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第2話 / 全3話
1
あの事件以来、伊吹さんと通勤するのがすっかり日課となった。お洒落な車のドアを開けるこの瞬間も好きだ。伊吹さんの車はかなり珍しい車種だろう。淡い緑が可愛らしい、クラシックなデザインの車。彼女のもう一人の相棒を私はとても気に入っていた。
「この車、なんて名前なんですか?」
「グラスホッパーよ」
「そんな車種ありましたかね」
「あぁ、そうじゃない、グラスホッパーはあだ名よ」
「なるほど。でも、どうしてバッタなんて名前に?」
「はぁ? バッタ?」
「グラスホッパーって日本語でバッタですよね」
「そうなの? 初耳なんだけど」
「てっきり虫がお好きなのかと」
「違うわよ。あれ、うわ、ど忘れしちゃったかも。古い友人がこの子を気に入ってグラスホッパーって呼んでくれてたと思うんだけど、誰だったかしら」
「その方がバッタ好きだったんですかね」
「え〜バッタかぁ……なんか、微妙ね。バッタに罪はないけれども」
「私は素敵な名前だと思いましたよ。それにバッタ、いいじゃないですか。あの飛行能力、跳躍力。車には縁起がいい。名付けた人もきっと考えてくれていたんだと思います」
「そういう見方もあるのね。まぁ、この子がグラスホッパーであることには変わりないわ!」
伊吹さんは、誰だか覚えていないというけれど、大事な愛車をその名前で呼び続けている。
きっとその方を大切に思っていたのだろう。
出社して今日も藤本さんに届かない挨拶をした。彼女は明るくて愛嬌がある。私とは真逆の人種だけれど、もし身体があったなら意外とうまく話せるのかもしれない。
「おはようございまーす!」
「おはよう。あら、今回も綺麗なネイルね」
「でしょー? しかも、なんと、私がやりました!」
「まぁ、すごい! てっきりプロかと思ったわ」
藤本さんの爪は爽やかな水色を基調とした夏らしいデザイン。波の模様に、海鳥の羽を模したようなアート。緻密で丁寧に仕上げられており、私も綺麗と声を上げると伊吹さんは頷いてくれた。
「いやぁ嬉しいなぁ。伊吹さんにここまで褒められるなんて、今日一日働いてもいいかなって思えますね」
「それなら毎日貴女を褒めちぎってあげるわね。編集長も喜ぶわよ」
「あ、それは意味ないっす」
藤本さんはバッサリ切り捨てて伊吹さんの左手を指差した。
「伊吹さんもネイルなんて珍しいっすね」
「えっ、そんなのしてないわよ」
「隠さなくてもいいじゃないですか。見せてくださいよ」
戸惑いながら伊吹さんは左手を確認する。
人差し指の爪に白く、もやもやしたものがうねっていた。心なしか先日よりもはっきり見える。
「あ……もしかしてアニサキスネイル、とか?」
うわ、ファンキーな冗談を投下してきたものだ。伊吹さんはなんと返すのだろう。
「ま、まあね。人と同じものは嫌いだから」
「え、まってまって、ニュアンス系とかじゃなくて、ガチの寄生虫っすか! やばい、癖強すぎてまじおもろいです。最高」
きっとごまかしたくて適当に話を合わせたのだろう。逆にそれがとんでもなく妙な展開を招いている。私も笑いが止まらない。伊吹さんには悪いが藤本さんの珍プレーに拍手だ。
笑い転げていると伊吹さんに睨まれた。
「ふん、これの良さがわからないなんてまだ半人前ね」
「ですね。あたしなんかじゃ到底追いつけない高みですよ。あたしたち、人と同じ視点じゃだめっすもんね」
「さ、仕事、仕事!」
「伊吹さんはどこいくんですかー?」
「トイレ!」
伊吹さんにトイレへ引っ張られてしまった。
「笑ってないで何かフォローしてよ」
「ごめんなさい、あれは無理です。面白すぎました」
「まったくもう、大恥かいたじゃない!」
「まさかアニサキスを肯定するなんて思わなくて」
「だってどう答えていいかわからないもの!」
顔を真っ赤にして捲し立てている。
「伊吹さんって可愛いところありますよね」
「大人をからかうのはやめなさい」
「私の方が歳上かもしれませんよ?」
「ぜっっったいありえない!」
「すみません、意地悪しすぎました。でも、藤本さんも伊吹さんのこういうところが好きなんだろうなって思いますよ」
「はぁ……いい風に言いくるめられた気がするけれど。まあいいわ。戻りましょ」
何とも言えない顔で編集室へと向かう伊吹さん。
初めて会った日の頼りになる顔とは別人みたいだ。
2
それから数日後、藤本さんのネイルが変わっていた。
