減を確認した後、足袋の下の履き慣れた草履からパタパタと小さな音を立てて銀色の大きな冷蔵庫に向かうと、両開きの扉を片方だけ開けた。
冷蔵庫には電源が入っていないが、その大きさ故か、まだほんのり冷気を保っている。
その中からラップに覆われたバットとタッパーを取り出し、調理台の上に置いた。
バットの中は三角に握られたおむすびがきれいに並べられており、タッパーの中には明るい黄土色をした麦味噌が、なめらかな光沢を湛えていた。
タッパーから麦味噌をしゃもじを使って掬い、ボウルに入れる。
しゃもじに残った麦味噌を手の甲に少し付けて、味見をする。
そこに蜂蜜、水、料理酒を適量入れ、しゃもじでよく練り伸ばしていく。
——女将さん特製「味噌だれ」の完成だ。
「味噌だれ」が出来た頃には、フライパンの中のお湯が沸騰しはじめた。
女将さんは竹で編まれたせいろを取り出すと、中にクッキングシートを敷き、その上に冷えて固くなっているおむすびを置いていった。
次に、せいろの上に布巾をかけて蓋をすると、ぐつぐつ音を立てるフライパンの上に置き、蒸し始めた。
隣の調理鍋では、さいの目に切られた豆腐とわかめがお出汁の中でふつふつと揺らいでいる。
女将さんは小皿に出汁を掬って味をみると、お玉にほんの少し醤油を落として出汁に混ぜ入れた。
次に先ほどのタッパーから麦味噌を目分量でお玉で掬い、調理鍋にゆっくり少しずつ溶かし、ひと煮立ちするまでコトコト煮込む・・・
——調理鍋の中から、香ばしい味噌の香りが立ち昇ってきた。
煮立ちすぎないようにさらに弱火に調整し、暫く様子を見る。
そして、隣のせいろから蒸気を漏らし始めたのを見定めてから、コンロの火を止めた。
女将さんは鍋掴みをつけると、せいろを抱えて調理台に移し、フライパンのお湯をシンクに捨て、せいろの蓋を開けた。
閉じ込められていた蒸気がふわっと立ち昇った途端、辺りに「炊き立てのごはん」の良い匂いが広がった。
女将さんは蒸しあがったおむすびを空いているバットに慎重に移すと、先ほど練った味噌だれをスプーンで掬い、適度な粘りととろみを確認すると、ふっくらとしたおむすびの表面に塗っていった。
一度に焼けそうな数のおむすびに味噌だれを塗り終えると、先ほどから火にかけたままのフライパンへ、味噌だれの面を下にして置いていく。
”じゅぅぅ”という音と共に、味噌の焦げる甘く香ばしい臭いが立ち昇ってきた。
焦げないように様子を見極め、さっとフライパンから上げ、皿に乗せていく・・・
いつの間にか、テーブルに座っていたはずのカイと上田が、カウンター越しに立っていた。
どうやら、お味噌汁の香りと先ほどの炊き立てご飯、味噌が焦げる香ばしい音と匂いに惹き寄せられたようだった。
二人は、今にも香ばしい「味噌焼きおすむび」に手を伸ばしそうな勢いだった。
「お兄さんたち、そろそろ出来上がるけぇ、サヤちゃんとあっくんの様子見てきてくれんかね?」
今にもつまみ食いしそうな二人を静止して、残りの焼きおむすびの調理を再開した。
味噌が焼ける音と香ばしい香り。
二人は名残惜しそうに振り返りながら、2階へと上がって行った。
——女将さんの朝食の準備が整った頃、2階から上田、カイ、紗綾とアキラが降りてきた。
すっかり明るくなってきた朝の光が、塞がれた窓の隙間から差し込んで食堂を照らした。
さっきまで散らかって雑然としていた(と思っていた)食堂が、きれいに片付けられていた。
流石に割れた窓を塞いだテーブルはそのままだったが、足元に散らばっていたガラスの破片や塵などはきれいに片付けられていた。
女将さんは起きた後、朝食の準備の前に食堂の掃除をあらかた済ませていた。
掃除は、八代と交代して戻ってきた楓が手伝っていた。
だから、テーブルに突っ伏して寝ていたのだ。
さっきまで彼らが座っていたテーブルと椅子は、整然と整えられ、テーブルの上はきれいに拭き上げられていた。
その上に、各々の席には定食盆が置かれ、蓋のついた飯碗と汁椀、箸置き、グラス、お手拭きが揃っている。
テーブルの中央には水の入ったピッチャーが置かれ、お箸とフォーク、スプーンがカトラリーにまとめられていた。
「すご!まるでホテルの朝食みたいだ!」
「高専の寮よりすごい整ってる・・・」
「すごいよぉ、見てアキラくん」
「・・・うん」
続いて、八代と徳川、最後に葉月が食堂に戻ってきた。
「何か旨そうな匂いがまた・・・っておお~何?女将さんがやったの?」
「これはこれは・・・」
「おぉ~キレイになってんじゃん、すげーぇや」
と、三者三様のリアクションが続いた。
女将さんは、カウンターの前に立ち、それぞれに「おはようございます」と笑顔で挨拶し、「あたたかいうちに食べてぃね」と声をかけていた。
「残りの二人は仕事中なので、先に頂きます。いつもすみません」
八代が女将さんにお礼を伝え、最後に席に座った。
各々、席に座り、お椀の蓋を取る。
飯碗の中には女将特製「味噌焼きおむすび」。
汁椀の中には具にわかめと豆腐の入った「お味噌汁」。
各々が各々のスタイルで朝食を摂る。
合掌して食べ始める者、いただきます、と声を発する者、飯碗の中を興味深く覗き込む者、豪快に「ぱくり!」と頬張る者・・・
静かな中に、箸と食器の音が響く。
作りたてを椀で封じたので、焼きおむすびも味噌汁も、まだまだ充分温かかった。
——こんな時だからこそ、せめて温かい美味しいごはんを食べさせたい——
女将さんにとって、これが今みんなに提供できる幸せな時間だった。
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