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第10章 現在 / 第358話
眼下には黄色や赤い葉の木々と川や滝、山脈に築かれた小さな街が見える。その中でも一際大きな屋敷――あれがブラストン伯爵家、なのだろうか。
トファーが今回は二手に分かれる意味がないと言っていた理由がようやく分かった。
「オマエら、準備はできたか?」
そうして私たち四人はサファイアの時と同じように左目を隠し、頷き合う。私もだいぶ体力が回復したので、誰かに背負ってもらわなくてはいけない事態にはならないだろう。
「おれたちはまた留守番か」
「ダイヤを守るためですよ」
不満げなオーリに、ラジエルが微笑んでいる。
「オーリ、着陸させろ」
「はーい」
それでも、トファーの指示には素直に従うのだな、と会議室を後にするオーリを見送った。
トファーとは対称的に、ガルニアの表情は暗い。ブラストン伯爵家で起こるであろうことを憂いているのか、それとも自分自身の過去を知るのが怖いのか、はたまたどちらでもないのか。私には分からない。
下降する艇の重力に耐えながら、なんとなくサフィールを見てみる。その視線は窓の外に向けられていた。ぷかぷかと浮かぶ羊雲がだいぶ上に見える。窓が黄色の葉で覆われ、やがて薄暗がりへと落ちた。
軽い衝撃を受け、よろめいてしまった。そんな私の腕をサフィールが掴む。
「大丈夫?」
「うん。ありがとう」
頬がほんのりと熱を持つ。サフィールの頬も若干、桜色だ。
それ以上の言葉は互いに出てこず、見詰め合ってしまう。視線を逸らした時には、鼓動は異常に速くなっていた。
トファーは表情を引き締め、声を張る。
「出発だ」
トファーとガルニアが先頭を歩き、私とサフィールは後に続く。トパーズである以上、土地勘はトファーが一番だ。絵本の中でしか見たことのなかったコスモスが咲く茂みから周囲の様子を窺う。
こちらを見ている人は誰もいない。稲穂がそよぎ、牛がのんびりと転寝をする。そんな長閑な風景の中に飛び込むこととなってしまった。
走ることはしない。平然を装い、トファーはガルニアに声を掛ける。
「なあ、ガルニア。夕飯は何を食べたい?」
「うーん。今日は豚のトマト煮の気分」
「分かった。後で作ってやる」
もしかして、ダイヤで食べていた料理はトファーの手作りだったのだろうか。意外な特技に声が漏れそうになる。
民家の脇を通り過ぎ、大通りへと歩みを進めた。幸いなことに人通りは少なく、私たちを見ても首を傾げる程度だ。
「ねえ、エルヴァ」
「何~?」
不意にサフィールが話を振ってきた。振り向いてみると、サフィールの手の平の上には何かが乗せられている。
「飴あげる」
こんな時に呑気だな、と吹き出しそうになってしまった。こんな時だからこそ、なのに。
「ありがとう」
小さく笑い、その飴を摘まみ上げてみる。オーロラに輝くフィルムを剥がし、口の中に転がした。これは苺ミルク味、だろうか。
「美味しい」
「よかった」
そして、サフィールも胸ポケットからもう一粒の飴を取り出し、口に入れた。
「ラジエルに貰ったから、体力回復効果もついてるかもね」
そう言って、サフィールも笑う。
いつの間にか、私たちの中ではラジエルはすっかり医療担当だ。身体に不調が出れば、ラジエルが何とかしてくれると思っている。
そうしているうちに、トファーとガルニアの足が止まった。私も慌てて止まると、眼前には白い漆喰と赤い瓦屋根の豪邸が佇んでいた。
「……ここがブラストン伯爵邸だ。ノックするぞ」
トファーは獅子の形をしたドアノッカーを振り鳴らす。ほどなくして白髪の執事が現れた。
「あの、貴方方は?」
執事は状況を理解していないらしい。私たち四人を見比べて、「はて……」と呟いた。
「エルヴァ、左目を見せてやれ」
「うん」
一番手っ取り早く左目を晒せるのが私だったのだ。片手で前髪を横に流し、左目を露わにする。
「あ、貴女は……!」
「オレら全員、コイツと同じだ」
「外は危ないですから! どうぞお入りください」
どうやら受け入れてもらえたようだ。執事の言葉に甘えて屋敷のエントランスへと四人でなだれ込む。執事はそのまま走り去ってしまった。
どうか、このまま資料を見せてもらえる流れになって。心の中で祈りつつ、口の中で飴玉を転がす。
数分も経たずに、フォーマルスーツに身を包んだ短い茶髪の男性が姿を現した。ルーゼンベルク公爵と歳は変わらないだろうか。その人の吊り目――夕日にも似たオレンジの瞳が印象的だ。
「何をしにここまで?」
ブラストン伯爵と思わしき人は腰に片手を当て、訝しげに口を引き結ぶ。
「最初の風と火のトライドールが残した資料を見せてもらいたい」
「そんなものが残っているとでもお思いですか?」
トファーが声を張っても、伯爵は意に介していないらしい。冷酷に突き放す。
その隣で、屋敷内を見渡してしまった。黄色のカーペットに、ブラウンの調度品、そして伯爵や伯爵夫人と思われる人物や子供たちの肖像画――ここに住んでいる人は祖先を嫌っていないように感じられた。
「ご自身の瞳についてはどう思われているのですか?」
私の口から言及してみる。オレンジの瞳なんて、絵本の中ですら見たことがない。きっと、風と火のトライドールを引き継いでいる瞳だ。
伯爵はにこやかに目を細める。
「誇りです」
「誇り……?」
ルーゼンベルク公爵とは明らかに真逆な答えだ。裏切り者とされている瞳のどこが誇りなのだろう。私自身がオッドアイを嫌っているので、純粋に興味を覚えてしまった。
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