全体的に白を基調としたニュアンス系。両手に一本ずつ、白い雫のような花が立体的に刻まれている。先日のものとは雰囲気が異なるものの、こちらも魅力的なデザインだった。
伊吹さんが私と藤本さんの爪を交互に見て、何かを訴えている。私と同じ違和感を覚えたのだと思った。
「ネイルを変えるなら普通は一ヶ月くらいだと思いますよ。折れたり欠けたりすればその都度変えるかもしれませんが……」
伊吹さんは納得した様子で藤本さんに声をかけた。
「今日のネイルも可愛いけど変えるの早くない?」
「ああ、気分転換したかったんで。別に深い意味はありませんよ」
そう答えた彼女の声は低く、いつものような快活さを感じられない。
「藤本ちゃん、しっかり眠れてる?」
「眠っています。問題はありません」
「顔色があんまりよくないわ。今日は早退してもいいんじゃない?」
「いえ、やることがありますので」
「頑張るのはいいことだけど、ほどほどにね。はい、私からの薬」
伊吹さんはチョコレートを一つ、彼女のデスクへ差し入れる。
「ありがとうございます」
もらったらすぐに食べる習性でもあるのかというくらい頬張っていた彼女が、見向きもせずパソコンを叩いている。その指先は覚束ない。
「やっぱりおかしいですよね。あのネイルも引っかかるし、藤本さんのことを調べてみませんか」
伊吹さんは編集長に外出許可を取り、車へ向かった。
「ネイルで体調不良とかあるのかしら?」
「揮発性の材料を使えば一時的な頭痛などはあると思うんですけど、あれはそういうものじゃないですね」
「そうよね、あんなに気に入っていたのにすぐ変えちゃったのもおかしいし」
「同じような人がいないかSNSで見てみませんか」
「そうしましょう」
ネイル 体調不良で検索すると数件気になる投稿が見られた。藤本さんの症状とよく似ている。
「投稿者はみんな本人じゃないわね。私たちのような第三者が不審に思って投稿している感じ」
「藤本さんも自分の異常を自覚してなさそうでしたもんね」
「あの子、ああ見えて自己管理は冷静にできる子なのにね。ん……これ、怪しくない?」
伊吹さんの示す先には、
『どんなストレスも消えるネイルサロン』
と、書かれていた。リプ欄も皆が皆、苦しみから解放されました、眠剤なしでよく眠れます、など似たようなものが連なっている。
「宗教的、と言いますか、きな臭いですね」
「詐欺の香りもするわね」
スクロールする伊吹さんの手が止まる。
『ストレスと一緒に大事なものまで消されてしまう。思考がとま、り、ここらがうごかなくな』
「……打ち間違えではなさそうですね」
「ええ。この投稿者、夏椿ってアカウントね。何かありそうよ」
アイコンをタップして夏椿の投稿を遡ると、鳥肌が立つような、末端からすっと身体が冷えていくような錯覚に陥った。
『縺薙%縺ッ謔ェ鬲斐?繧オ繝ュ繝ウ縺?』
『遘√?險倩?縺ィ縺励※險エ縺医k縲るィ吶&繧後※縺ッ縺?¢縺ェ縺??菴輔°陬上′縺ゅk縲?』
『鬆大シオ縺」縺溘ロ繧、繝ォ繧貞ー頑噴縺励※縺?k蜈郁シゥ縺ォ隍偵a繧峨l縺滂シ∵怙鬮倥???シ?シ?シ?』
このような文字の羅列が延々と続いている。最後の投稿には写真が投稿されていたが、水色のモザイクで内容がわからない。そして、最初に見つけた投稿も文字化けの波に呑まれるように消えていた。
「やはり妙です。この投稿たちも元々は意味のある文章だったのでは?」
「文字化けを解析できるサイトがあるわ。やってみる」
奇怪な文字をコピーして解析にかけると、完璧ではないものの夏椿の本当の声が見えてくる。
『ここは悪魔㿣㿣㿣ロンみ』
『私㿨㿨㿨迣迣迣して訴える。騙されてはみみみなみ?何か裏がある〿』
『データの欠損が起きているか、特殊な文字化けの可能性があります。完全な復元に失敗しました』
「誰もが褒め称える中、一人だけ刻んだ否定の声ね。強い意志を感じるわ」
「そうですね。アカウント名の夏椿はどうでしょう。何か手掛かりがありそうな気もしますが」
「夏椿、ね。IDは@shara_no_ki。シャラの木……」
「シャラの木といえば、あとは沙羅双樹の代用ってことくらいですかね」
「ああ……! それよ、それ、沙樹よ!」
「沙樹?」
「藤本沙樹、藤本ちゃんよ。きっと彼女が爪痕を残してくれたんだわ」
「ええっ! そうと決まれば藤本さんのところに戻りましょう。彼女の様子が心配です」
私たちが慌てて編集部へ戻ると、藤本さんの姿はなかった。黒崎さんが早退させたそうだ。
「藤本のやつ、あの顔でまだやれますと言ってごねるもんだから無理やり帰したんだ」
