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第20章 崩壊への道(後編) / 第164話
俺は風に弄ばれた。踏まれ、くたびれ、それでもまだそこにある雑草のように。もう立ち上がれないのかもしれない。それでも、希望は捨てきれなかった。
風のやつは三年前に、火の子は二年前に四十歳で亡くなった。魔導師としての寿命だった。二人は自国で生を終えたため、墓参りすら許されない。
薄情なやつだと思われるかもしれないが、しがらみから解放され、ほっとしているのだ。二人は何度となく、エメラルドへ行く俺を叱っていた。上の空な俺に、苛立ちを募らせているようでもあった。
「ライリー様、絶対に許しませんからね」
使い魔であるカイルもまた、そんな存在だ。
「エメラルドへ行き続ければ、またあのようなことになるんですよ?」
「分かってる。でも、俺は――」
「分かってるなら、もう行かないで下さいよ?」
カイルの目から逃れる為には、あの手段を取るしかないのだろうか。絶対使いたくなかったが、カノンを探す為ならば仕方がない。
「カイル」
「はい」
「命令だ。俺を止めるな」
「なっ……!?」
カイルは目を見開くと、苦虫を噛み潰したような苦悶の表情を浮かべる。
「分かりました……」
使い魔にとって、魔導師の命令は『絶対』だ。逆らうことは出来ない。円満な関係で居続けたいがために、今まで命令は避けていた。しかし、カイルの存在が邪魔になるのなら、排除するしかない。
しょんぼりと肩を落とすカイルに心の中で「ごめん」と呟き、底知れぬ罪悪感に苛まれながらもエメラルドへとワープした。
粗方の街や村はノアやレイが回っていたので、記憶を継承する俺もワープすることが出来るのだ。
今日の村は色とりどりの花が溢れ、緑も美しい。新しい気持ちでカノン探索が出来るな、と罪を振り払うように深呼吸をした。
妙に村の中が騒がしい。何か事件でも起きたのだろうか。
通りすがりの中年の男性は、戸惑う俺に焦った視線を向ける。
「お前さんも手伝ってくれ!」
「何か起きたんですか?」
「馬車の事故だ! 女の子が車輪の下敷きになってるんだよ!」
「えっ!?」
大変だ。もし少女に死なれでもしたら後味が悪い。男性に連れられるがまま、事故現場へと到着する。村まではあと少しというところだった。
「大丈夫か!?」
「今、助けるからな!」
少女は返事をしない。その代わりに、指がピクリと動いた。まだ生きている。
馬車を浮かせる手に俺も加わり、助かってくれと願いを込める。僅かに浮いた車輪の間から少女が引っ張り出されると、安堵の息が漏れた。
父親らしき者に抱かれた少女はぐったりとし、額から血を流している。俺が気になったのはそこではない。髪の色が焦茶なのだ。どことなく、雰囲気も似ている。偶然を装って引き合わされた、必然の出逢い――そう取れてもおかしくはない。
「キオナ! しっかりするんだ、キオナ!」
「ここじゃ駄目だ! すぐに医者を呼んでくるから、家まで連れてってやった方が良い!」
「済まない」
父親は礼もそこそこに、キオナを抱いて走り去った。
俺は彼女を追うべきだろうか。前世のレイのこともある。また、勘違いで終わってしまったら――怖くもあるが、何もしないよりはずっと良い。
解散する村の衆を横目に、キオナの血の跡を辿る。どうか、カノンであってくれ。そうして辿り着いたのは、一軒の花屋だった。中から話し声が聞こえてくる。
「出血は激しく見えるが、命に別状はないよ」
「良かった。本当に良かった……」
啜り泣く声もドアから漏れている。
キオナは助かったらしい。良かった。俺も壁に手をついて、ほっと胸を撫で下ろした。
問題はこれからだ。どうやって彼女に近付こう。花を買って、キオナに渡そうか。そう考えたが、今日は止めておいた方が賢明だ。父親も混乱し、憔悴しているだろう。数日間を置き、また覗きに来よう。心に誓い、この村を離れた。
