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最終章 / 第190話
こうして二人きりで穏やかな気持ちを共有するのはいつぶりだろう。酷く懐かしい。
そうだ。あの湖の畔で、二人で流れ星を眺めて以来だ。俺の肩に自身の肩を預けたミユに思い切って聞いてみよう。
「ミユ」
「何?」
ミユはちょこんと小首を傾げる。
「あの日、何をお願いしたの?」
「あの日?」
あの日とは、勿論、俺がミユに想いを告げた日だ。思い当たったのだろう。ミユの頬は桜色に染まっていく。
「う〜んとね〜」
「えへへ……」と照れ笑いをしているものの、恥ずかしさを隠しきれていない彼女が可愛らしい。
「この幸せが……永遠に続きますように、だよ」
当時のミユの気持ちを考えると胸が張り裂けそうだ。永遠なんて、当時の俺たちには全く約束のない願いだったのだから。
滲み出す涙を見られまいと、顔を少し上げて瞬きを我慢する。
「クラウは?」
「えっ?」と声が出そうになった。ミユの願いを知った今、彼女が俺の願いを気にするのも当たり前だろう。
「俺は……前に言ったじゃん?」
「あれ、噓でしょ」
咄嗟にはぐらかしてみたものの、ミユにはお見通しのようだ。
「いや、怒らない?」
「何で?」
「だってさ」
言ってしまえばミユの怒りを買いかねない。かと言って、嘘を吐くのも気が引ける。
「私、何言われても、もう大丈夫だよ」
「そっか。それなら」
多分、大丈夫だろう。「ふぅ……」と息を吐き、覚悟を決めた。
「生きて……ミユの未来を見続けられますように」
ミユの目にはみるみるうちに涙が溜まっていく。鼻を啜る音まで聞こえてきた。やはり嘘をついた方が良かっただろうか。そう考えたのも束の間――。
「いつから私のために、死ぬことを……考えてたの?」
「えっ?」
ミユが知っている筈のない事実が、彼女の口から紡がれたのだ。
思い当たることと言えば、アレクかフレアがバラしてしまったか、廃墟で書いた手紙を読んだかのどちらかだ。フレアの性格からして、フレアがミユにバラすとは考えにくい。とすればアレクしかいない。声にならない声を発し、一つの可能性を示唆してみた。
「もしかして……あの手紙、読んだ?」
「私、スティア文字読めなかったから、カイルに読んでもらったの」
まさか、カイルが絡んでいるとは――共犯だったとは。アレクに手紙を預けた俺が馬鹿だった。
「アレクに預けるんじゃなかった……! ホント、アレクって分かってない!」
俺に何かがあった時に、と言ったではないか。俺はこうして生きている。助かった時に焼いてくれれば良かったものを。
怒りに震えた途端、胸がずきりと痛み出す。
「痛た……」
「大丈夫!?」
これ以上、ミユに心配はかけられない。痛みを気にしないふりをした。
「ミユは大袈裟だなぁ。いつかって聞かれたら……アレクに殴られた時、だよ」
一番最初に死を考えたのはあの時だ。決意したのはもっと先だが。言っている間に、徐々に痛みは引いていく。
そこへ空気の読めない張本人が勢いに任せてドアを開けた。
「オマエら、飯食うぞ! ちょっと早ぇけどな!」
夕飯が出来上がった以上、今日はもうミユに詮索されることはないだろう。少しだけアレクに感謝しなくては。
ミユは突然のことに俺の肩から身体を離す。恥ずかしがる必要なんてないのに。
「ミユ、行こうか」
「……うん!」
ミユに左手を差し出すと、すぐに受け取ってくれた。そのまま廊下へと駆け出す。
ダイヤの廊下を歩くのは久し振りだ。生きてこの廊下を歩けるとは。感傷に浸っていると、ミユが俺の手を両手で包み込んだ。突然のことに驚いたが、素直に嬉しい。ミユに微笑んで見せた。
アレクに続いて会議室の扉を開けると、そこはまるでパーティー会場だった。小さな花火がそこかしこに打ち上がっている。こんなことが出来るのはフレアしかいない。
「待ってたよ」
「ふふっ」と笑うと、フレアは自分の指定席の前に立つ。
「三人とも、早くしないと料理が冷めちゃうよ」
「うん!」
ミユは俺とアレクの背中を押し、指定席へと向かわせた。自身も指定席へ辿り着くと、ちょこんと座る。俺とアレクも二人に促され、席に着いた。
目の前のテーブルには所狭しと料理が並んでいる。俺の大好物のポテトサラダ、ミユの食後には欠かせないケーキ、アレクの好物のステーキ、フレアの好きな唐辛子のスープ――更には魚料理やグラタン、スパゲッティなど、数えきれない程だ。
「よし!食うか!」
「うん! いただきます」
ミユは勢い良く頷くと、ポテトサラダに手を伸ばす。が、アレクに制止された。代わりにテリーヌを押し付けられている。
もしや、俺の好物を知っているアレクのほんの些細な気遣いなのだろうか。
「これ、美味しいよ〜!」
ミユは皿ごとテリーヌを見せてくれたが、僅かに遅かった。俺の口にはポテトサラダが入っている――筈だったのだが。辛いと言うより、もはや痛い。こんな物、サラダでもなんでもないではないか。
「辛っ! 赤くないのに辛いよ! 何さ、これ! ポテトサラダじゃないじゃん!」
「えっ!?」
「緑の唐辛子もあるの知らねーのか? 『タダじゃ済まさねーからな』」
先程殴れなかった代わりだろう。アレクは口角をつり上げてニッと笑う。瞬間、胸がトクリと跳ね、僅かに痛む。痣からは黒い靄が噴出しているようにも見えた。まだ終わりではない。そう予感させるように。
【第二部へ続く】
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