「私も今日はあがらせてもらってもいいですか。彼女は何らかの事件に巻き込まれた可能性が高いです」
伊吹さんは事情を黒崎さんへ伝えた。
「うさんくさいネイルサロン、か。あいつのことは気になっていたが、俺が家に行くわけにもいかねえ。ここはお前に任せた。今日中の案件は俺がやっておくが、それ以外は明日にきっちり残しておくからな」
「さすが編集長! 明日のデスク周り、楽しみにしておきますよ」
いつものように冗談を交えながら踵を返す伊吹さん。その拳は、硬く握られていた。
藤本さんの家へ向かう道中、運転する伊吹さんにスマホを借りる。怪しいネイルサロンについて調べようと画面に触れるが全く動かない。どうやらこの身体は電気を通さないらしい。
「……タッチペンって持ってます?」
「鞄に入れてるから使っていいわよ」
「ありがとうございます。これで探してみますね」
無事に操作はできたが、なかなか店の所在がわからない。
検索ワードを何パターンも変えて、投稿、リプ欄、様々な方向から潜ってようやくサロンのホームページに辿り着いた。妙なことに店ではなく個人アカウントの投稿からだった。
『ようこそ、ネイルサロンCatharsisへ』
カタルシス、なんて皮肉な名前だ。白を基調として、薔薇をあしらった清らかな印象のサイト。何も知らずに足を踏み入れていたなら、惹き込まれていたかもしれない。
代表は九曜杏香。このサロンは彼女一人で開いているようだ。所持している資格については記載が無い。
「本当に予約していいんですか?」
「お願い。藤本ちゃんを傷つけた敵を暴くにはこれが一番よ。それに、私には幽美がいる」
「……そうですね。背中は預けてください」
予約フォームを見るとかなり埋まっていたが、ちょうど明日の午後六時の枠が空いている。伊吹さんの名前で予約をとった。
ふと、伊吹さんの爪に視線がいく。白いもやもやは蕾のように丸くまとまりつつあった。
花が咲いて、枯れて、また咲くのだろうか。この爪の原理もいまだにわからないまま。考え込んでいると藤本さんのマンションに到着した。
伊吹さんと早足でエントランスに向かう。部屋番号の四◯一を押して返事を待つが一向に反応がない。
「電話にしましょう。お願い、藤本ちゃん出て!」
呼び出し音が鳴り響く。伊吹さんは諦めずに何度も何度もかけ続けた。すると、画面に通話時間が表示される。
「もしもし、伊吹よ。藤本ちゃんが心配で来たの。話したいことがあるから開けてちょうだい」
部屋番号をもう一度押して待つ。彼女の声はしなかったが、自動ドアが開いた。エレベーターを待つ時間も惜しくて私たちは階段で四階まで上がる。四◯一号室のインターホンを押すと重い扉が開いた。
「藤本ちゃんっ!」
「伊吹、さん……すみ、ま、せん」
虚ろな視線を泳がせながら藤本さんが倒れ込んでくる。私は咄嗟に彼女の身体を支えた。怪我をさせるわけにはいかない。
「幽美、ありがとう。そのまま支えていて。私は救急車を呼ぶわ!」
「お願いします。呼吸も脈もあります。ゆっくり寝かせますね」
伊吹さんが救急に通報している間に藤本さんの呼吸をみる。異常はなさそうなので左向きに寝かせて、右手を顎から顔の下へ。右足は膝を直角に曲げる。
様子を観察しながらバイタルを測ると、脈拍は一分間に七十二回。呼吸は十五回。呼びかけに反応はないがバイタルは安定していた。顔色も良好。
「救急車は八分くらいで来てくれるって」
「よかった。藤本さんの状態はそこまで悪くはないと思います。あとは変化がないか、様子を見ましょう」
「きっと力を振り絞ってドアを開けてくれたのね。こんなになるまで無理しちゃって……」
救急隊が到着するまで伊吹さんは藤本さんの左手を握っていた。
待ちに待ったサイレンの音が大きくなり、止まる。救急隊員が上がってきて手際よく藤本さんをストレッチャーに乗せた。伊吹さんは同僚であることを伝え、救急車へ同乗する。私もその隣へ、シートベルトはつけずに座った。
通報時の状況聞き取りが一通り終わったあとで、伊吹さんの方から救急隊員へ質問を投げた。
「お答えできる範囲で構いませんので聞かせてください。彼女のように外傷もなく、バイタルも正常なのに突然昏倒する、そういった妙な事例が他にも発生していませんか?」
「ああ、私の隊ではないのですが、同僚が二件ほど変な症例を引いたと言っていましたね。うち一件は心肺停止で蘇生措置を施したとか……あっ、個人情報なんでオフレコでお願いしますよ」
「もちろんです。その方は助かりました?」
「ちょうどその話の途中で召集がかかったもんだから、どうなったかまではわかりませんね」
