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第6話 / 全32話
風呂から出てきたやっくんをソファーに座らせる。私の手にあるドライヤーを見て、やっくんは眉をひそめた。
「それはなんだ」
「ドライヤーだよ。濡れた髪を乾かすやつ」
先ほどまでのやっくんの驚きようを思い出す。文明の利器を見るたびに驚いていたから、ドライヤーにもびっくりしそうだ。私は安心させるように言う。
「これ、スイッチ入れるとめちゃくちゃ大きい音が出るし暖かい風が勢いよく出るんだ。だけど安全だから。そのまま座っててね」
「わ、わかった……」
やっくんは、ちょっぴり不安そうな顔をした。かわいい。
コンセントを刺してスイッチレバーをオンにすると、大きな音に驚き、やっくんの肩が跳ねた。やっぱりね。事前に言っていたのに。少し笑ってしまった。
そっと髪に触れて乾かしていく。やっくんの髪は細くて柔らかい猫っ毛だった。蝙蝠だけど猫。
……こうしていると、なんだか甥っ子のことを思い出す。今年の夏の帰省の時に会ったっきり。また大きくなったんだろうな。
ちなみに、甥っ子はまだ五歳だ。二百五十歳と一緒にしてはいけない。決して。
そんなことを考えながら手を動かしていたら、すっかり髪は乾いていた。乾かし終わったやっくんの髪は、空気を含んでふわふわになった。手触りが良すぎて、つい両手で撫で回してしまう。
「かわいいですね〜!」
「こら! 千春、やめろ!」
そうこうしている間に夜も更けてきた。あくびが出る。
「私、洗濯が終わったら寝るわ。やっくんは、これから活動時間なんだよね」
「うむ。……だが、羽衣を洗ってしまったからな。今日はこの家でできることをしよう」
「羽衣……? あ、あの黒い布のこと?」
「ああ。あれがないと闇に紛れられないし、空を飛ぶこともできんのだ」
「え。やっくん、空飛べるの……!? すごいね〜!!」
私はまたやっくんの髪を撫で回した。
「……千春。私を馬鹿にしていないか?」
「してないよ! 本当にすごいと思ってる!!」
しまった。つい甥っ子を褒めるみたいになってしまう。反省した。
「……そういえばやっくん、パンツはどうした?」
「ぱんつ?」
「下着。さすがに男物のパンツは置いてなかったからさ」
やっくんは「ああ」と言って小さく頷き、なんてことないように言う。
「この時代でも下着はつけるのだな。着替えの中になかったから、そういうものなのかと思ったぞ」
「違う違う! そしたら、やっぱりパンツを買わないと……。下着はボクサー派? それともトランクス?」
やっくんは首を傾げる。
「聞き慣れぬ名だな……? 私は、ずっとふんどしだ」
「ふんどし……!?」
そうか、やっくんは二百五十歳なんだった。たぶん、どこかの時代から下着の更新が止まっているのだ。
「そしたら、ええと……ふんどし使ってるならたぶんピッタリしてる方が好きそうな気がする……」
そう判断してスマホでAmazonアプリを立ち上げ、ボクサーを三枚買った。明日届くようだ。
……でも、このままでは今日、やっくんはノーパンで過ごさないといけない。今から店に行くには時間も遅い。あるものでなんとかしなければ。
ちょうどその時、脱衣所からアラーム音が流れる。洗濯が終わったのだ。私はソファーからサッと立ち上がると脱衣所に向かった。
洗濯機を開けて、やっくんの洗濯物を入れた洗濯ネットを探って取り出す。量が多く嵩張るので、家にあった洗濯ネットを総動員したのだが、それでもサイズはギリギリだった。私は洗濯ネットのチャックを開けて、中から白くて長い布を取り出す。
サッと叩いて伸ばして、浴室のポールにかけた。ついでに、黒い羽衣も伸ばしてかける。
浴室のドアを閉めてから、浴室乾燥のスイッチを押した。
「……よし。これですぐに乾くからね。居心地悪いと思うけど少しだけ我慢してて」
言いながら後ろを振り向くと、やっくんが後ろで立ち尽くしたまま固まってる。
「……やっくん? どうした?」
「この箱に入れるだけで洗濯が終わる……? しかもすぐに乾くだと……!? ……これは生活の革命だな!」
めちゃくちゃ感動してた。
もう、すっかり夜が更けていた。
残りの洗濯物はやっくんが干してくれると言うので、歯を磨いて寝ることにした。
歯を磨きながら、やっくんの歯ブラシも買わないといけないと思いつく。さっきAmazonで買っておけばよかった。たぶん、他にも必要なものが色々出てきそうだ。明日は仕事に行く前に買い出しに出よう。
私は歯を磨きながら周りを見回し、思いついたものをスマホにメモしていった。
歯磨きとメモ作業を終えた私は、リビングを経由して寝室へ向かう。
「やっくん、おやすみー」
「おやすみ、千春」
寝室に入ると、開け放たれたクローゼットが目に入る。たぶんやっくんは明け方にここに来て寝るんだろうけど……固くて寝にくいんじゃないだろうか。
私は衣替えの時に片付けていた夏用の掛け布団とブランケットを引っ張り出して、クローゼットの片隅に置いた。これでよし。
満足して、ベッドの中に潜り込んだ。掛け布団に包まりながら一日を振り返る。特に何もしない一日だったけど、やっくんがいるだけで楽しくて、ちょっぴり幸せだった。
ふふっ。
自然と笑顔が浮かぶ。そのまま目を閉じた。
***
千春が寝室に向かった後、室内用の洗濯物干しに洗濯物をかけていく。
料理ひとつ、洗濯ひとつとっても、昔と比べて人間の技術の進歩は著しいものがある。今日は起きてからずっと驚きっぱなしだった。
干し終わって居間に戻る。部屋はわずかなオレンジ色の光に照らされて薄暗い。だが、夜目が効く自分には問題ない。
長椅子に腰掛ける。
……静かだ。
ずっと静かだったのに、少しの時間人と一緒に過ごしただけで、また賑やかな生活に慣れてしまった。
慣れたら、後が辛いのは理解しているのに。
でも、だからといって今から距離を取り直すのも難しいと感じた。
これから、どうしよう。そう思ったら、深いため息が出た。
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