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第21章 始動 / 第167話
アレクと入れ違いで、ロイが部屋へと入ってくる。その表情は明るいとは言えない。念のために聞いてみる。
「アリアの様子はどう?」
「まだ意識が戻りません。回復まで二、三日かかるかもしれません」
たとえ時間がかかろうとも、主戦力となり得るアリアを置いてはいけない。唸り声を上げながら考えてみたところで、結論は変わらなかった。
「駄目だ、アリアを待とう。俺たちだけで行くには危険すぎる」
俺の答えに、ミユとフレアも頷く。ロイも納得してくれたようだ。頷き、伺いを立てる。
「ミユ様のお熱は?」
「それが不思議なんだけど、下がったみたいなの」
ミユが答えると、ロイは眉間に皺を寄せた。
「タイミングが良すぎますが……今は考えないでおきましょう」
ロイの言う通り、影を疑えば前に進めなくなる。一呼吸置くと、ロイは頭を下げた。
「では、私は戻ります」
「うん。アリアを頼んだ」
俺が口角を上げると、ロイも力強く笑ってくれた。そのまま踵を返し、アリアの元へと向かっていった。
フレアは浮かない様子だ。椅子へ向かうと、そっと瞼を伏せる。
「どうして、こんなことに……」
それは影以外の誰にも分からない。影はどんな理由でミユを――世界を付け狙っているのだろう。
ミユが高熱で倒れたのは俺が一因でもある。カイルに叱られたのだ。ミユを振り回し過ぎだと。反省はしたが、きちんと本人に謝れていない。
「俺、ミユに謝らなくちゃいけないことがある」
今までの出来事を振り返り、口を開く。
「魔法を無理やり使えるようにさせようとしたり、部屋に置き去りにしたり、勝手にくよくよしたり、走り込みさせたり、挙げたらキリがない。いっぱい振り回してごめん」
言い切ると、勢いよく頭を下げた。
「そんなの、あたしだって同じだよ。ミユのことを気にかけてあげる余裕はなかったし、走り込みだって反対しきれなかったし。ホントにごめんなさい」
次いで、フレアの声も聞こえた。
「私は何とも思ってないよ。寧ろ感謝してるの。だから、頭を上げて?」
ふわりとミユに声を掛けられると、握っている手にミユの左手が添えられる。顔を上げてみると、ミユは優しく微笑んでいた。
「二人とも、ありがとう」
俺は、感謝されるようなことは何もしていない。ただミユを失うのが怖くて、ひた走っていただけだ。条件反射で熱くなる頬を気にしながら、彼女の顔に見入ってしまった。
フレアもふふっと笑う。
「お礼を言われるようなことなんてしてないよ。ね、クラウ」
「うん」
「それでも、ありがとうなの~」
ミユは満面の笑みで俺とフレアを見る。そのまっすぐな瞳に何もかも見通されてしまいそうで、視線を横に流してしまった。
場の空気を読んだのか、ドアが開いて廊下の空気が部屋へと流れ込む。振り向いてみると、アレクが大皿を抱えて戻ってきていた。皿に入っているのは、どうやらサンドイッチらしい。
「待たせたな。時短で作ろーとしたら、サンドイッチになっちまった。腹持つか?」
「あたしは十分だよ。具は?」
「残りもんのハムとかハンバーグだ」
「思ったより豪勢」
アレクはどかりとテーブルの上に皿を置く。フレアはサンドイッチに目を遣り、小さく笑う。アレクとフレアにとっては豪勢かもしれないが、俺としてはポテトサラダの方がありがたかった。口を尖らせた俺に気付かないのか、アレクは豪快な笑みを見せる。
「オマエらもこっち来い。冷めちまうぞ」
「うん」
頷くと、ミユと揃って立ち上がり、テーブルに着いた。皿の上を見てみたが、やはりポテトサラダ入りのものはない。まあ、今日は仕方がないか。夕食を準備してくれただけでも感謝しなくては。
隣で「いただきます」と呟く声が聞こえたので、俺もサンドイッチに手を伸ばす。具はアボカド入りのハムサラダだった。
* * *
カイルからアリアの回復の兆しが伝えられたのは、それから丸一日が経った後の事だった。空は既に紫色へと変化している。カイルに連れられてやってきた三階のとある一室で、アリアはベッドの中からこちらを見ていた。堪らずにミユはアリアの元へと駆け寄った。
「アリア……! 目が覚めてホントに良かった……!」
「もう大丈夫ですよ」
ミユの影になってしまい、ここからはアリアの表情を読み取ることは出来ない。それでも、穏やかな声が俺の心を落ち着かせるのだった。俺とアレク、フレアもアリアの元へと歩み寄る。
足を止めると、アレクは神妙な顔で口を開いた。
「出来れば明日、ここを出発したい。無理は承知だ。受けてくれるか?」
「勿論です。一日でも早く向かいましょう。こんな時に足止めしてしまって申し訳ありません」
「アリアのせいじゃねぇ。アリアはミユの命を守ってくれたからな」
俺が触れるよりも早く、アレクはミユの頭にポンポンと手を当てた。驚いたのか、ミユは振り返ってアレクを見上げる。
一方で、アリアは激しく首を横に振った。
「私は使い魔としての役目を果たしただけです。お礼を言われるようなことはしていません」
「私たちからもお礼を言いたい」
アリアに被せるように話し出したのはカイルだった。アリアの枕元へ近付くと、緑の髪に優しく触れる。
「アリアが的確な行動をしてなかったら、私も地震に巻き込まれてただろうし、クラウ様にもお伝え出来なかっただろうから。ありがとう」
ロイとサラも無言で同意を示す。照れたのか、恥ずかしかったのか、アリアの頬は林檎のように赤くなった。和やかな光景に、思わず笑みが零れる。
「ゆっくり休めるのも今日だけだよ。今日くらい、美味しいもの食べて、目一杯眠ろう」
「そうですね。俄然やる気が出てきました! 今日の夕飯は私が作ってきます!」
カイルは胸の前で拳を作ると、そのやる気を表情にも出した。いつもの調子で駆け出すと、豪快にドアを開ける。
「エビグラタンに、ホタテのアヒージョに、えーっと……」
今日は海鮮料理になりそうだ。俺の使い魔なら、ポテトサラダも期待したいな、と余計な欲が出てしまう。廊下の奥へと消えていくカイルに願いを込めるのだった。
結果は、まあ、期待外れだった。おっちょこちょいだから仕方がない。そういうことにしておこう。
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