「そうですか……ありがとうございます」
伊吹さんは心電図モニターを見て私に振り返る。
「やっぱり変ですよね。今も数値は正常ですよ。サロンで使っているジェルに薬が仕込まれているのか、それともサロンの空間が問題なのか」
伊吹さんはスマホに文字を打ち込んで私に見せた。
『まさか、命に関わるなんてことないわよね』
「正直、危ないところだったのかもしれません。でも、病院で診てもらえるんだから大丈夫ですよ。手遅れになる前に気づけてよかったです」
『そうよね、とにかく私たちは供養を潰す。それに専念しなきゃね』
と、勢いよく打ち込んで供養を九曜に訂正していた。
病院に到着すると、藤本さんは検査へ。私たちは待合室に残った。
「さっきは本当にありがとう。藤本ちゃんが倒れて私は焦ってしまったのに、幽美は医者みたいだった」
「いえ、私も不思議なんです。もちろんびっくりはしたけれど、身体が勝手に動いていました。病院で働いていたんですかね」
「そんな気がする。博識で優しい貴女は優秀な人よ」
「だといいですけどね……」
自分が誰なのか、どうすれば世界に認識されるのか、毎日そればかりを考えていた。伊吹さんと出会ってからは、以前ほどこだわらなくなっている。
ただ、私の存在は不安定であることを忘れてはならない。それに、この状態が無限だとは限らないのだ。
「まだわからないことばかりだけれど、一緒にいて発見もある。藤本ちゃんを助けたら、本格的に幽美のことを調べるわ」
「ありがとうございます。私を見つけてくれたのが伊吹さんでよかった」
「こちらこそ。あのときあの瞬間、もし貴女を見過ごしていたらと思うと……そんなの、考えられないわね」
伊吹さんが静かに微笑む。肩の力が少し抜けたように。私もつられて緊張の糸がほぐれていく。
しばらく、心地の良い沈黙が流れた。
そして、その終わりを紡ぐのは伊吹さんだった。
「私、藤本ちゃんの指導係をしていたの」
私は頷いて続きを待った。二人を見ていると、親子のような、師弟のような、そんな絆が見える。
「あの子、元々はアナウンサーを目指していたから、最初は記者の仕事になかなか熱を入れられなかったの。彼女にどう接したらいいか悩んだ。そもそも若者があんまり得意じゃないのに。編集長ったら人選ミスもいいところだわって思ってたの」
正直意外だった。藤本さんの本来の夢も、伊吹さんの苦悩も。
「それでね、最初の取材は火災で焼き尽くされた商店街の復興だった。現地の人々の現実をひたすら聞いて回って、凄惨な現場を見る。中には取材どころじゃないって拒絶されることもあったわ。その中であの子は、クラウドファンディングで復興支援を募る居酒屋をメインに取り上げた」
「いい着眼点ですね。現場をよく見ていたんでしょうね」
「そうでしょ。なんとしても世に響く声にしたかったから厳しめに指導したの。そうしたら、渋い顔をしつつも頑張ってくれてね。その甲斐もあってか、たくさんの支援が集まってお店は無事再建。今でも時々二人で飲みに行ってるわ」
「素敵なお話です。記者の仕事って人々への影響力が本当に大きいですよね」
「そう、そのときにあの子が言ったの。アナウンサーはその瞬間の事件を正しく伝え、注意喚起で人を守れる、記者は事件のあとに立ち上がる人たちを支えることができるんですねってね。こんなちゃんとした言い方じゃなかったけれど」
「あはは、想像がつきます」
「あんな感じだけど人一倍真面目なのよね。今回も身体張って戦って……だから、必ず助けたい。そして、九曜は私の手で裁く」
伊吹さんの瞳に鋭い光が宿る。彼女に灯る炎が絶えないように、吹き付ける風から守りたい。
どれくらい経っただろうか。話し込んでいると藤本さんが戻ってきた。検査の結果はどこにも異常がみられないとのこと。
しかし、いまだに目を覚まさないため入院となった。状態を観察しながら、明日追加で精密検査をするらしい。
ベッドに横たわる藤本さんは、規則正しい呼吸を繰り返して静かに眠っている。彼女の眩しさを知っているが故に胸が痛い。
「藤本ちゃん、ごめんね。今はしっかり休んで。目が覚めたらいつもの店、おごるからね」
藤本さんの額に置かれた伊吹さんの左手。
爪に浮かぶ白いもやもやだったものは蕾の形を成している。また、あのときのように咲くのだろうか。この花が何を意味するのか、その正体はわからない。
ただ、伊吹さんの感情、もしくは私の感情に反応しているように思えた。
「幽美、行きましょう。明日の作戦を練るわよ」
「はい!」
藤本さんに一礼して私たちは病室を後にする。
