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第6章 激動 / 第296話
「犯人の名前を聞きましたか?」
「うん、しっかりね」
深夜一時、屋根裏部屋のリアナの部屋で――目が覚めないリアナに付き添いながら、セドリックとヒルダは眉をしかめる。
「犯行現場に落ちていたナイフ……『J』のイニシャルの持ち主です」
「ってことは、やっぱりミエラに怪我させたのは……」
「私は違うと思っています」
二人の会話を聞きながら、私もクラウも口を出すことはしない。
「他に『J』の持ち主がきっといる。犯人は『あいつよりも仕事ができるJ』って、はっきり言っていましたからね」
「うーん……」
リアナは手に汗を掻いている。きっと、私のものではないだろう。
ライアンは未だに戻ってきていない。どこかの牢屋にでも犯人を連れていったのだろうか。
「犯人が自白すれば、謎は全部解けるでしょう。どうしてこんな狂気に走ったのかも」
「ふむー……」
ヒルダが腕を組み、唸り声を上げた頃、リアナの手が微かに動いた気がしたのだ。そして、ゆっくりと瞼は開かれる。
「……リアナ!」
「うっ……!」
リアナの顔色は一瞬で青ざめ、横を向いて口を押さえてしまった。どうしていいか分からず、反射的にその背中を撫でてみる。視界の隅で、セドリックは身を翻す。
「私は医者を呼んできます」
「お願い」
セドリックはヒルダの声を受け、部屋を飛び出していったようだ。こうなったのは私のせいなのだろうか。涙で視界を滲ませるしかなかった。
永遠にも思える時間が過ぎ、再びドアは開けられる。白衣の男性が私を片手で退け、リアナの脈を計る。
「犯人は何か言っていませんでしたか?」
「確か、麻酔薬を打ったと」
沈黙していたはずのクラウが答えると、医者は「なるほど……」と顎に手を当てた。
「通常よりも多い麻酔薬が使われたのでしょう。軽い副作用を起こしてしまったようです」
「よくなりますか?」
「時間が経てば」
「よかった……」
四人で安堵の息を漏らす。私なんて、膝が折れてしまった。リアナを傷付けたことに変わりはない。でも、命が助かって本当によかった。口を結び、必死に嗚咽を堪える。
「よかったね、ミエラ」
ヒルダが私の肩を撫でるので、とうとう声が漏れてしまった。頷きながら、左手でメイド服のスカートを握り締める。これで事件は終わるだろうか。そうだといいな、という願望を胸に、私に向かって苦しそうに微笑むリアナに目を遣った。
ヒルダに促され、クラウと二人で私の本来の自室へと戻る。あの場所には恐怖しか残っていない。きつくクラウの手を握ると、彼もまたしっかりと握り返してくれた。
恐る恐る開いた扉の向こうには、信じられない光景が待っていたのだ。
先日までの私の部屋ではない。私の血の跡が残っていないのはもちろんのこと、調度品の位置が変わっていたり、それ自体が入れ替えられたりしていたのだ。事件があってから、それほど時間は経っていない。これが公爵家というものなのだろうか。
「驚かせちゃったかな」
クラウは苦笑いしたものの、後悔は感じさせない。むしろ、その行動力を誇っているようでもあった。
「ううん、ありがとう」
「怪我もちゃんと治ってないし、今日はゆっくり休んで」
「うん」
そうは言うのに、クラウは部屋を去る様子を一切見せない。私も今日は疲れてしまったので、眠れはしなくても横にはなりたかった。
「ごめんね、横になるね」
断りを入れて繋いでいた手を放し、ベッドへと歩み寄る。ふとベッド脇のスツールに目を向けると、鈍い赤が一つだけ残されていたのだ。あれは、私が刺していた刺繍のハンカチ――使用人たちも、どう処分していいのか分からなかったのだろう。
「ミユ、どうかした?」
私が立ち尽くしていると、私の視線に合わせてクラウの瞳も動く。彼は小さく「くっ」と漏らすと、そのハンカチを取り上げてしまった。
「クラウにプレゼントしようと思ってたんだけど、また縫うね。今度はもうちょっと上手に縫うから――」
「ううん、これ貰うよ」
「でも、血が――」
「大事にするよ。じゃないと、俺の気が収まらない」
ハンカチは返して貰えず、クラウはそれを胸のポケットへと押し込めてしまった。ポケットからハンカチの裾が覗く。白い花が咲いているかのようだ。にこりと笑い、クラウは口を開く。
「ありがとう」
「うん」
嬉しいのに、申し訳ない。絶対に、次こそは私の気持ちだけを届けるプレゼントを贈ろう。心に決め、クラウに微笑み返した。
夜が過ぎ、朝焼けが空を変える。微睡みの中にはいたのに、熟睡できなかった。小さな欠伸をし、メイドを呼び寄せる。
ベルを鳴らして現れたのはリアナではなかった。まだ体調が戻っていないのだろうか。心配にはなったけれど、今はまだ早朝だ。リアナはきっと今までの疲れもあって眠っている。そうに決まっている。自分に言い聞かせるように、頭の中で反復していた。
メイドが用意してくれた淡いピンクのドレスに身を包む。久しぶりのドレスだ。少しだけ息が詰まる。
私が着替え終わったのを見越したように、クラウは静かに現れた。私と同じように眠れずに、恐怖に苛まれていたのかもしれない。
「ミユ、おはよう」
その瞼は重たそうなのに、私を見る瞳はいつも通り柔らかい。しかし、青と銀の瞳は一瞬で揺らいだ。
「今日、犯人の尋問に行くことになった。ミユは……どうしたい?」
それは私も犯人と対峙するか、という意味だろうか。動機だって本人に直接聞きたいし、元魔導師を恨む理由もしっかり聞きたい。それに何より、クラウに暴言を浴びせるのなら、許すわけにはいかない。
「行ってもいいなら、私も一緒に行きたい」
「……分かった」
心の中では認めてくれていないのだろう。それでも、許可を出してくれたことに感謝を覚えていた。
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