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第21章 始動 / 第166話
部屋に戻るなり、テーブルの上に置かれた紙切れに目が行った。俺がそれを手にする前にカイルが拾い上げる。一通り目を通した後で、小さく呟く。
「大変だ」
カイルはメモをテーブルに戻すと、まっすぐに俺を見た。
「ミユ様が高熱でお倒れに」
「えっ!?」
「アリアからエメラルドに来るように言伝がありましたので、ちょっと行ってきます」
「頼んだ」
ミユが無事かどうかだけでも確かめてきて欲しい。俺もついて行きたいところだが、サファイアを留守にする訳にはいかない。仕方なく頷き、光に包まれるカイルを見送った。
残されたメモを見て、唇を噛み締める。
* * *
カイルへ
ミユ様が高熱でお倒れに。これを読んだらエメラルドへ来て。
それと、解呪の方法が一つだけ見つかったよ。詳細はあとで説明するね。
アリアより
* * *
「えっ?」
カイルは最後の一文を読んだのだろうか。『解呪の方法が見つかった』と、確かに書いてある。俺に生きる道は残されているのだろうか。まだ足掻いて良いのだろうか。
「ミユ……ありがとう」
どんな方法かも分からないのに、一筋の涙が零れ落ちる。誰かの命を犠牲とせずに済むのなら、それ以上のことはない。
“あんまり期待しすぎるのも良くないよ。あくまでも冷静に、ね”
「分かってる」
これが敵の罠だという可能性も残されているのだ。もしそうならば、絶対に許さない。
「あのさ、リエル」
“何?”
「俺、勝手にリエルのことを反面教師にしてる。俺のことを見てて、気分が悪くなったらごめん」
“そんなことは分かってるよ。ノアの頃からね”
それもそうか。言うまでもなかったらしい。小さく笑うと、リエルも笑ってくれた。
そんな時に、背後から強烈な殺気を感じたのだ。間違いない。影だ。
振り返り、咄嗟にやつ目掛けて氷柱を放った。影の姿は一瞬で掻き消え、氷柱は壁へと突き刺さる。
「どこに行った……!?」
まさしく靄のように姿がなくなってしまった。威嚇するくらいなら、煽ってくれば良いものを。そうすれば、俺にも反撃の機会が与えられるのに。
警戒心を隠さず、キョロキョロと辺りを見回す。そこへカイルが帰ってきたのだ。
「カイル、影が!」
「それどころではありません!」
叫ばれて、初めてカイルの顔を見た。焦り、引きつった表情で俺の方へと駆け寄る。
「エメラルドに地震が……!」
「えっ!?」
まさか、百年前の惨劇が繰り返されようとしているのだろうか。慌てて窓の外を見ると、粉雪がちらついている。
「サファイアに危機は訪れていません! ですが、一度ダイヤに!」
「分かった!」
ミユの身が危ない。どうか無事でいてくれ。祈るような気持ちでダイヤの会議室へとワープした。
光と浮遊感が消え去ると、そこには確かにミユとアリアがいた。だが、様子がおかしい。アリアは倒れ、彼女にミユが縋りついてわんわんと泣いているのだ。良くないことが起きたのは、すぐに分かった。
「ミユ!」
一目散にミユへと駆け寄る。ミユは振り向くと、そのまま俺に飛びついてきた。
「アリアが……! どうしよう……!」
震える小さな背中を撫でながら、アリアの方へと視線を動かす。
アリアは横たわり、荒い息を繰り返している。カイルの呼びかけにも反応がないように見える。
「カイル、アリアの様子は?」
「確かなことは言えませんが、あの状況です。魔法陣なしでミユ様をワープさせたのでしょう」
「そんな、無茶な!」
魔法陣なしで人を移動させるなど、魔導師がやろうものなら一瞬で命が尽きるだろう。使い魔も不死身に近いが、それ相応の反動は身体に来る。
騒がしい数人の音と共に、気配が迫ってくる。
「ミユ! アリア! 無事か!?」