茜の空が宵に飲まれていくところだった。強い日差しはすっかり落ちて、涼風が柔らかく私たちを包んだ。
3
黒崎さんの言葉に嘘はなかった。しっかり積まれた仕事を鬼の速さで捌き倒す伊吹さん。
定時上がりを勝ち取り午後五時五十分、ネイルサロンCatharsisに辿り着いた。看板などは一切ない。傷一つない純白の薔薇に囲まれた、西洋風の門が構えられている。
表札には九曜と書かれていた。ここでサロンを営業しているなんて普通は思わないだろう。
インターホンを押すと、艶やかな声が鼓膜を撫でた。
「お待ちしておりました。伊吹様ですね。どうぞお入りくださいませ」
声が身体の内側に触れるような、妙な感覚に身震いする。
「お邪魔します」
と、答えた伊吹さんの表情も険しい。芳しい薔薇の香りに包まれながら私たちは玄関を目指す。採光窓が取り入れられ、複雑な装飾をあしらった重厚な扉の前へ。
ゆっくりと扉は開かれた。
「いらっしゃいませ」
──その声の持ち主は、思わず呼吸を忘れるほどの美貌だった。
白金の絹のような髪が腰のあたりまで流れている。上品に微笑むこの女性が九曜杏香。切れ長で涼しげな瞳と一瞬目が合ったように思えたが、気のせいだろう。彼女は伊吹さんを案内している。
壁も家具も白で統一された部屋。こちらにも白薔薇が咲いていた。装飾も、花も、香りも、全てが美しさに支配されているような空間だ。
「本当に綺麗な薔薇。大切にされているのでしょうね」
「ふふ、ありがとうございます。どの花も私の自慢の子たちでございます」
二人が並ぶ姿は絵になる。伊吹さんは完璧な客だった。
「それではこちらへおかけください」
「失礼します。九曜さん、今日はよろしくお願いします」
伊吹さんが椅子に腰掛け挨拶をする。これが私たちの合図だった。私は音を立てないように九曜の横を過ぎ去り廊下へ。伊吹さんが時間を稼いでくれている間に秘密を暴く。
リビングと思われる部屋には、物がほとんど存在しない。生活感の無さが不気味だった。さらに奥へ。突き当たりには、玄関で見たような装飾を施した扉があった。明らかに怪しい部屋。
呼吸を整えて静かにドアノブを捻る。鍵はかかっておらず、見た目の割にすっと軽く開いた。
──異様な光景が広がっていた。そう直感したのは今までが全て白だったのに対して、この部屋だけが漆黒の闇で覆われていたからだ。窓が一つもなく、ドアの外から入る光でどうにか室内を見渡せる程度。
書斎、なのだろうか。左右の壁は本棚で埋められ、正面には巨大なスクリーンが貼られている。中央にはテーブルと椅子。プレーヤーやプロジェクターも置かれていた。
本棚にはDVDが並んでいる。透明なケースに手書きのラベル。個人で録画したものだとわかるが、ラベルの内容が奇妙だ。
『嶋田 夕子(28)努力家、神経質、苦しい』
触れてはいけない物に近づいている実感はあった。それでも私は確かめなければならない。私は本棚の空きがある列、割と新しい物が置かれているであろう場所を調べた。
嫌な予感は的中してしまう。
『藤本 沙樹(24)楽天家、生真面目、楽しい』
九曜は客の人格、心をこのディスクに抜き取っている……?
そんな超能力的なことができるとしたら九曜は人間ではない。私が幽霊なら九曜は魔の者なのだろうか。私は藤本さんのディスクをプレーヤーに入れて再生した。
明るく笑う女性たちが楽しそうに遊んでいる。彼女の友達、なのだろうか。場面は変わって見慣れた編集室に。黒崎さんや伊吹さんとの和気藹々とした掛け合いが繰り広げられている。
しばらく彼女の日常を上映した後に、場面は南国の浜辺に切り替わった。燦々と降り注ぐ太陽の光を反射する鮮やかな青。字幕には心象風景と書かれている。
間違いなく九曜は心を盗んでいた。人の心を娯楽として消費する九曜が許せない。伊吹さんのところへ戻らなければ。DVDを止めて引き返そうとしたその瞬間、
「──ふふふ、可愛い子犬さん。迷子になられましたか?」
背後から首筋に牙を立てられたような寒気が走る。振り返ると、一枚のディスクを片手に、口角が裂けるほど釣り上がった九曜が立っていた。明らかに私を見据えている。
「……どうして、私が見えるんですか。なぜこんなことを!」
「ただの浮遊霊だと思っていましたけれど、失礼でしたわね。この部屋で私が何をしているのか、見たのでしょう。それでいてまだ吠えられるなんて勇敢ですわ」
「質問の答えになっていません!」
「まあまあ、落ち着いてくださいな。私、あなたを傷つけるつもりなんて微塵もごさいませんの。これをご覧になって?」
