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最終章 / 第189話
ゆっくりと瞼を開ける。視界には新緑色の瞳が映った。
「クラウ!」
俺の名が聞こえたと思った瞬間、胸に異常な激痛が走る。
「うっ……!」
愛おしい声に反応することが出来ず、身をよじった。左手で思い切り胸を押さえてみるが、痛みが軽くなることはない。
誰かが背中を摩ってくれ、もう一人の誰かが俺の右手をきつく握る。その手を握り潰してしまうのではないかというほど強く握り返す。
永遠に近く思われる時間が過ぎ去り、ようやく痛みは収まっていった。
酷く苦しかった。びっしょりと汗をかいた額へ右手を持っていく。
痛みを感じることが出来るということは――。
「生きてる……? ミユも、俺も……」
「うん……うん……!」
ミユの頭が上下に動く。同時に止めどない涙が溢れてきた。
「ミユ……!」
「わあぁ……!」と声まで漏れてしまう。ミユの温もりを確かめたくて両手を伸ばす。それに応えるかのように、彼女も俺に抱きついてきてくれた。
「ごめん、ホントにごめん! 俺と同じ思いをミユにさせるところだった!」
「謝らないで! それは私も一緒だから!」
生きている喜びと、ミユに酷く心配をかけてしまった申し訳なさが複雑に混ざり合い、彼女を抱く手に力が入る。
「あいつに酷いことされなかった?」
「私は大丈夫! クラウのお陰だよ!」
「良かった……ホントに良かった……!」
今度こそ、間違いなく敵からミユを守れたのだ。嬉しくて堪らない。幸せの涙が満たしていく。
その雰囲気も一瞬で破られた。重たい足音が嫌味を言うかのようにこちらへ近づいてくる。
「オレ、オマエに言ったよな? 『んなことしたらタダじゃ済まさねぇ』ってよ!」
「アレク!」
どうやらフレアが止めに入っているようだ。
そう言えば、そんなことをアレクに言われたな、とミユの身代わりになろうと悲観に暮れていた時を思い出す。あの時は気づかなかったが、アレクの怒りは相当なものだっただろう。
「やめ――」
「殴ったらいいよ、アレクの気が済むんなら」
「えっ?」
「俺、それだけのことしたからさ」
アレクとフレアの気持ちも考えずに俺が早死にしても平気だと言ったり、ミユに俺のいない世界で幸せになって欲しいと思ったり。今では考えられないことを口走ってしまったのだから。
瞼を伏せ、痛みがいつ来ても耐えられるように静かに息を吐いた。そんな俺にミユがきつくしがみつく。
「チッ」という舌打ちが聞こえたかと思うと、間近まで迫っていた殺気が消え失せた。
「オマエらのそんな顔見たら、やれるもんもやれねーじゃねぇか」
どうやら今回は殴られなくても済むらしい。初めてアレクの方を向いてみると、こちらに背を向けていた。
「はぁ……」と吐息が漏れる。
「クラウとミユの意識も戻ったし、今日はご馳走でも作ってやる。んじゃな!」
アレクはイライラを隠しきれていないものの、右手をひらつかせて早々に部屋を出ていった。
「ホント、アレクって不器用だよね」
フレアは「ふふっ」と小さく笑うと、アレクの後を追う。
「私も帰ります。いつまでもエメラルドを留守には出来ませんし。次にお戻りになった時は、豪華なお食事を用意してお待ちしておりますから」
俺の目覚めを待ってくれていたのか、ミユを心配していたのか。アリアはウサギの姿へと変わり、光の中へと消えていった。
「私はサファイアでお待ちしておりますね! クラウ様の痣も気になりますし……お調べしないと。私は以前申した通り、『クラウ様の』お帰りをお待ちしておりますからね!」
カイルは深々とお辞儀をし、ワープの体勢に入った。カイルの思いに応えることが出来るとは。正直、奇跡に近い。
四人が去った部屋は、ミユと俺の二人しかいない。ほんわりと胸が温かくなる。
「やっと二人きりになれた」
「へへ……」とに照れ笑いをし、上体を起こそうと腕をベッドに突いた。背中に細い腕が回ってきたが、心配しすぎだ。「大丈夫」と伝えると、素直に腕は離れていった。
改めてベッドを椅子がわりにミユと俺の二人で肩を並べて座る。
「ねえ、ミユ」
一つ気になることがあるのだ。
「何?」
「俺の痣って?」
カイルが言っていた。気になる程の痣とは何だろう。小首を傾げると、悲哀の満ちた瞳が俺を見詰めた。
「自分の胸、見てみて?」
「胸?」
聞くと、ミユは小さく頷く。
何なのだろうと、ナイトウェアのボタンを外していく。そこで露わになったのは、六芒星を円と、見たことのない波を打つような文字で囲った、意味ありげな不自然な痣だった。
これが『人の心の闇』なのだろうか。誰が見ても不審がるだろう。
「こういうことか……」
あの出来事はただの夢ではなかったのだ。女神に付けられた、闇の印――。何となく、痣を撫でてみる。ミユの不安に揺れる瞳が俺を貫いた。
「大丈夫。俺はこれで死ぬことはないから」
女神の言うことが真実だとしたら。ミユを安心させようと頭を撫で、微笑んでみせる。
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