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第11章 交錯 / 第131話
俺は再びミユの部屋へ、アレクは反対方向のキッチンへと向かった。
平常心を保ちつつ廊下を歩き、ドアへと向き合う。ノックをし、ドアを静かに開けてミユに向かって微笑んでみる。
「今はフレアはいないから。ご飯食べよう」
「うん」
これから君の記憶を否定することになるかもしれない。そんなことは言えずに、すっと手を差し伸べてみる。
しかし、ミユはモジモジと視線を右往左往させるだけだった。どうやら戸惑わせてしまったらしい。
仕方なく苦笑いをし、手を引っ込めた。
「行こっか」
ミユが頷いてくれたのを確認し、どちらともなく足を前に出す。部屋を出て、廊下を歩く。フレアの部屋の前でミユの荒い吐息が聞こえたが、彼女を窘める立場にはない。
会話もなく会議室へ入ると、アレクが朝食の準備を済ませようとしていた。三つのボウルを俺たちの指定席に並べる。
「今日はシリアルにしてみたぞ。好きなだけ食ってくれ」
何を食べても美味しいとは感じられないだろう。ずっしりと腹に溜まるサンドイッチより、軽くスナック感覚で食べられる朝食は有難かった。
ミユは真面に俺たちの顔も見ずに席へ座る。俺たちもそれに続き、食卓の席へと着いた。
ミユはテーブルの中央に置かれたシリアルボウル、牛乳ボトル、自身の前に置かれたボウルへと目を移し、両掌を合わせる。
「いただきます」
小さく呟くと、頬に睫毛の影を落とした。
ミユは木製のスプーンでシリアルを装うと、そのスプーンを何も言わずに俺に渡す。そこへ牛乳を注いだのを見届けた所で、俺もようやくシリアルを皿に装った。
これから話が長くなるだろうことを予想し、牛乳は注がなかった。
小気味の良い音を立てながらシリアルを頬張るミユに、アレクの視線が向けられる。
「ミユ。あの夜、カノンの身に起きたことは、粗方アリアから聞いてる。その上で頼む」
一呼吸起き、アレクは頭を下げる。
「フレアを受け入れてやってくれ」
張り詰めた空気が流れたかと思うと、テーブルを叩く大きな音がした。シルバーも振動により小さな音を立てる。
驚いて隣を見てみると、ミユがテーブルに両手を突いて憤慨していたのだ。
「ミユ」
このまま部屋に戻ってしまう事態は避けなくては。咄嗟にミユの左腕を掴んでいた。
睨まれたが、引き下がる訳にはいかない。否定の意味も込めて、首を横に振ってみせる。
「確かに、カノンとアイリスは仲良かったとは言えねーかもしれねぇ。でも、それだけで仲間を殺すようなヤツじゃねぇ」
「私が夢でも見たって言いたいの?」
「少なくとも、オレはそう思ってる」
ミユはアレクを嘲笑うように口元を上げる。何とかミユに冷静さを取り戻させなくては。
「実際、カノンはあの時に気絶してたから、夢だった可能性はある。あくまでも、可能性、ね」
勿論、ミユが真実を語っている可能性だってある。しかし、フレアが嘘を吐いているとは思えないのだ。
「私が夢とか幻とか見たんだとしたら、あの影の台詞は何? アイリスに『キミも共犯だろう』って。影も私が見た夢の内容を知ってたって言うの?」
「それは――」
「そうだ」
俺の言葉を遮り、アレクは断言をする。
影の最期の言葉だけは、理由づけが出来ない。カノンが見た夢を影は知っていたのだとしたら、影がカノンに夢を見せた事になる――のだろうか。
考えても今は分からない。そう判断し、口を結んだ。
ミユは首を横に振り、大きな溜め息を吐く。
「分かってくれないなら、もう良い。フレアとは仲直り出来ないし、したくない」
ミユは俺をキッと睨むと、掴んでいた手を振り解く。無理矢理シリアルと牛乳を体内に流し込み、どかりと皿をテーブルに戻した。
「ご馳走様でした」
小さくはあるが、強く呟く。そそくさと立ち上がると、駆け足で会議室を去っていってしまった。
気まずい空気だけがこの空間に留まり続ける。
アレクがフレアを呼びに行ったのは、それから三十分は経っていただろうか。対面を避けられて安心したのはミユだけではなかったようだ。
「ミユは……いないんだね」
フレアはほっとした表情で胸に手を当て、指定席に着席する。
「いつまでも、こんな仲間割れみたいな状態は駄目だ。分かってるんだけどよー、どーしたらミユの心を開けるのか分かんねぇ」
一番効果的なのは、俺が説得するのでもなく、アレクが思いを押しつけるのでもなく、フレアが事実を伝えることだろう。それが酷だと言うことも分かるので、フレアには俺の考えを伝えられない。
溜め息を吐き、頭を搔く。
「二人もまだご飯食べてないなら、食べてから話そう?」
「そうだね」
シリアルだけが入った目の前に置かれたボウルを眺め、一度だけ頷いた。
テーブルを見回してみると、先程までミユが座っていた席に牛乳はあった。
これから俺はどう立ち回れば良いのだろう。まるでミユに問いかけるように、空席を見詰める。
「クラウ?」
「……あっ、何でもない」
言い訳を振り切るかのように、首を横に振った。
並々と注がれた静かに波を立てる牛乳は、俺の不安を体現しているかのようだった。
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