九曜は歩み寄ってきて、片手に持っていたディスクをテーブルに置いた。そこには、伊吹さんの名前のみが書かれている。
「やはり、伊吹さんの心もここに閉じ込めようとしているんですね」
「ええ。どんなラベルになるのか、楽しみで仕方がないでしょう?」
「馬鹿なことを。私はあなたの罪を暴きに来たんです。思い通りにはさせない!」
迫ってくる九曜に背後は本棚。逃げ場を失った私の頬へ白い手が伸びる。震える身体を奮い立たせて妖しげな瞳を睨んだ。
「素敵……まっすぐに食らいつくような瞳。可愛い子犬さんに見せかけて、真っ黒な狼だったなんて。素晴らしい、素晴らしいですわ」
その声に、香りに、膝を崩されそうになりながら私は周囲に目をやった。
何か使えるものはないか。
そのとき、九曜の影が九本の房のように広がっていることに気づいた。まさか……
「あなたは九尾の狐なんじゃないですか?」
「あら、お恥ずかしい。あまりに楽しくて術が雑になってしまいましたわね。おっしゃる通りでございます」
最悪だ。伝承では古くから日本で暗躍していたとされる大妖怪。確かに私のような浮遊霊で太刀打ちできる相手ではない。
それでも、私は伊吹さんを守って、藤本さんや被害にあった人々を解放しなければならなかった。正面から戦っても勝ち目はないなら交渉か。どう切り出すか悩んでいると、九曜が妙な提案を持ちかけてきた。
「ねぇ、黒狼さん、私と手を組んでくださらない?」
「……その理由は?」
邪悪な狐と手を組むなんて到底考えられないが、今は敵の真意を明らかにしたい。うまく情報を引き出すのだ。
「私は殺生石が割れて九百年ぶりに復活いたしました。しかし、現代というのはあまりに期待外れで退屈でしたの。人々は忙しくスマホを見るばかりで、妖怪なんて微塵も信じていません。人に化けて遊んでみれば詐欺で逮捕。蚊に変身して脱出しましたけれど、うっかり叩かれて殺されかけましたわ。全盛期のような妖力も無く、本当につまらない毎日でした」
え……あの大妖怪が残念すぎる、という声を飲み込んで私は耳を傾けた。
「暇つぶしに始めたネイルサロンで人の心を映してみたら、思った以上に楽しめましたの。人間って今も変わらず面白いじゃありませんか」
九曜は私の髪を撫で、目尻に触れて、艶かしい手つきで輪郭をなぞる。
「そして、黒狼さんに出会えました。あなたの心に宿る牙はなんと烈しく美しいことか。人間には寿命があります。どれだけ人を愛していても先に逝ってしまいますわ。あなたも私も人の世の者ではありません。ここで共に暮らせば永遠の幸せが手に入るのです」
九曜の動機は退屈と孤独。人々に畏れられ、信仰されていた時代とは大きく異なる。人に認識されずに苦しんでいた私としては、その気持ちがわからなくもない。
しかし、私はそれでも人であろうと足掻いた。何より、私には伊吹さんがいる。彼女と過ごした温かい時間が駆け巡る。そして昨日の病院での会話がよぎった。
『私を見つけてくれたのが伊吹さんでよかった』
『あのときあの瞬間、もし貴女を見過ごしていたらと思うと……そんなの、考えられないわね』
私は彼女と、人として生きたい。
「九曜さん、いや、九尾の狐。あなたの気持ちはわかりました。でも、私にとって伊吹さんはたった一人の大切な人なんです」
「それは十分承知の上。ですから、あなたの大好きな伊吹さんの心も、これからは思いのままにできるのです。このディスクは書き換えて戻すことも可能なのですよ」
高らかに笑うその姿はやはり化け物だった。最後の一言さえなければ、冷静の糸が切れることはなかったのに。
「私は……私はあなたとは違う!」
九曜の手を掴んで剥がし、全身全霊で体当たりした。小柄な私の身でも、不意を突かれた九曜はその場に倒れ込む。
「本当にそうお思いですの? 今、一瞬でも揺らいだなら──」
──この先、どこまで伊吹さんが傍にいてくれるのかなんてわからない。
──だったら、離れないようにしてしまえばいい。
九曜はそれを……
「うあああああ!」
これ以上九曜の言葉を聞けなかった。何かを考えておかしくなるのが怖い。プロジェクターを持ち上げて思いっきり彼女の足へ叩きつけた。
「ふふ、流石の私も狼に噛まれてはお手上げですわね。しかし、そろそろ伊吹さんのデータがここに焼き上がる頃……あの子猫ちゃん、きっと面白いものを映してくれるはずですわ」
そのとき、澄み切った声が空気を裂いた。
「子猫ちゃんがなんだって?」
「伊吹さんっ!」
九曜のディスクはまっさらなまま。伊吹さんは凛として九曜の前に立ちはだかった。
