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第20章 崩壊への道(後編) / 第163話
俺は迷っていた。カノンは本当に転生したのか。存在しているのか。手を伸ばしても届かず、それでも愛を叫び続けた。
風のやつとも、火の子とも転生の期間がズレてしまったらしい。二人は俺が魔導師になる前である十三の時に亡くなってしまった。魔導師の死は世界中に悲報として伝わるのだ。
「レイ様、今日こそは大人しくしていて下さいね」
「分かってるよ」
「絶対に無茶は禁物なんですから」
カイルは不信感を隠さずに、俺をじっと見詰める。
俺を止める者はカイルしかいない。枷が少なくなった今こそ、カノンを探し出す好機だった。
今日もよそ行きの衣服を纏い、エメラルドへとワープする。焦茶の髪を見つけては声をかけたが、成果は得られなかった。
そこで、俺はその街で休憩することにした。一軒の喫茶店に立ち寄り、ベルを鳴らす。
「お好きな席にお掛け下さい」
鈴の音のような声に、カノンを連想した。ボブではあるが髪の色は焦茶、瞳の色は違うが、俺の胸は高鳴った。
「どうかなさいました?」
「い、いいえ、何でも」
知らず知らずのうちに、彼女に見惚れてしまっていたらしい。頭を軽く振り、窓際の席に座った。程なくしてオーダーを聞きに別の店員がやってくる。
「何になさいますか?」
「ここのオススメは?」
「レモンパイです」
「じゃあ、アイスティーとレモンパイを」
手短に注文を済ませ、先程の彼女を探す。彼女がカノンなのだろうか。会話をしてみないと、まだ分からない。焦りを感じながら、食事が運ばれてくるのを待ち続けた。
そうしてパイと紅茶を運んできてくれたのは、カノンに似た彼女だった。きっかけはどうしようとか、何を話そうだとか考えている余裕はない。パイが置かれて早々に、思い切って話しかけた。
「君に似てる人を探してるんだ。君、名前は?」
「えっ、えっ? あの……?」
戸惑う彼女の持つグラスの氷が、紅茶と混ざりながら音を立てて揺れる。
「ごめん、焦りすぎた」
「い、いえ……」
恥じらい方もカノンに似ている。俺は、このまま突き進んで良いのだろうか。
俺のただならぬ様子を察知したのだろう。彼女はにこっと微笑んだ。
「私はケイラです。五時に仕事が終わりますので、お話はその後お聞きしますね」
思わぬ提案に、心の中の希望が膨らんでいく。
「ありがとう」
涙が出そうな程に嬉しい。だって、今まで手がかりすらなかったのだから。
味が分からないまま酸っぱい筈のレモンパイを頬張り、アイスティーで喉を潤した。
五時までの間は、酷く長く感じた。ただ待っていても仕方がないし、ケイラがカノンである保証もない。それまでと同じように焦茶の髪の女性を見かけては声をかける。そしてカノンとは全く違う反応をされ、傷付くのだった。
空がオレンジに染まり、街の時計台が五時の鐘を鳴らして告げる。足早に、先程入った喫茶店へと向かう。扉の前で待っていると、背後から声がかけられた。
「あの! ケイラです!」
振り返ってみると、夕日を背負った儚げなケイラが佇んでいた。こうして見てみると、雰囲気は本当にカノンに似ている。
「俺が名乗らないのは失礼だよね。レイヴンだよ」
微笑みかけると、ケイラも微笑み返してくれた。
「それで、探している人、というのは?」
「うん、実は……いるかどうか、俺も確信が持てないんだ」
「それはどういう……?」
ケイラはちょこんと首を傾げる。
「前世の恋人……って言ったら、信じてくれる?」
「前世……?」
これで俺を馬鹿にするなら、カノンではない。ところが、意外な反応をされてしまうのだ。