「地震があったってホントなの!?」
アレクとフレアも到着したらしい。
しかし、今、恐怖の中にいるミユにかける言葉ではない。
「そんなの、後で良い! 俺はミユを運ぶから、カイルはアリアを運んで!」
「分かりました!」
とにかく、ミユを落ち着かせなくては。ミユの身体を抱き上げ、廊下へと踵を返す。一心不乱に駆け抜け、ドアを何個か通り過ぎた後、アレクが開けてくれたミユの部屋へと入った。彼女をベッドに座らせ、その右手を握り締める。
「ここはダイヤだよ。もう安全だから」
「アリアは?」
「使い魔が見てくれてるから。心配しなくて良い」
自分の身を呈してまでミユを守ろうとしてくれたことを感謝せずにはいられない。とにかく、アリアの回復を願うしかないだろう。ミユは小さく頷き、口を結んだ。
「混乱してるだろーけど、聞かせてくれねぇか? 影が現れたのはホントか?」
アレクの問いに、ミユは無言で頷く。
「地震が起きたのもホント?」
フレアの問いにも、ミユは無言で頷く。
「ヤベぇな……時間がねぇ……」
「でも、どうしてエメラルドだけに災害が? トパーズにも、サファイアにも、何も起きてないでしょ?」
「エメラルドに呪いを解く手がかりがあるからだろ。そのうち、世界中で災害が多発するかもしれねぇ」
今すぐにでも行動を起こさなければ、アレクの言う通り、影は再び世界を崩壊へと導くだろう。解呪の方法が見つかったという衝撃的な希望より、戦火に飲まれるかもしれない絶望が勝ってしまった。
「ミユの熱が下がって、アリアも回復したら、すぐにエメラルドに行くぞ。戦いになる前に、ぜってぇミユの呪いは解かなくちゃな」
アレクの言葉に大きく頷いてみせる。それはフレアも同じだった。
「皆の結果は?」
ミユの小さな声が耳に届く。恐らく、これまでの探索の結果を聞いているのだろう。俺は手掛かりさえ見つけられなかった。視線を落とし、申し訳なさでいっぱいになる。
「済まねぇ。オレは、何も見つけられなかった」
「あたしも」
「俺もだよ」
たった一つの解呪の方法に希望を託したのだろう。
「きっと、呪いは解けるよ」
ミユは涙でぐしゃぐしゃになってしまった顔で、儚く微笑む。
そうだ。俺が諦めてしまえば、全てが終わるのだ。信じよう。笑顔の輪は広がっていき、俺とアレクとフレアもまた微笑むのだった。
「そういえば、ミユ、熱は?」
アリアとカイルの話では、高熱で倒れた筈だ。ミユの顔を見ても、赤みは帯びていない。ミユの額にそっと手を当てると、ほのかな温もり――高熱が出ているとは考えられない体温だった。
「熱が引いてる?」
「えっ?」
ミユもキョトンとし、数秒間が空く。
「熱っぽさが……なくなったみたい」
「んな都合の良いことあるか?」
まるで、地震が起きた時にミユを足止めしていたかのようだ。
「前に影が接触してきた時に、ミユに魔法をかけた、なんてことはねぇよな」
有り得ない話ではない。影は用意周到な性格だ。
「いや、考えても仕方ねぇか。今のは忘れてくれ」
「忘れられる訳ないじゃん。影は、そういう奴だよ」
「そう、だったな」
用意周到で、人の感情をなんとも思っていない冷酷なやつだ。張り詰めた空気がこの場を支配する。
そんな中で、雷のような音が鳴った。出処はミユの腹らしい。彼女は顔を林檎のように真っ赤に染め、視線を落としてしまった。
時計を見てみれば、もう少しで六時の鐘が鳴りそうな時刻だ。
「六時か。そりゃ、腹も減るな」
アレクはにかっと笑うと、両手のひらを合わせた。
「飯作ってきてやるからよー、ちょっと待ってろ。なんかあったら、すぐに呼びに来るんだぞ」
アレクはこちらに背を向け、片手をヒラヒラと振る。そして、部屋から立ち去っていった。
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