「全部聞かせてもらっていたわ。私の相棒に気持ちの悪い勧誘はやめてほしいものね」
「あっははは、あなたも猫を被った白豹だったというのですか?」
「そうね。申し訳ないけれど子猫ちゃんだなんて可愛いあだ名、私には似合わない」
伊吹さんは、爪先から光を放って咲き誇る月下美人を掲げた。
「あんたの術は私たちには効かないわよ。そして、さっきまでの自白、全部レコーダーに記録させてもらった。これがどういう意味かわかるでしょ」
「くすっ、ふふふ、この九尾を脅すなんて面白い。私を社会的に抹殺しても構いませんけれど、DVDを返す気はございません。術を解けるのは私だけですもの。それでもよくって?」
その返しは想定内といった様子で伊吹さんは笑みを浮かべた。
「どこまでも狡賢くて強欲な狐。でも、あんただからこそ意味がある。私と取引をしましょう」
「ほぅ……脅しの次は取引ですか。白豹さんは随分としたたかですわね」
「なんとでも言って。被害者全員に心を返すのなら、その代わりにもっと楽しめる方法を教えてあげる」
「それは気になりますわ。これ以上の娯楽があるというのですね?」
「そう。あんたのその美貌と話術があるのなら、高級クラブでも始めたらいいんじゃないかしら。人間の欲と闇、表と裏がたくさん見られるはずよ。だけど、勝手にDVDにするのはダメ」
「合意の下なら良いと?」
「ええ。世の中には感情を捨てたいと考えるくらい思い詰める人もいる。クラブの裏で会員制のメンタルサロンを置くのはどうかしら。負の感情を対価として合法的に引き受ける。今みたいに好き勝手なんでも抜き取るんじゃなくてね」
奇想天外な提案に私も九曜も唖然としていた。誰も損をしない落とし所ではあるけれど、誰も思いつかない。したたかにも程がある。九曜はすぐに声を上げて笑い出した。
「ふっ、ふふふふ、なんて素敵なんでしょう。想像しただけで愉快。長く生きていましたが人間に生き方を提案されるなんて初めて。その取引、乗らせていただきますわ」
「それと、私はあんたを信用はしていない。しっかり監視させてもらうからね」
「あら、ということは遊びに来てくださるのね。嬉しい」
「監視って言ってるでしょ。わかったなら早くみんなの心を返しなさい」
九曜はすっと立ち上がる。足の痛みなど全く感じていないかのようだった。そして指をパチンと鳴らすと、棚を埋めていたDVDから光の粒が立ち昇る。星屑のように煌めく光は天井をすり抜けていく。それぞれの心が帰るべき場所へ戻っていく。そう思うと、緊張が解けてその場に尻餅をついてしまった。
風が吹くように九曜が私に顔を寄せてくる。
「あなたたち二人はとても興味深い。特にあなたの燃え盛る牙はたまらなく愛おしい。陰陽師でも僧侶でも武人でもない、浮遊霊のあなたがくれた一撃、とっても痺れましたわ」
細く長い指先が耳を這い、妖艶な香りが鼻腔に抜ける。
五感を支配されておかしくなりそうだった。
「あなたたちが監視してくれるのなら、私は観察させてもらいますわね。それと、白豹さんに飽きたならいつでもこの白狐の元へいらしてくださいな」
「いやですっ、早く離れてください! またプロジェクター投げられたいんですか!」
息を切らしながら必死で九曜を押し戻す。こんな化け狐に近寄られては心臓がいくつあっても足りない。幽霊なのに。
「性悪狐、用は済んだのだからご退場願えるかしら」
もう限界だといわんばかりに伊吹さんが睨みを効かせてくれている。
「あら、ごめんあそばせ。今日は本当に楽しい一日でしたわ。また近いうちにお会いしましょうね。可愛らしくて獰猛なお二人さん」
最後まで言い切る前に九曜の身体が消えていく。そして、私たちは夜空の下に立ち尽くしていた。伊吹さんの爪の月下美人は消え、白いもやもやが残るのみ。
「ろくでもない狐に化かされたわね」
「本当に……」
「それにしても、幽美があんな切れ方をするとは思わなかった。化け狐が妙な方向に変態だったから訴えられずに済んだけど」
「自分でもそう思います。でもあれは九曜が悪いですよ。伊吹さんのこと、あんな風に言われたらなりふり構ってる場合じゃなかった」
「ありがと。ちょっと嬉しかったのも事実。だけど、無茶はダメよ」
伊吹さんの左手が私の頭を優しく撫でた。九曜の妖しげな手とは違う。安心感が全身に広がっていく。彼女の優しさに触れると、私の中に見えた黒い牙が頭をよぎる。私はそれを振り払うように、これで解決したんだと自分に言い聞かせた。
「藤本さんのお見舞いに行かなきゃですね」
「そうね、そろそろあの賑やかな声を聞きたい頃だわ」