「私にはそんな記憶はありませんが、素敵なことだと思います」
「素敵?」
前世の記憶は苦しみと後悔ばかりだ。素敵なんて言われるとは思ってもみなかった。
「だって、時を超えて想いを引き継ぐんですよ? とっても尊いと思います」
「尊い、か」
そう言われると、悪い気はしない。ただ、リエルとノアが不憫に思えてしまう。その後悔を俺が断ち切ってみせる。
「またここで話せる?」
「はい、喜んで」
最後にケイラは満面の笑みを見せてくれた。
サファイアに帰っても、頭の中はカノンとケイラの事でいっぱいだ。ソファーに座り、思いを馳せる。明日、確信に迫る事をケイラに聞いてみよう。好きな花や、カノンが俺にくれたオルゴールの曲に聞き覚えがあるか、リエルの好物も当ててくれたら最高だ。
「レイ様、嬉しそうですね」
「うん、ちょっとだけ良いことがあったんだ」
カイルには、まだ伝えるには早い。一人でニマニマと笑うのだった。
次の日、俺はまたあの街にいた。五時までは、勿論カノンを探す。そして、仕事上がりのケイラに会うのだ。
カノン探しは成果が出ず、体力ばかりが奪われていった。カノンは転生しているのだろうか。そんな疑念さえ湧き起こる。
それを掻き消してくれたのはケイラの存在だった。俺を見つけたケイラは小さくお辞儀をし、こちらへと走り寄ってきてくれる。
「レイヴンさん、お待たせしました」
「ううん、大丈夫。待ってないよ」
「良かった」
ケイラはホッと胸に手を当てると、微笑んでくれた。やはり、どことなくカノンに似ている。
「今日は質問に答えて欲しくてさ」
「何でしょう?」
ケイラはちょこんと小首を傾げる。満足のいく答えじゃなかったとしても、クヨクヨしないようにと自分に警鐘を鳴らす。
「ケイラの好きな花は?」
「好きな花ですか。ポピーですね」
やはり、ラナンキュラスではないのか。心に鈍い痛みが走りながらも、次々と質問していく。
「この曲、知ってる?」
鞄の中にしまっていた、カノンがプレゼントしてくれたオルゴールを取り出した。ネジを回すと、手の中で軽やかなワルツが流れ始める。
「綺麗な曲。でも、聞いたことはありませんね」
「そっか」
心に雲がかかっていく。最後に、これを聞いて分からなかったら――諦め切れるだろうか。
「俺の好きな食べ物、なんだと思う?」
「昨日はレモンパイを美味しそうに食べてたから……アイスクリームでしょうか」
また違う。俺の好物は牛の香草焼きだし、リエルの好物はホタテのグラタンだ。
「ありがとう。今日は聞きたいことは聞けたから」
「いえ、少しでもお役に立てるなら」
「また、明日来るよ」
「お待ちしています」
互いに手を振り合い、喫茶店から離れた。ケイラはカノンとは違う。違和感が大きくなっていくばかりだ。明日、ケイラと話したら見切りをつけよう。そう考えていた矢先のことだった。
サファイアへワープし、大きな溜め息を吐く。そんな時に、心臓が小さく飛び跳ねた気がしたのだ。リエルの時と同じだ。不気味な感触に、冷や汗が流れる。左胸の激痛が襲ってきたのは間もなくのことだった。
まだ俺は二十三なのに。ケイラと出会ったばかりなのに。カノンを探さなくてはいけないのに。ここで果てるなんて嫌だ。
痛みにのたうちながら、涙を流す。
「レイ様! どうして……!」
カイルも駆けつけ、必死に背中を撫でてくれたが、助けにはならないだろう。
君は本当にカノンだったのだろうか。希望を持っても良いのだろうか。また逢える。そう信じても良いのだろうか。
来世に期待しよう。次こそは必ずカノンに逢えると。
手を伸ばしても、やはり何も掴めず、意識は闇へと落ちた。
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