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第6章 激動 / 第295話
「これから警備を緩める」
「えっ……」
私の口元は引きつってしまった。今でさえ危険な状態なのに、警備を緩めなんてしたらリアナがどうなるか分からない。
賛成なんてできるはずもなく、首を横に振ってみせる。
「駄目です。ミエラ様はどうするんですか?」
「勿論、傷付けさせたりはしない」
「保証は?」
「ない」
クラウの瞳に揺らぎはなく、まっすぐに私を見てくる。
リアナが傷付いてしまったら、私の心もどうにかなってしまいそうだ。左手をぎゅっと握り、口を結ぶ。
「何かあったら、全部、俺が責任を取る。リアナは心配しなくていい」
そんなことを言われると、余計に心配になってしまう。責任なんて取れるはずがないのだ。
「俺はこれからミエラの向かいの部屋に隠れるけど、リアナはどうする?」
「一緒に行きます」
考える間もなく答えていた。クラウは頷くと、静かに部屋を出る。それに続き、私も足音をひそめて肌寒い廊下へと出ていた。
目的の部屋には既にヒルダやセドリック、ライアンが犯人を待ち伏せていた。たった一本の蝋燭の灯りを頼りに、真剣な表情で扉の向こうに耳を澄ませる。
部屋の外はしんと静まり返っているようだ。物音一つしない。犯人よ、どうか現れて。誰も傷付けたくはないのに、相反する感情が沸いてくる。
数分経っただろうか。私の気持ちに呼応するかのように、小さな足音が部屋の外から響き始めたのだ。使用人たちは自室で休んでいる。犯人以外に音の主はいない。
絶対に許すわけにはいかない。私だけでなく、クラウも傷付けたのだ。唇を噛み、ドアノブに手を伸ばす。
ところが、セドリックの片手に阻まれてしまった。何か起きた後では遅いのに。睨んでみると、セドリックは首を横に振るだけだった。
そして、ドアの蝶番の動く音が響く。
「ライアン!」
行かなくてはと思う間もなく、クラウがけたたましく叫んだのだ。
ライアンは縄を手にして部屋の扉を乱暴に開けると、向かいの部屋へと突っ込む。開け放たれた入口からは、遠目でも倒れたリアナと黒髪の犯人が見て取れた。
「リアナ!」
私が叫ぶのを待たず、クラウも駆け出していた。彼は一気に犯人へと殴り掛かる。頬に直撃して吹っ飛ぶ犯人を横目に、リアナへと駆け寄った。
「リアナ……!」
外傷は見られないものの、意識がないようだ。肩は上下している。呼吸はある。横からぐったりとしたリアナの頭を抱き締め、頬を涙で濡らす。焦げ茶のウィッグが床にはらりと落ちる。このままリアナが起きなかったらどうしよう。そんな考えばかりが浮かんでしまう。
「囮……か」
「数日前、ミエラを襲ったのはお前か!?」
いつもの穏やかな表情は微塵もない。クラウは犯人に馬乗りになり、胸倉を掴んだまま叫ぶ。その問いかけに、犯人は鼻で笑った。
「あいつより、俺の方が……仕事ができると思ったんだけどな」
「何を言っている……!」
もう一度、鈍い音が部屋に響く。私の胸も、何故か鈍く痛む。
「誰の命令だ!?」
「言うと思うか?」
「ライアン! 縛り上げろ!」
「はい!」
クラウが犯人の身柄をライアンに預けると、ライアンは素早い手つきで犯人を縛り上げて床に座らせた。
歳の頃は二十代前半、と言ったところだろうか。たった一人で乗り込んで来たのだろうか。別邸とはいえ、公爵家の屋敷に。
「お前の名は!?」
「ジャック。ありふれた名前だろ?」
ジャックと名乗った犯人は、床に血の混じった唾を吐く。思わず目をひそめてしまった。
「それにしても……なるほどな」
「何がだ!?」
「そこにいるメイド姿の女が次期公爵夫人候補だろ?」
「それがどうした!」
ジャックは私に視線を移し、薄ら笑う。その不気味さに、胸が急激に冷えていくようだった。
「眼帯の下はオッドアイ、なんだろ? 元魔導師……いや、裏切り者」
「なっ……!?」
更に、胸に鋭い痛みが走る。もしや、ジャックはエメラルドで聞いた元魔導師の排除派なのだろうか。
「世界を見捨てたんだろ? じゃなければ、今も魔導師をやってるはずだからな」
「俺たちが、どんな思いで魔導師を辞めたと思って――」
「貴方もだったな、次期公爵」
「……っああ!」
涙で滲む景色の中、ジャックに向かって拳を振り下ろすクラウの姿があった。
「もう止めて! 犯人が……死んじゃう!」
クラウのことを怖いと思ったのは二度目――実際には一度目は身体を乗っ取られていたから、今回が初めてなのだろうか。
私の声が届いたのか、クラウはそのままその場にしゃがみ込んだ。
ライアンは息を吸い込み、犯人を見下ろす。
「言いたいことはそれだけか?」
「囮には麻酔薬を打っただけだ。数時間で目覚める」
「他には?」
ライアンの震える声に答えるものは誰もいない。
ライアンはジャックを無理やり立たせると、容赦なく部屋の外へと連行していった。ジャックは冷たく凍るような視線を私とクラウに残す。
「ミエラ。俺たちの決断は……間違ってたのかな」
「間違ってないよ。間違ってなんか……ない」
自分を納得させるように、ボソボソと呟く。そうだ。これが間違っていたのなら、世界は闇の心に滅ぼされてもいい、ということになってしまうのだから。
涙声を振り絞る。その後ろから、小さなヒルダの泣き声が聞こえてきた。
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