熱気の残った風が吹く夜、あの光の粒に思いを馳せて空を見上げた。
4
廊下に響き渡る元気な声。病室から漏れ出た声とは思えなかった。
「あー! まじ最悪。特ダネ逃した〜!」
伊吹さんは戸惑いながらも一応部屋の前でノックをした。
「伊吹よ、入っていい?」
「えっ、伊吹さん? どうぞどうぞー!」
強制的に退院させられるのではと心配になる。もちろん、いつもの彼女が戻ってきた安心の方が大きいけれど。
「すっかり元気みたいね」
「はい。でも今、ガチ激萎え案件ありました」
「叫んでたわよね。何があったの?」
「絶対怪しいと思って追ってたネイルサロンがあったんですよ。けど、その店、閉店しちゃったみたいでもうダメっす」
「こればかりは仕方ないわよ。大体、貴女が無理をするから身体壊したんでしょ」
「そうですけどぉ、あたしはあの店のやばさに気づいてたんですよ。頭が変になる手前で、誰かに届けって残してたんです。それが効いたのかなぁ。ほら、これ!」
ニッと笑って見せられたのは夏椿の投稿だった。
文字化けは綺麗に直っている。あのとき一つだけ解析できなかった画像付きの投稿もしっかり読み取れた。夏らしい海をテーマにした彼女の自信作とともに。
『頑張ったネイルを尊敬している先輩に褒められた〜! 最高〜〜!』
「あら、これ……そんなに嬉しかったのね」
「見るのそっちじゃないですよぉ」
照れくさそうに笑う藤本さん。それをからかう伊吹さんが一番嬉しそうだった。
「あっ、思い出した。倒れたとき、微妙〜に記憶あるんですよ。伊吹さんが助けてくれましたよね?」
「そうだけど、どうかした?」
「あのとき、もう一人、誰かいませんでした?」
確かに私は藤本さんの身体に触れていた。私の存在がどうというより、彼女の安全を優先したからだ。私の姿は見えていないはずだが、感覚はわかるはず。変に思われるリスクはあった。
「私だけよ。大変だったんだから」
「マジのマジっすか?」
「マジのマジ」
「ふーん、なんか引っかかるんですよね。もしかして、彼氏できました?」
は? あ、いや、私が驚いてどうする。横に目をやると目をパチパチさせている伊吹さんがいた。
「ないわよ、なんでそう思うの」
「だって、この前あたしがお土産配ってて余ったじゃないですか。いつもなら余り物じゃんけんに参加しない伊吹さんが参戦してて、珍しいなぁって思ったんです。しかも勝ったらガッツポーズ決めてましたよね」
「あぁ、あれね。あのお菓子、大好物なのよ。つい食い意地張っちゃった」
「おお、じゃ、また沖縄行ったら買いますね。とうとう彼ピッピだと思ったのになぁ」
肩を落とす藤本さんとは反対に私はほっと胸を撫で下ろした。
「なんでがっかりしてるのよ」
「そりゃあ、尊敬する先輩の幸せを願ってますからね。あと、うまく言えないんですけど……」
「何?」
「無理に話さなくてもいいんです。けど、一人で抱えていることがあるのなら、もっとあたしを頼ってほしいっす!」
あたしに任せなさい、と胸を叩く藤本さん。本当に純粋で、心から伊吹さんを大事に想っているのが伝わってくる。それに比べて私は……
九曜の言う黒い狼はあながち間違っていないのかもしれない。
「ありがとう。そうね、じゃあ藤本ちゃんが退院したらいつもの店で話を聞いてもらおうかしら」
「えっ、私のこと話すんですか?」
伊吹さんは、思わず声が出る私に視線をくれてから、
「藤本ちゃんなら大丈夫よ」
と、私たち二人に向けて自信のある笑みを浮かべた。
5
病院から帰る車の中で、伊吹さんが問いかけてきた。
「そういえば、幽美ってお酒は飲むの?」
「たぶん、好きだと思います。この身体になって飲む機会がありませんでしたね」
「ちょうどいいわ。最近やってなかったから久しぶりにお酒作ろうかと思ってね。何飲みたい?」
「グラスホッパー!」
「ふふ、バッタね」
そうと決まれば材料を買わなきゃ、とスーパーの方向へ舵を切る。私たちの小さな打ち上げが楽しみだ。
晴れやかな顔でハンドルを握る彼女の横顔。私の好きな日常の一枚。藤本さんのまっすぐな好意と私は何が違う……?
私が守りたいと思っているものの正体は一体なんなのだろうか。幽霊としてどんなに苦しい思いをしても感情に呑まれることなんてなかった。それが九曜の挑発で暴発するなんて。
九曜は伊吹さんを白、私を黒の獣に例えた。その真意を確かめたい。
あの狐は私の知らない私を見透かしている気がした。
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