サファイアに帰っても不穏な空気が流れるばかりだった。それもそうか、俺が命令なんかしたから。大してカイルと会話も出来ず、数日が流れた。
その間もカノンを探す旅は続けたままだ。女性たちの好奇な視線に晒されながら、カノンが見つからない焦燥に駆られる。精神は確実に疲弊していった。
そして、十日が経った。また、あの村に行ってみよう。キオナに会ってみよう。期待に胸を膨らませ、村近くの茂みの中へワープする。花屋は目と鼻の先だ。サッと移動し、売られる花を見定める。
彼女に贈るなら、この花だ。ピンクのラナンキュラスを見つけ、そっと微笑む。
「いらっしゃい」
出てきた店主は、キオナの父親だった。愛嬌のある顔で、俺に笑顔を向ける。
「キオナは元気になりましたか?」
「あぁ、あの時の! お陰様で、外を走り回れるようになりましたよ」
「そうですか、良かった」
どうやら、彼も俺のことを覚えてくれていたらしい。それなら話が早い。
「このラナンキュラスを三本、キオナに贈りたいんです」
「良いんですか?」
「はい。お代はここに」
店の端にカウンターを見つけ、硬貨を置いた。
「また、様子を見に来ますね」
「ありがとうございます」
にこやかに笑顔を交わし、店を後にした。
「キオナはスズランが好きなんだけどな。まあ、良いか」
そっと呟かれた父親の言葉が、ナイフのように胸を深く突き刺した。
俺は正解への道を辿っているのだろうか。不安に押し潰されそうになり、この日はキオナを探すことを諦めてしまった。
翌日も俺はその村に居た。花畑の中できゃっきゃとはしゃぐ一人の少女が目に留まる。額に包帯を巻いている焦茶の髪の少女――キオナだ。
「キオナ」
そっと声を掛け、反応を窺う。キオナは足を止め、こちらに振り返った。その顔は、カノンをそのまま幼くしたようにしたほど似通っている。
「あっ! パパが言ってた人だよね! 金髪で青い目の。お花ありがとう」
「ううん。元気になって良かった」
「うん!」
その明るい笑顔に、こちらまで元気を貰えそうだ。
「キオナに聞きたい事があるんだ。ちょっと良い?」
「うん。何〜?」
キオナは小首を傾げ、褐色の瞳を瞬かせる。
「この指輪に見覚えはある?」
今でも首にぶら下げているカノンの結婚指輪を摘み上げ、キオナに見せてみる。彼女はマジマジと見詰め、目を輝かせるのだった。
「きれー!」
その小さな手がこちらに伸びてくる。
これはカノンの指輪だ。たとえ少女であっても、カノン以外の者の手には触れさせたくない。この子はカノンとは――違う。
「触るな!」
後退り、声を荒らげてしまった。キオナは瞬く間に涙を零し、泣き声を上げる。
少女相手に何をしているのだろう。それに、この拒絶反応は何なのだろう。やはり、彼女はカノンではないのか。失望が心に広がっていく。
騒ぎになる前に、ここを離れた方が良い。
「ごめんね」
小さく謝り、彼女の頭を撫でた。物陰に身を潜めてから、ワープをする。
胸が痛い。俺の独り善がりな行動が、一人の少女を傷付けてしまった。その痛みは激しくなり、激痛への変貌していく。
「うっ……!?」
これはただの精神的な痛みではない。前世の俺を死に至らしめた、あの痛みだ。
胸を押え、崩れ落ちる。これは人を傷付け続けた報いなのだろうか。
「ライリー様! また、どうして……!」
カイルの声も聞こえるが、何の反応もしてあげられない。意識は混濁し、視界は歪む。
カノン、君はどこにいるのだろう。こうして人を傷付けるだけなら、俺が生まれてくる意味はあるのだろうか。
俺はまた生まれ変われば、カノンを探すのだろう。それが宿命なら静かに受け入れよう。だが、こんなに辛い思いはもうしたくない。カノンよ、どうか生まれてきてくれ――。
カノンが見つかるその日まで、俺を天で眠らせてくれ。嘆きにも似た祈りは闇の奥底へと溶けていくのだった。鼓動は弱まり、終焉を迎える。
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